第12話 目撃
公園のベンチにえみりちゃんを座らせると、千堂さんは間髪入れずに走り出し、どこかからお茶を買って来てくれた。えみりちゃんの隣に座り体を支えていた私は、千堂さんから渡されたお茶ををすぐに開け、口元にペットボトルの飲み口を持っていった。すると、辛そうな顔をしながらも、それこそおまるで酒のようにごくごくと飲んでくれた。やがて一本目のペットボトルが空になると、千堂さんはあらかじめ買って置いたもう一本を差し出してくれた。二本目のペットボトルも景気よく半分ほど飲み、ベンチに座ってから二十分ほどが経った頃だった。
「ごめんね……ありがとう」
ついにえみりちゃんが言葉を発した。
「大丈夫?まだ気持ち悪い?吐きそう?」
「……大丈夫……。吐き気とかはないから……」
お茶を沢山飲んだことと、心地よい夜風のおかげもあってか、えみりちゃんは問題なく受け答えが出来るまでに復活した。
「気持ち悪くないならよかった……。他には?どこか辛い?頭痛とかは?」
「うん……大丈夫……ただふわ〜としてるだけ……」
「そっか……」
「本当にごめんなさい、青山さん……。もっと気にしてあげるべきだった」
意識を取り戻したえみりちゃんに、マネージャーは心から申し訳なさそうに謝った。
「そんな!全部自業自得ですから!身の程をわきまえず、調子に乗って飲んだせいです……」
「そうだ!えみりちゃん、あそこのお会計、マネージャーにご馳走してくれたの!」
「あ……マネージャー、ご馳走様でした……。ご馳走になった挙げ句にこんなになって本当に申し訳ありません……」
「いいのよ、そんなこと気にしないで!」
「でもさ、あんだけ飲んでそれくらいで済んでるんだから、なんだかんだ言ってもやっぱり酒強いんわ、青山さん!大したもんだわ!」
腕を組みながら千堂さんが言う。
「……数時間前の自分が恥ずかしいです」
反省の言葉を言えるまで自我が戻ってきた姿を見て私は少し安心した。
「でもさ、若い時のこうゆう失敗って大事だよ?自分の限界は知っとくに越したことないし!とりあえず、年間363日飲む日々をあと7年過ごしたらまた私と張り合いなよ」
「千堂ちゃん、お酒でダウンしてる子にお酒の話するのやめなさいよ」
「そっか!ちょっと拷問でしたね〜!」
千堂さんが高らかに笑っている。えみりちゃんと同じ、いやむしろそろよりもっと飲んでると言うのにこの元気……。真にお酒の強い人を初めて見た気がする。
「皆さん、私のせいで無駄な時間過ごさせちゃってすみません……。私、今日はもうタクシーで帰ろうと思います…。なので、もう私のことはもうお気になさらず、好きにお帰りになられて下さい。だいぶ復活しましたから……」
えみりちゃんは力なく頭を下げた。
「青山さんて事務所の寮なんだよね?家ここから近いの?」
「はい……電車で二駅です……」
「いいなー、めっちゃくちや都心じゃん!」
「近くてよかったわ……」
「そうだ!私がタクシー代出すからさ、諸星さん、家の前まで一緒に乗って送ってあげてよ」
「あっ、はい!でも、もともと送るつもりでいたのでタクシー代は大丈夫です!」
「私の自己責任なのに、千堂さんに出してもらうわけにはいかないです……」
私が断るとえみりちゃんも続いた。
「いいの!いいの!マネージャーが飲み代奢ってくれて私今日一銭も使ってないから」
「いや、でも……」
「そうゆう問題じゃ……」
私とえみりちゃんが困っていると、マネージャーが見兼ねて口を開いた。
「2人とも、今回は千堂ちゃんに甘えたら?こう見えても責任感じてるのよ、自分のせいで青山さんが具合悪くしちゃったって……」
「あ、バレました?そうゆうことだからこれでチャラにしてよ」
そう言って千堂さんは財布から一万円を出して、私のバッグの中へと放り込んだ。
話がまとまると、もう支えが無くても歩けるようになったえみりちゃんと私は、駅前のタクシー乗り場に向かって、再び夜の街を歩き出した。それを保護者のように千堂さんとマネージャーが後ろからついて見守った。
タクシー乗り場には先客はなく、停まっていた黒いタクシーの横に立つとすぐに後部座席のドアが開いた。
「ありがとうございまーす」
運転手さんに挨拶され乗り込む前に、私は千堂さんに改めて頭を下げお礼を言った。
「千堂さん!タクシー代、本当にありがとうございました!」
「本当にすみません……。お釣りは次の出勤の時にお釣り返します」
えみりちゃんはまだ体幹がぐらついていたけど、それでも出来た妻のように、私よりもさらに深々としたお辞儀をした。
「いいって!そんな野暮なこと。余ったら朝ごはん代にしな」
千堂さんの神のような言葉にまた丁重にお礼を伝えていると、後部座席の扉を開けたままで待っていた年配の女性の運転手さんが痺れを切らした。
「乗らないんですかぁ〜?」
「お待たせしてすみません!乗ります!」
マネージャーが代わりに謝ってくれて、私たちは急いでタクシーに乗り込んだ。
「マネージャー、今日は本当にご馳走さまでした!!千堂さん、ありがとうございました!楽しかったです!」
窓を開けてもう一度お礼を言う。
「……今日は本当にご迷惑をおかけしました。ご馳走さまでした!」
まだ少し辛そうにしながら、えみりちゃんも最後のお礼を必死に伝えていた。
「うん!懲りずにまたやろうね!」
「二人ともくれぐれも気を付けて帰ってね!」
千堂さんは楽しさの余韻が覚めない様子で、マネージャーは心底心配そうに、二人とも笑って手を振り見送ってくれた。
「どちらまで行きます?」
「二駅先のなんですけど、とりあえずこの大通りをずっとまっすぐ行ってもらえますか?」
「はーい」
えみりちゃんが少し息苦しそうにそう伝えると、タクシーはゆっくりと動き出した。
「あ、あの!先に一人降りて、その後別の場所でもう一人降りますので!」
「はーい。かしこまりましたー」
私が追加情報を運転手さんに伝えると、えみりちゃんは私の左肩にぽすっと寄りかかった。
マネージャーと千堂さんの手前、今もやっぱり多少気を張って、無理してたのかな……?
