第15話 誰の為でもない光
朝から、体がふわふわしている。
飛びたいなぁ。
だめなのは分かってる。
でも、昨日もっと翼を広げていたら、
こんなにウズウズしなかったのかもしれない。
心も体も、成長期。
卵で言えば、殻にヒビが入った状態らしい。
僕の中身は、卵黄と白身なのかも。
美味しそうだから、悪魔は狙われる。
だから人間は、悪魔を食べたがるのか。
うん、納得。きっと調味料も持ち歩いてる。
これはカゲインに報告だ!
「一周回って天才デス。さすがテンチ様デス」
(卵に例えたのは自分デス。そこから黄身と白身に飛ぶとは……どんな思考回路デス)
さぁ、体も快調! 配達、始めるぞ!
「日に日にスピードが上がってるデス。
悪魔はこれまで沢山見てきたデスが、テンチ様の成長は異常な気がするデス」
なんだか、僕を見る目が“偉い人”を見る目だ。
きっと、天才で特別だと再認識したんだな。嬉しい。
カゲインは、演技が下手で嘘をつかない。
信頼できる部下で、信用できる仲間だ。
*
……パカラ……パカラ……ドンッ!
ヒーンッ! ブルブルブル……
馬が止まり、目の前に倒れたのは、さっきまで元気だった男の子。
配達物を渡して、はしゃいでいた子だ。
ほんの一瞬。
次の荷物に目をやった、その間に。
「事故だ! 教会から回復か、近くの魔法医! 早く!」
誰と確認する間もなく、凄惨な現場に息を呑む。
首と目が反応し、心と声が一瞬で放たれる。
体より心は早く行動する。
「カゲイン!」
目が合った瞬間、カゲインは走り出し、男の子に回復を施す。
淡い光を、闇が包む。
仰々しくない、優しくて幻想的な光。
その光が、撫でるように傷へと移動し、
みるみるうちに、怪我が塞がっていく。
「気持ち悪い光ね」
「あれが噂の闇魔法医?」
「受けるのも嫌だわ」
「気持ち悪い。二度手間なんだよな」
周囲から、似たような声が噴き出す。
カゲインは、絶対に聞こえてる。
でも、回復を止めない。
は
深い傷が塞がり、男の子の意識が戻りかける。
キミは今、迷って、悩んで、傷ついてる。
それくらい、震えから伝わるよ。
初めて会ったときみたいに、背中も曲がってる。
「神官か、聖魔法医はまだなのか?
心が心配だ。闇魔法医なんて……」
治してるんだ。
カゲインは、治してるんだ!
お前ら人間の子を、助けてるんだ!
叫びたい。
でも、叫べない。
人間界の空気感。分かってる。
学ばなきゃ。馴染まなきゃ。
今ごろ僕は、叫んでる。叱ってる。怒鳴ってる。
でも、それはタブーなんだ。
「カゲイン。自分が正しいことをしてる。
周りに流されないで……」
ああ、複雑だ。人間は、複雑すぎる。
*
男の子の息が落ち着き、意識が戻る。
「怪我、お兄さんありがと。でも気持ち悪い。なんか怖い。離れて」
「分かったデス。後は神官や聖魔法医に相談するデス」
周囲の視線が、冷たい。
カゲインが僕の手を引く。
引きずられるように、その場を離れる。
突き放すの? 治してくれた恩人だろ?
おかしいだろ? 周りもおかしい。
治ったあと、心が心配?
じゃあ、最初から助けなきゃよかったの?
言葉が喉まで来て、でも出せなかった。
出したら、何かが壊れてしまいそうで。
*
現場から離れ、手を振り払い、カゲインと向き合う。
「カゲイン! 君は誰のために、その力を使ったんだ!
どんな結果にしたかったんだ!」
「悩んでるのは分かった。
人間界でどんな扱いかも、見た。
で、同じ状況が起きたら、どうするんだ?」
カゲインは、姿勢を正し、深く息を吸う。
顔に力が入り、まっすぐ僕を見る。
迷いのない、澄んだ目。
「誰のためでもない。
結果として、誰のためにもなる動きをするデス」
「何度起ころうとも、それが誰であろうとも、救うデス」
ここで逃げない。
その選択だけが、残った。
テンチが変わる。
カゲインが変わる。
お互いに、そして真剣に、心を見つめる。
ここで初めて、二人は――
“偽りの上司と部下”を超えて、
“心で会話する同志”になった。
言葉ではなく、芯でつながる。
その微かな振動は、
世界へと広がる始まりだった。




