第20話 整理される異端
魔界では薄い雲が今にも形を変えそうに揺れ、空には低い音が響いていた。
机の上には、カゲインから届いたテンチの報告書が置かれている。
テレッツは一度それを置き、深く息をつく。
――少し、整理してみるのだ。
まるでテンチの成長記録を読まされている気分なのだ。
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「冒険者登録。テンチ様の日常生活全般の補助。寿命の違い? 異常な過保護では?」
……マザーズの母性が暴走しているのだ。
社会に解き放つ前に確認すべきだったのだ……。
「聖による身体の反応不明。配達任務に誘導。資金管理の掌握」
聖光の身体への影響観察は継続。
テンチの扱いが上手いのだ。
「未だ聖への変化なし。念の為教会付近には行かない。情操教育に全振り? 自立の教育本格的開始」
コールもテンチへの違和感があったようで独自調査中。
近づかない判断は正しいのだ。
教育は任せたのだ……。
「洞察力と観察力に長ける。権能調律の効果範囲等の制限確認。異常な勘違いを起こす場合があるが、思考および行動の方向性は一貫して彼基準の善」
本名の説明はない。
性格はテンノンの由来通りなのだ。
方向性は善……毒にも薬にもなる。
善とは――危ういもなのだ。
「闇教会と接触。スキル発現の情報。神の道具の確認。評価が『憎めない』から『可愛い』へ変化。聖性による精神影響の可能性を否定できず」
聖教会との関係は中立。
敵でも味方でもない以上、警戒は解かない。
悪魔は肉体の成長が先行し、精神の成熟が遅れる。
それを前提に判断するのは危険なのだ。
「勇者の卵ジュンシ、
二つのスキルを持つプラッシー、
そしてナノという謎の少女。
いずれも継続観察対象とする。
名付けに対する認識は
『偉い存在として扱われる行為』という理解が強く、
人間界との齟齬が混乱を生んでいる可能性がある」
……これは修復の兆候ではない。
悪魔社会と人間社会では体系が違うのだ。
混乱して当然なのだ。
「成長痛および窒息寸前に近い息苦しさを確認。回復(闇)は人間への適用時と異なる反応。属性差による体感・効果の差異が考えられる。テンチ様の成長過程は一般的な悪魔・人間の事例と一致しない」
前例の有無を含め、魔法医と要相談。
テンチの成長は、どちらの種族ともかけ離れているのだ。
「回復(闇)でテンチ様に異変? 全能力向上の可能性。経過観察中。聖の影響? 可愛いのはいつもですが、尊敬に変わりつつあり」
可愛いから尊敬……無視できない兆候なの
これも魔法医案件なのだ。
闇を嫌悪する人間……
聖を嫌悪する悪魔……
スキルの無い悪魔や魔物の存在……
聖を持つ悪魔や魔物は存在しないのだ。
「翼の反応。大きいだけではない。魔物の消失を確認。テンチ様の分類不能。悪魔でも天使でもない、別の種族では?」
本格的に異端へ成長している。
聖でも闇でもない。
それでも両方に反応する。
……権能調律は、どこまで“整える”つもりなのだ。
翼の異変以降、報告書は山積みなのだ。
「前回の翼が人間界で願いの鳥と騒がれる。テンチ様も自分の羽とは知らずに欲しがっていて、察しがいいのか悪いのか判断出来ない。必殺のパチクリにご注意を」
勇者の卵たちの同行はコールが追っているため把握できた。
鋭い時もあるが……テンチクオリティーなのだ。
あんなの聞くのは母性を持った者だけなのだ。
初恋すら叶わない……惨めになるだけだ。考えるのはやめておくのだ。
「闇と聖の違い。未と無への影響。人間界の闇への嫌悪意識は一般の未へも洗脳されてるもよう」
闇=悪魔という概念を押し付ける教会の意図が透けて見える。
だが――それで世界が回っているのも事実なのだ。
「翼が光る、身体は発光し、宙に舞う。見た人間は神々しく感じ、辺りが照らされ、崇拝する者も多かったかと」
悪魔側から見れば、人間が“天使が舞い降りた”と錯覚するのも理解できる。
空から垂れる天使が放つ光なのだ。
人間は闇を嫌な物扱いするが、逆に、悪魔も天使の放つ光は苦手なのだ。
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おおよその報告はコールの情報と一致している。
テレッツは静かに報告書を閉じた。
「……問題は、誰も“悪意を選んでいない”ことなのだ」
もう一度、魔王様に道を示していただかねばならない……
この世界のために。
――第一部・完
(第二部へ続く)
ここで、第一部の終了です。
第二部から更に世界が広がっていくので情報の整理が必要かと思います。
連載を週2回くらいのペースにさせていただきます。
この作品の外伝を書いていきますので想像力を最大にして楽しんで下さい。
※本作は、商業化を前提とした企画作品ではなく、
作者の作家性と世界観構築力を提示するための試作です。
本作は第一部完ですが、
同一世界観での別視点の物語や、
バトルに依らない構造的ファンタジーは、
今後も継続して描けるテーマだと考えています。
また、本作とは別に、
一人称視点を主軸とした恋愛小説やミステリー作品の執筆経験もあり、
感情の揺れや認知の歪み、主観と真実のズレを扱う物語を得意としています。
三人称視点による群像劇や大規模バトル描写よりも、
一人の視点を通して世界や関係性が変質していく物語、
および
戦闘を前面に出さない異世界ファンタジーの構造設計に強い関心があります。
個人的には、
・戦わない勇者
・役割を与えられた側の倫理
・組織や信仰が個人をどう縛るか
・一人称だからこそ成立する叙述と感情のズレ
といった題材を軸に、
キャラクターの内面変化そのものが物語を前進させる作品を
今後も描いていきたいと考えています。




