第18話 魔界の報告と眠る者
コールさんからの説明で、ここが魔界ということを知った。
その後、医務室に行くよう指示された。
何がどうなっているのか、正直よく分からない。
でも、今はただ――
目の前で眠るテンチ様の手を、両手で包み込む。
安らかな寝顔。
逆に、呼吸しているのか心配になるほど静かだ。
「ホントに大丈夫デス?」
「……置いてかないで下さいデス」
額をそっと手に当てる。
それは祈りか、願いか、あるいは――ただの願望か。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
やがて、魔法医が説明に来てくれた。
状態は安定している。
でも、しばらくは目を覚まさないかもしれない――とのこと。
宿や食事、日程の手配は、すべてコールさんが済ませてくれているらしい。
テンチ様を助けた直後から、僕のことまで気遣ってくれる。
……有能すぎる。
テレッツ様からも、「テンチ様の変化があれば報告せよ」との指示があった。
だから、僕はここにいる。
テンチ様……早く起きるデス。
*
時折、テンチ様は寝言のように「これが……昇天……」とか「召される……君……」とか言う。
不吉すぎるデス。
魔法医によれば、これはスキルの回復範囲ではなく、魔道具による経過観察が必要な状態らしい。
魔界では、「治す」という行為が、スキル・魔法・物理医療の三本柱で構成されている。
……人間界より進んでるかもしれないデス。
そう思うと、少し安心できた。
*
そのとき――外が騒がしくなる。
「先生!うちのチマルンはどこですか!?」
「私のチマルンは一人じゃおトイレもできない子なの!」
……チマルン?
「人間界に来たばかりのテンチ様みたいデス……懐かしい……」
魔界は過保護に育てるのが……
……背中に冷たい汗が流れる
あっ……分かったデス。
あの方達が探されてるのは――
テンノン=チマルン。
愛称、テンチ。
「コールさん命名の“マザーズ”が襲来デス……!」
「なんか底しれぬ圧を感じるデス」
本能がヤバさを感じ、コールさんにヘルプを送る。
でも、もし居るなら挨拶は必要デス?
自分は“お手伝いさん”だと知ってるけど、
テンチ様とご本人様達は“お母様”との認識デス。
え?どうすればいいデス?
悪魔と人間では、礼儀も文化も違う。
「どうすれば、いいデス……?」
天を見上げ途方に暮れる。
何のきっかけか、外の喧騒は怒号と罵声に変わる。
声と音がどんどん近づいてくる。
「テンチ様……状況が変わりました」
「ゆっくり回復しないで下さい」
「起きるのは今デス!」
「伏して願いますデス!」
必死に拝んでいたそのとき――
外の騒ぎが、ふっと静まった。
気配が、消えた。
*
コンコン。
肩が跳ねる。首だけ音の方へ向ける。
「マザーズの対応はしておいた。報告ありがとう。あと、これ」
コールさんが差し出したのは、一枚のスケジュール表。
「今からテレッツ様と魔王様に報告デス?」
コールさんは無言で首を回し、出口へ向かう。
オールバックを手で整えている。
その背中が、やけに凛々しく見えた。
「全ての手配、ありがとう御座いますデス」
沢山の感謝を伝えたかった。
でも出せた言葉は、それだけだった。
*
医務室を出てすぐ、目の前に現れたのは――魔王城。
「ここが魔王城……雰囲気あるデス」
勇者と戦うためだけに建てられた城。
雰囲気を保つための維持費が、相当かかるらしい。
でも、よく見ると人の出入りが多く、子どもたちの笑い声まで聞こえる。
「戦って潰れる場所で、寝たり仕事はできん」
「私の意見で、勇者が来るまで“テーマパーク”にしたんだ」
……合理的すぎるデス。
陰鬱な雰囲気の中で、子どもたちがキャッキャッしてる。
違和感。でも、納得。
「では、魔王様はどこデス?」
「少し案内しようかと思ったが――」
瞬間移動。
気づけば、重厚な扉の前に立っていた。
「ここからは、魔王様が何か言ったら応える。マナーや作法はない。喋るときは合図する」
ガーゴイルの衛兵に一礼し、扉が開く。
中は、華美な装飾はない。
ただ、重く、圧倒的な存在感。
玉座の中央に座る、大柄な悪魔。
その横に立つテレッツ様が、小さく見える。
「――そこで止まれ」
低く、重い声。
テンチ様が言う偉い人は怖い。
あの方が言うから軽く思ってた。
……違うと、完全に理解した。
顔を上げられない。
体が、地面に引っ張られる。
「楽にして報告せよ」
その一言で、重圧がふっと消える。
顔を上げる。
(……なんデスか?このくたびれたおっさん。想像と違いすぎるデス)
(玉座に斜めに腰掛けてるデス)
「はっ」
コールさんが、事の顛末を説明する。
「分かった。テンチについて、今を話せ」
コールさんからの目配せ。合図だ。
「とても安らかに眠っておれますデス」
「死んだのだ?」
魔王の口角が、わずかに上がる。
(自分の思っていた魔王像が、二転三転していくデス)
「あっ、いえ、とても気持ち良さそうに眠ってるデス!」
魔王は、目線をやや上に向ける。
「順調だということか」
その語尾に、期待と安心が混ざっていた気がした。
「テレッツよ。話がある。下がらせろ」
「はっ。もうよい。行くのだ」
*
一礼して、コールさんの後ろについて行く。
「あれで良かったデス?」
「大丈夫だ。あれでいい」
気づけば、また違う場所にいた。
「お前の宿だ。明日はテレッツ様との会議だ。ゆっくり寝ろ」
なんだか、気疲れデス。
明日も大変そうデス。
ベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。
「……テンチ様、早く起きて欲しいデス……」
その願いを胸に、カゲインは静かに眠りについた。