遠慮なく体重を預けているような重みが嬉しくて、つい顔がほころびそうになった。だけど、無事に送るという使命感に、私は平然を装って姿勢よくタクシーに揺られた。
そのまま、後ろの窓越しに首だけ動かして振り返る。視線の先には、まだそのままの場所で見届けてくれている千堂さんとマネージャーがいた。
「……しのぶちゃん」
その時、えみりちゃんが苦しそうに私を呼んだ。もしかしてまた具合が悪くなっちゃった……?
心配して横を向いたその時、えみりちゃんは奪うように突然キスをしてきた。
「えっ!?えみりちゃん!!だめだよっ!こんなとこで!」
前の運転手さんかと後ろの千堂さんたちの視線を同時に気にしながら、私は精一杯の小声でえみりちゃんを叱った。すると、えみりちゃんは目に見えてつまらなそうにふてくされてしまった。
「だってずっと我慢してたんだもん……なのに、そんな言い方しなくても……」
「ご、ごめんね……?嬉しかったんだけど……さすがにここじゃ……」
いくら小声と言っても、狭いタクシーの中だ。私たちの会話は運転手のおばさんの耳に確実に届いてる。その証拠に、運転手のおばさんはバックミラーを駆使して、興味津々に私たちの様子を伺っていた。鏡越しにふと目が合った瞬間、何も見てませんよという素知らぬ顔をして、パッと目をそらされた。
えみりちゃんは私に背を向け、窓から流れる景色を興味なさげに見ていた。その落とした肩からは、目で見えるくらいに寂しさがまとわりついている。
あーー!!もうやけくそだ!!
信号で車が止まった時、ブレーキの揺れにまぎれて、私はえみりちゃんの体を自分に向かせ、素早くキスをした。ほとんどキスというよりぶつかったくらいようなもんだったけど、暗い狭い空間の中で、私の思いがけない行動にえみりちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
だめだ……やっぱり可愛い……
超絶可愛すぎて飛んじゃうよ……
すると、えみりちゃんはその犯罪レベルの可愛さのまま、目だけでさらに訴えてきた。そんなハプニングみたいなのじゃなくて、ちゃんとして……そう言っているのが手に取るように分かる。そんな目で見られたら私なんてひとたまりもない……。
さっきまで叱っていた立場を棚にあげまくり、そして、運転手のおばさんが知らんぷりしてくれることをいいことに、わがままで憎くて愛おしいその唇に、私はもう一度触れた……
***
【一方。ほんの一分前】
「あー!タクシーが走り去ってっちゃうよっ!!今日で2人の真実が知れると思ってたのにぃー!!」
「まだ言ってるの?!タクシー代渡して反省してるのかと思ってたのに……」
「あっ!!あーーっ!!ちょっ!ちょっとほら!見て!マネージャー!!」
「もぅ、まだ何か言って……え?えーーっ!?」
「ね!?見ましたよね?見たでしよ?あれ絶対キスしたでしょ!!」
「……そ、そうね……あれは……確実にしたわね……」
「わぁー!!やったぁー!!大逆転勝利だぁー!!」
「何に対しての勝利なのよ?ていうか、あの子たちどうしてもっと我慢しないのよ!人前であんなことしたら色々と危ないっていうのに!」
「言ってもまだ子どもなんだから我慢なんかムリですよ!二人になった途端、チューすることしか考えてない年頃なんだから」
「なにその年頃……。あぁ……ほんと心配……」
「いやぁー、今夜はいい酒が飲めます!」
「……まさかまだ飲む気?」
「当たり前でしょ!祝い酒ですよ!」
「…………」




