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第18話 魔界の報告と眠る者

コールさんからの説明で、ここが魔界ということを知った。

その後、医務室に行くよう指示された。

何がどうなっているのか、正直よく分からない。

でも、今はただ――


目の前で眠るテンチ様の手を、両手で包み込む。


安らかな寝顔。

逆に、呼吸しているのか心配になるほど静かだ。


「ホントに大丈夫デス?」

「……置いてかないで下さいデス」


額をそっと手に当てる。

それは祈りか、願いか、あるいは――ただの願望か。


どれくらい時間が経ったのか分からない。

やがて、魔法医が説明に来てくれた。


状態は安定している。

でも、しばらくは目を覚まさないかもしれない――とのこと。


宿や食事、日程の手配は、すべてコールさんが済ませてくれているらしい。

テンチ様を助けた直後から、僕のことまで気遣ってくれる。

……有能すぎる。


テレッツ様からも、「テンチ様の変化があれば報告せよ」との指示があった。

だから、僕はここにいる。


テンチ様……早く起きるデス。



時折、テンチ様は寝言のように「これが……昇天……」とか「召される……君……」とか言う。

不吉すぎるデス。


魔法医によれば、これはスキルの回復範囲ではなく、魔道具による経過観察が必要な状態らしい。


魔界では、「治す」という行為が、スキル・魔法・物理医療の三本柱で構成されている。

……人間界より進んでるかもしれないデス。


そう思うと、少し安心できた。



そのとき――外が騒がしくなる。


「先生!うちのチマルンはどこですか!?」

「私のチマルンは一人じゃおトイレもできない子なの!」


……チマルン?


「人間界に来たばかりのテンチ様みたいデス……懐かしい……」


魔界は過保護に育てるのが……


……背中に冷たい汗が流れる

あっ……分かったデス。


あの方達が探されてるのは――

テンノン=チマルン。

愛称、テンチ。


「コールさん命名の“マザーズ”が襲来デス……!」

「なんか底しれぬ圧を感じるデス」


本能がヤバさを感じ、コールさんにヘルプを送る。

でも、もし居るなら挨拶は必要デス?


自分は“お手伝いさん”だと知ってるけど、

テンチ様とご本人様達は“お母様”との認識デス。


え?どうすればいいデス?


悪魔と人間では、礼儀も文化も違う。


「どうすれば、いいデス……?」

天を見上げ途方に暮れる。


何のきっかけか、外の喧騒は怒号と罵声に変わる。

声と音がどんどん近づいてくる。


「テンチ様……状況が変わりました」

「ゆっくり回復しないで下さい」

「起きるのは今デス!」

「伏して願いますデス!」


必死に拝んでいたそのとき――

外の騒ぎが、ふっと静まった。


気配が、消えた。



コンコン。


肩が跳ねる。首だけ音の方へ向ける。


「マザーズの対応はしておいた。報告ありがとう。あと、これ」


コールさんが差し出したのは、一枚のスケジュール表。


「今からテレッツ様と魔王様に報告デス?」


コールさんは無言で首を回し、出口へ向かう。


オールバックを手で整えている。

その背中が、やけに凛々しく見えた。


「全ての手配、ありがとう御座いますデス」

沢山の感謝を伝えたかった。

でも出せた言葉は、それだけだった。



医務室を出てすぐ、目の前に現れたのは――魔王城。


「ここが魔王城……雰囲気あるデス」


勇者と戦うためだけに建てられた城。

雰囲気を保つための維持費が、相当かかるらしい。


でも、よく見ると人の出入りが多く、子どもたちの笑い声まで聞こえる。


「戦って潰れる場所で、寝たり仕事はできん」

「私の意見で、勇者が来るまで“テーマパーク”にしたんだ」


……合理的すぎるデス。


陰鬱な雰囲気の中で、子どもたちがキャッキャッしてる。

違和感。でも、納得。


「では、魔王様はどこデス?」


「少し案内しようかと思ったが――」


瞬間移動。

気づけば、重厚な扉の前に立っていた。


「ここからは、魔王様が何か言ったら応える。マナーや作法はない。喋るときは合図する」


ガーゴイルの衛兵に一礼し、扉が開く。


中は、華美な装飾はない。

ただ、重く、圧倒的な存在感。


玉座の中央に座る、大柄な悪魔。

その横に立つテレッツ様が、小さく見える。


「――そこで止まれ」


低く、重い声。


テンチ様が言う偉い人は怖い。

あの方が言うから軽く思ってた。

……違うと、完全に理解した。


顔を上げられない。

体が、地面に引っ張られる。


「楽にして報告せよ」


その一言で、重圧がふっと消える。

顔を上げる。


(……なんデスか?このくたびれたおっさん。想像と違いすぎるデス)

(玉座に斜めに腰掛けてるデス)


「はっ」


コールさんが、事の顛末を説明する。


「分かった。テンチについて、今を話せ」


コールさんからの目配せ。合図だ。


「とても安らかに眠っておれますデス」


「死んだのだ?」


魔王の口角が、わずかに上がる。


(自分の思っていた魔王像が、二転三転していくデス)


「あっ、いえ、とても気持ち良さそうに眠ってるデス!」


魔王は、目線をやや上に向ける。


「順調だということか」


その語尾に、期待と安心が混ざっていた気がした。


「テレッツよ。話がある。下がらせろ」


「はっ。もうよい。行くのだ」


一礼して、コールさんの後ろについて行く。


「あれで良かったデス?」


「大丈夫だ。あれでいい」


気づけば、また違う場所にいた。


「お前の宿だ。明日はテレッツ様との会議だ。ゆっくり寝ろ」


なんだか、気疲れデス。

明日も大変そうデス。


ベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。


「……テンチ様、早く起きて欲しいデス……」


その願いを胸に、カゲインは静かに眠りについた。

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