第19話 居場所を失う者たち
――あの日の勇者⑤(ジュンシ視点)
なんで……?
……光ってる……。
本能が先に反応し、
遅れて脳と体が理解する。
圧倒的な善の顕現。
敬わなければ――
祈らなければ――。
「テンチ……君? ……どこ?」
テンチと話していた、その直後だった。
彼の背から翼が生え、
不思議な光を放ったかと思うと、消えた。
目の前で起きたことは、
噛み砕いて理解できるような出来事じゃない。
胸と頭にずっと溜まっていたもの――
ドロドロとした異物だらけの黒い沼。
時間と一緒に育ち、
もがくほど異物が刺さって、抜け出せなかった感覚。
「あっ……」
気づけば、そこに別のものがあった。
「あったかい……」
何かが消えて、
何かが入った。
分かるのは、それだけ。
それなのに――清々しい。
僕の中にあった沼を、
根こそぎ持っていってくれたような感覚。
……あれは、神の使徒なんだと思う。
そう考えたら、すべてが納得できた。
「沼から出ろ」
そう言って、引き上げてくれたんだ。
「……まだ、僕が卵だったから?」
考えるのは、やめよう。
考え過ぎると、またあの沼に戻る。
完璧な確信はない。
でも、《聖斬》は消えた……と思う。
代わりに、何かを貰った。
失ったんじゃない。
与えられたんだ。
胸の奥が、異様に軽い。
分からないことは後回しだ。
今は、分かることから対処する。
プラッシーがいつも言っていた。
「効率が大事でありまっす」って。
何を貰ったのか、
教会で確かめよう。
*
教会で神父に矢継ぎ早に説明すると、
いつもと違って個室に通された。
神父たちは落ち着かず、ざわついている。
同じ光を見た人が、他にもいるのかもしれない。
「枢機卿も後で来られます」
そう言われたけど、待っていられなかった。
神の道具を渡され、意識を集中する。
光が走る。
最初に見た光とは違う。
上品というより、ただ派手だった。
そして――覗き込む。
名:イケメナント=ジュンシ
年齢:10歳
授与されたもの:
・《聖光》(複製版)
内包:
・《スキルの種》
――安定
――未分化
――反応あり
「スキルの種だ……!
聖光だ! 神の使徒から貰えたんだ!」
思わず声が弾む。
でも、教会側は明らかに焦っていた。
扉が開き、枢機卿が入ってくる。
「これは……」
深く息を吸い、吐く。
静かだけど、不安と確信を乗せた呼吸。
「――神の試練である」
低く、重い声が、
個室を越えて教会全体に響いた。
「勇者の卵を、勇者とすべきか。
それとも、回帰させるべきか。
神は、いまだ躊躇われている」
「だが、スキルの種という未知に、
希望を与えてくださった」
ざわついていた神父たちが、
その言葉に納得した顔になる。
「スキルの種は、神の試練として喧伝せねばならない」
……分かった。
不思議な光を見て、
神の使徒と話した。
だからこそ、
枢機卿の言葉が、誰よりも腑に落ちた。
「そうか……」
聞きかじった知識で飾った勇者は、
不完全だったんだ。
胸の奥で、何かが固まる。
「僕は、僕なりのやり方で進む。逃げるんじゃない、試練を乗り越える為の道だ!」
枢機卿の制止を振り払い、外へ出る。
神の使徒は、
僕に“逃げ道”じゃなく、
強くなる機会をくれたんだ。
……そう思わなければ、
前に進めなかった。
運命は、この日から、
予想の斜め上へと転がり始めた。
――関係が変わる勇者達⑥(ナノ視点)
曇ってきたわね。
風も強いのに、陽射しだけがやけに鋭い。
ジュンシ、最近ずっと疲れていた。
悩んでる顔だった。
「……たぶん、公園ね」
一人になれて、
でも完全に孤立しない場所。
考え事をする時の彼なら、きっとそこ。
――いた。
……え?
隣にいた、名も知らない子供。
その背に、翼が生えて――浮いた。
反射的に、膝をついていた。
祈らなければ。
理由は分からない。
でも、そうしなければいけないと分かった。
……天使?
でも、翼が黒い。
悪魔は翼が黒いと聞いた。
あれだけの神々しい光。
一瞬、迷って――
私は、納得できる理由を探した。
「そうよ……」
「勇者の悩みや苦しみを、その身に引き受けたから……」
きっと天使様も苦悩されてるのね。
「だから……黒くなってしまわれたのよ」
そう考えたら、安心できた。
正午の鐘が鳴り、
天使との対話を邪魔してはいけないと、踵を返す。
「天使様が相手なら、大丈夫よね」
……少し、気になったけど。
*
その後、両親に呼ばれた。
小綺麗な喫茶店。
テーブルの上には、
飲み物とお菓子と――
お見合いの資料。
表情と態度に嫌悪を出してしまった。
「今日は貴族じゃなくて商家だから、
そう毛嫌いしないでおくれ」
「ツンデレーノちゃんのことを思って、
婚姻を勧めているのよ」
分かってる。
家を立て直したのは、お父様だ。
でも――
夜会で浴びた視線。
「没落貴族の娘」という言葉。
同じだわ。
何も、聞いてくれない。
震えが、指先から全身に広がる。
……バンッ!
テーブルを叩いて立ち上がる。
「分かってる!
でも私は、冒険者として生きていくって決めたの!
だから、もうこういう場は設けないで!」
振り返れなかった。
振り返ったら、戻れなくなる。
*
……仲間に、会いたかった。
天使を見たせいかもしれない。
心が、揺れていた。
「あっ、ナノ、伝えたい事があるからプラッシーのとこに行こう」
何も考えず飛び出して来たけど、勝手に教会へ足が向いていた。
そこで偶然ジュンシと合流し、
プラッシーの小屋へ向かう。
静かな、小さな居場所。
そこで――
決定的な言葉を聞いた。
「僕は……勇者という生き方に疲れてたんだ……」
「肩書きは、ただ重いだけの飾りだった」
「……神の道具を見て、分かった。
もう、僕は勇者じゃない」
プラッシーは淡々と答える。
「……解散でありまっす」
頭が、真っ白になった。
……戻る場所が、なくなった。
「……解散……ね」
それしか言えなかった。
否定したら、縋りつく惨めな自分になる。
肯定したら、すべてを失う。
ジュンシは、爽やかに言う。
「ナノも頑張って」
その笑顔が、痛かった。
現実を、肯定された気がして。
「……そうね。頑張るわ」
手を振って、背を向ける。
もう、貴族には戻らない。
唯一の仲間という居場所も消えた。
居場所を失った痛みが胸に残る。
だから――私はもう、誰にも縋らない。




