第1話 権能調律
名もなき「無」があった。
人が意味を与え、神が生まれ、
世界は、聖と闇に分かれた。
そして今、僕は“刈る”ために生まれた。
そう教わった。
それが僕の仕事だと、魔界の偉い人達にそう教わった。
でも、あの子を見たとき――
なぜか、胸がチクッとした。
これは、壊す物語じゃないのかもしれない。
*
「テンチ、お前は“例外”だ。だからこそ、この任務を任せる」
上司のテレッツ様――正式にはステレオン=キリッツ――は、そう言って僕に命令を下した。
「魔王様の御意志を代わって伝える。人間界を壊せ」
壊せ、か。
テレッツ様の命令なら、頑張るのみだ。
正直……少し、楽しみでもある。
僕はテンノン=チマルン。
でも、みんなからはテンチと呼ばれている。
下位悪魔。だけど、ちょっとだけ特別らしい。
*
初めての人間界。
海をひとつ越えただけなのに、空気の匂いが違う。
さっきまで飛んできたからちょっと疲れたな。
波からの光の照り返しが強くて、肌がジリジリする。
でも、嫌いじゃない。
「……あっ、そうだ」
羽は隠せって言われてたんだ。
岩陰で外套を脱ぎ、翼を畳む。
不思議と、それだけで目立たなくなる。
そのとき、少し先の道に浮かれた様子の子どもが見えた。
人間界で、初めての人間発見。
……なのに、僕はなぜか後ずさっていた。
悪魔の本能かは分からない。
だけど、僕の中の何かが警鐘を鳴らす。
そして、あの男の子から目が離せない。
嫌な感じがするのに、強く惹かれる。
――ああ、分かった。
この子、スキルをもらったばかりなんだ。
人間は10歳になると、神から“スキル”を授かる。
それがこの世界のルール。
僕たち悪魔は、それを“刈る”ためにいる。
「ちょうどいい」
人間界での最初の仕事。
「よし、やるぞ」
スキルを使うのは初めてだったけど、やり方は本能で分かった。
《権能調律(闇)》
スキルを「刈り、保持し、分配」する力。
目の前の子どもに意識を向けると、スキルの反応があった。
あとは、刈るだけ。
これは、相手を殺すためのスキルじゃない。
傷つけるためでもない。
ただ、スキルを“回収”するだけ。
……はずだった。
次の瞬間、子どもは糸が切れたように倒れた。
「……死んだ? あれ、これって……」
思わず立ち尽くす。
人間って、こんなに弱かったのか。
いや、でも、テレッツ様の命令だし。
でも……なんか、変な感じがする。
胸の奥が、少しだけざわついた。
*
とりあえず、手に入れたスキルを確認しよう。
《完全複製(無)》――一度だけ、他者のスキルを複製できる。
「無属性……珍しいって、テレッツ様が言ってたな」
(無属性……それは、どこにも属さず、どこにでも繋がる、循環の外側にある特別な空白なのだ)
「どこにも属してないなら仲間外れなのかな?」
「今手に入ったけど僕も仲間外れなのかな?なんか寂しい……」
よく分からないけど、なんだか面白そうだ。
来て早々、手柄を挙げてしまった気がする。
「……僕、有能かもしれない」
エッヘン。
でも、死体が見つかって騒ぎになるのは困る。
人間界では、死が大ごとになるらしい。
テレッツ様が言ってた。たぶん。
……あっ、閃いた。
スキルを刈る → 倒れる → 死んだ
なら、
スキルを刈る → 倒れる → スキルを複製 → 分配 → 元通り → 生きてる!
「これだ!」
きっと、僕が有能だから思いついたんだ。
死んじゃだめだよ。怒られたくないからね。
《完全複製》を発動。
さっき刈ったスキルを複製し、
《権能調律》で、倒れている子どもに分配する。
……成功。
*
数分後。
子どもはふらりと起き上がり、眼鏡を直した。
「よし。これで怒られない」
ホッと息をつく。
テレッツ様の教えが頭をよぎる。
「なるようにしかならない」――それが、魔界の基本方針。
人間と悪魔は、寿命と翼の有無以外、身体構造はほとんど同じらしい。
……他にも色々言われたけど、もう忘れた。
早く忘れるのは、楽しく生きるコツだ。
これは、たくさんのお母さん達から教わった。
*
今日の成果を報告しよう。
魔界の報告用器具――悪魔の道具に意識を向ける。
完全複製を獲得!
スキルを一つ複製可能!
人間、弱すぎ!
僕、有能!
……文字数が足りない。
まあ、しょうがない。
今は寝床を確保する方が先だ。
*
さっきの子どもの後を、少し距離を取って追う。
街は近い。向かう方向も同じ。
やがて、子どもは石造りの建物に入っていった。
「……教会?」
テレッツ様が何か言っていた気がする。
悪魔を毛嫌いしてる敵だと聞いた気がする。
でも思い出せない。
きっと重要じゃない。
中にいる神父たちを見た瞬間、背筋がざわついた。
――なんだ、この感覚。
肌がざわつく。鼻の奥がしびれる。
本能が拒否する、嫌な震え。
さっきの子とは違う。
あのときは「怖い何かに包まれる」感覚。
でも今は――「嫌いな何かが迫ってくる」感覚。
本当は、こういう存在を刈るべきなんだ。
自然と、そう思えた。
*
隠れて様子を見ていると、派手な光が一瞬走った。
近づくと、子どもが手にしている道具が淡く光り始める。
――神の道具。ステータス。
神父たちの声が、断片的に聞こえる。
「奇跡だ」
「勇者の卵」
「特別な子」
いつの間にか、隣に大きな人間がいた。
僕が覗き込みやすい位置に、さりげなく誘導してくれる。
……優しい人間もいるんだな。
人間からの温もりに、心が少し跳ねた。
覗き込むと、文字が浮かび上がる。
名:メガカケ=プラッシー
年:10歳
授与されたもの:
・《完全複製》(複製版)
内包されているもの:
・《スキルの種》
――安定中
――未分化
――反応あり
情報量は少ない。
これが、神の道具で“見える範囲”なんだろう。
神父含めの周りの大人たちの子どもを“道具”として見る視線が気になる。
……謎だらけだ。
でも、とりあえず覚えた。
「プラッシー」
*
お腹が空いた。
知らない場所を歩く。
これを観光というらしい。
だから――
人間界の観光をしよう。
*
この日、僕は初めて“刈った”。
でも、僕はまだ知らなかった。
それが、世界の循環を変える始まりだったことを。




