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第1話 権能調律

名もなき「無」があった。

人が意味を与え、神が生まれ、

世界は、聖と闇に分かれた。


そして今、僕は“刈る”ために生まれた。

そう教わった。

それが僕の仕事だと、魔界の偉い人達にそう教わった。

でも、あの子を見たとき――

なぜか、胸がチクッとした。


これは、壊す物語じゃないのかもしれない。



「テンチ、お前は“例外”だ。だからこそ、この任務を任せる」


上司のテレッツ様――正式にはステレオン=キリッツ――は、そう言って僕に命令を下した。

「魔王様の御意志を代わって伝える。人間界を壊せ」


壊せ、か。

テレッツ様の命令なら、頑張るのみだ。

正直……少し、楽しみでもある。


僕はテンノン=チマルン。

でも、みんなからはテンチと呼ばれている。

下位悪魔。だけど、ちょっとだけ特別らしい。



初めての人間界。

海をひとつ越えただけなのに、空気の匂いが違う。

さっきまで飛んできたからちょっと疲れたな。

波からの光の照り返しが強くて、肌がジリジリする。

でも、嫌いじゃない。


「……あっ、そうだ」

羽は隠せって言われてたんだ。


岩陰で外套を脱ぎ、翼を畳む。

不思議と、それだけで目立たなくなる。


そのとき、少し先の道に浮かれた様子の子どもが見えた。

人間界で、初めての人間発見。


……なのに、僕はなぜか後ずさっていた。

悪魔の本能かは分からない。

だけど、僕の中の何かが警鐘を鳴らす。

そして、あの男の子から目が離せない。

嫌な感じがするのに、強く惹かれる。


――ああ、分かった。

この子、スキルをもらったばかりなんだ。


人間は10歳になると、神から“スキル”を授かる。

それがこの世界のルール。

僕たち悪魔は、それを“刈る”ためにいる。


「ちょうどいい」

人間界での最初の仕事。

「よし、やるぞ」


スキルを使うのは初めてだったけど、やり方は本能で分かった。

《権能調律(闇)》

スキルを「刈り、保持し、分配」する力。


目の前の子どもに意識を向けると、スキルの反応があった。

あとは、刈るだけ。


これは、相手を殺すためのスキルじゃない。

傷つけるためでもない。

ただ、スキルを“回収”するだけ。


……はずだった。


次の瞬間、子どもは糸が切れたように倒れた。


「……死んだ? あれ、これって……」


思わず立ち尽くす。

人間って、こんなに弱かったのか。

いや、でも、テレッツ様の命令だし。

でも……なんか、変な感じがする。


胸の奥が、少しだけざわついた。



とりあえず、手に入れたスキルを確認しよう。

《完全複製(無)》――一度だけ、他者のスキルを複製できる。


「無属性……珍しいって、テレッツ様が言ってたな」

(無属性……それは、どこにも属さず、どこにでも繋がる、循環の外側にある特別な空白なのだ)

「どこにも属してないなら仲間外れなのかな?」

「今手に入ったけど僕も仲間外れなのかな?なんか寂しい……」

よく分からないけど、なんだか面白そうだ。

来て早々、手柄を挙げてしまった気がする。


「……僕、有能かもしれない」

エッヘン。


でも、死体が見つかって騒ぎになるのは困る。

人間界では、死が大ごとになるらしい。

テレッツ様が言ってた。たぶん。


……あっ、閃いた。


スキルを刈る → 倒れる → 死んだ

なら、

スキルを刈る → 倒れる → スキルを複製 → 分配 → 元通り → 生きてる!


「これだ!」


きっと、僕が有能だから思いついたんだ。

死んじゃだめだよ。怒られたくないからね。


《完全複製》を発動。

さっき刈ったスキルを複製し、

《権能調律》で、倒れている子どもに分配する。


……成功。



数分後。

子どもはふらりと起き上がり、眼鏡を直した。


「よし。これで怒られない」


ホッと息をつく。

テレッツ様の教えが頭をよぎる。

「なるようにしかならない」――それが、魔界の基本方針。


人間と悪魔は、寿命と翼の有無以外、身体構造はほとんど同じらしい。

……他にも色々言われたけど、もう忘れた。

早く忘れるのは、楽しく生きるコツだ。

これは、たくさんのお母さん達から教わった。



今日の成果を報告しよう。

魔界の報告用器具――悪魔の道具に意識を向ける。


完全複製を獲得!

スキルを一つ複製可能!

人間、弱すぎ!

僕、有能!


……文字数が足りない。

まあ、しょうがない。

今は寝床を確保する方が先だ。



さっきの子どもの後を、少し距離を取って追う。

街は近い。向かう方向も同じ。

やがて、子どもは石造りの建物に入っていった。


「……教会?」


テレッツ様が何か言っていた気がする。

悪魔を毛嫌いしてる敵だと聞いた気がする。

でも思い出せない。

きっと重要じゃない。


中にいる神父たちを見た瞬間、背筋がざわついた。


――なんだ、この感覚。


肌がざわつく。鼻の奥がしびれる。

本能が拒否する、嫌な震え。


さっきの子とは違う。

あのときは「怖い何かに包まれる」感覚。

でも今は――「嫌いな何かが迫ってくる」感覚。


本当は、こういう存在を刈るべきなんだ。

自然と、そう思えた。



隠れて様子を見ていると、派手な光が一瞬走った。

近づくと、子どもが手にしている道具が淡く光り始める。


――神の道具。ステータス。


神父たちの声が、断片的に聞こえる。


「奇跡だ」

「勇者の卵」

「特別な子」


いつの間にか、隣に大きな人間がいた。

僕が覗き込みやすい位置に、さりげなく誘導してくれる。


……優しい人間もいるんだな。

人間からの温もりに、心が少し跳ねた。


覗き込むと、文字が浮かび上がる。


名:メガカケ=プラッシー

年:10歳

授与されたもの:

・《完全複製》(複製版)

内包されているもの:

・《スキルの種》

 ――安定中

 ――未分化

 ――反応あり


情報量は少ない。

これが、神の道具で“見える範囲”なんだろう。

神父含めの周りの大人たちの子どもを“道具”として見る視線が気になる。

……謎だらけだ。

でも、とりあえず覚えた。


「プラッシー」



お腹が空いた。

知らない場所を歩く。

これを観光というらしい。


だから――

人間界の観光をしよう。



この日、僕は初めて“刈った”。

でも、僕はまだ知らなかった。

それが、世界の循環を変える始まりだったことを。


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