十四 変化
石をひとつ拾って、口の中に放り込む。
噛もうと奥歯に石を押し込んでも、噛み切れない。
唾液が顎を伝って、地面に落ちていった。
「……まんじゅうとかいちごは甘かったんだけどな」
首を傾げて呟く。
赤いものを選んだのに、甘くも柔らかくもなかった。
少し考えて、ふと笑った。
食べられるものと、食べられないものが存在する。
当たり前の話だ。
赤ければ甘美な味のする食べ物だというわけでもない。地獄にいる間、自分の血を啜らなかったのが何よりの証明だ。
舌を出して、石を吐き出した。
唾液がまとわりついた石が、ぼとりと落ちた。
砂が歯の隙間に挟まって不快だ。
歯と歯を擦り合わせると、砂が擦れる音が耳の奥で響く。
思わず眉をしかめた。
「ミチビキ」
口の中の砂を洗い流そうと川の水を口に含んだところで、奪衣婆に声をかけられた。
水を吐き出して振り返ると、彼女は物珍しそうな目で私を見た。
隣に老齢の男を連れている。彼はきっと乗客だ。
「珍しいな。そんなことをするとは」
そう言う奪衣婆の表情は柔らかい。
二人が私をミチビキと呼ぶようになってから、二人の態度はどこか優しくなった。
「そうでしょうか」
「少なくとも私は初めて見た」
「はあ……舟、出しますか」
「そうだ。舟を出せ」
「わかりました。こちらへ」
袖で口元を拭いて立ち上がる。
乗客の男の手を引くと、彼はびくりと肩を震わせた。
「……恐ろしいですか。申し訳ない、手が冷たくて」
彼の手は温かいから、私の手がひどく冷たく感じるかもしれない。そう思った。
彼は驚いたように私を見た。
「何か」
「いいえ。驚いただけです。案外、あの世の方も、血が通っているのですね」
人間が生きている世界をこの世、死後の世界をあの世と呼ぶらしい。
何度かその呼び方をする死者に出会ったことはあるが、自分がいるこの場所がこの世ではなくあの世と呼ばれるのは、妙な浮遊感があった。
「お優しいのだ。あなたは」
彼は私の手を両手で包むようにして握った。
優しい。言われたことはある。
導子の顔を思い出して、首を振る。
「優しくはありません。そのようにする義務はないから」
「いいえ。あなたが優しいかどうかは、あなたが決めるものではない。私がどう感じるか次第だ」
「……」
首を傾げると、彼はなんでもありません、と言って笑った。
後ろで奪衣婆もおもしろそうに笑っている。
「なにかおかしいでしょうか」
「やはりお前は変わったよ」
「なんの話をしているのか、さっぱりわからない」
「いや……なんでもない。さあ、早く行け」
「……ここへ座ってください」
奪衣婆をじっと睨んで、そのまま彼の手を引き、舟へ座らせる。
私も舟に乗って、櫓を握った。
ふと岸の方を振り向くと、奪衣婆と目が合った。
「いってらっしゃい」
そう言って彼女は目を細めた。
どう返せばいいのかわからなくて、ひとつ頷いて顔の向きを戻した。
やはり、様子がおかしい。
「出発します」




