第11話 暴走
もういいっ!
もうどうなっても知らない!
求められるまま、えみりちゃんの望みを叶えようとしたその時、
「おーい!」
背後から千堂さんの声がした。
「ぎゃっ!!」
私は思わずお尻が座敷から5cm浮いてしまうほど驚いたのに、ほろ酔いのえみりちゃんは何一つ動じていない。
「なになに?どしたー?」
喉が潰れたような私の奇声に、千堂さんが心配そうに聞いてきた。
「いえ!別に何も!あ、あれ?マネージャーは……?会いませんでした?」
「え?マネージャーどっか行ったの?」
「はい。どなたからか電話が来てお手洗いの方に行ったから、千堂さんと会ったかなと思ってたんですけど……」
「そうなんだ?気づかなかったけど」
すると、
「ごめんねー!」
噂をすればマネージャーが戻ってきた。
「って、ちょっと青山さん!? 大丈夫なの?」
「え〜?なにがですかぁ〜?それより、みなさんやっと揃ったんだからまた乾杯しましょうよ〜!」
体から骨が抜けてしまったようにふにゃふにゃになってるのに、えみりちゃんはまだ飲むつもりでいる。
「お、いいねー!飲も飲も! いぇーい!かんぱーい!!」
えみりちゃんのおかしなテンションに、千堂さんだけがノリノリになっていた。そんな千堂さんを、マネージャーは眉をひそめて横目で見ている。
「いやーやっぱり青山さんはお酒強いわー!」
「え〜?そうですかぁ〜?」
「こんなに可愛い顔してるのにねー?」
「やだぁ!千堂さんてばぁー!私なんか全然大したことないですよぉ〜!」
「何言ってんの!青山さんレベルの子なんてそうそういないよ?こないだ出てたドラマだって、主演の子より断然青山さんの方が可愛かったし!」
「もぉ〜!千堂さんのばかぁ〜!」
いくら酔ってるからとは言え、千堂さんに可愛いと言われて喜ぶえみりちゃんが憎らしかった。こないだのドラマの中でえみりちゃんが一番可愛かったって話は私だってしたのに、私が言った時よりリアクションがいい気がする……。
顔や態度に出さないように堪えているけど、そんな私をいじめるように二人のやり取りは続いた。
「私、青山さんとならキス出来るなぁー。女でも見とれちゃう可愛さだもん!」
「またまたぁ〜!千堂さんはいつも調子いいことばっかり言うんだからぁー」
「マジマジ!青山さんてさ、ぶっちゃけ女の子にも告られたことあるんじゃない?」
「え〜、それ聞いちゃいます〜?」
「うん!聞きたい!聞きたい!ね?マネージャーも聞きたいですよね?」
「そ、そうね……」
やばい……!!
今のえみりちゃんなら言いかねないっ!
「い、いくら青山さんでも、女の子からはさすがにないんじゃないでしょうか!?」
私はなんとかこの流れを止めようと、横からチャチャを入れた。すると、えみりちゃんはムスっとした顔で私の方をバッと振り返り、
「あるよ!!」
と睨みつけるように言った。
しまったーっ!!
逆効果かーっ!!
「私だって女の子に告白されたことあるし!!」
なんてこった……
私に詰め寄るような喧嘩腰な言い方に、案の定、千堂さんはその揚げ足を取った。
「私だってって諸星さんに言うってことは、諸星さんも女子に告白されたことがあるってこと?」
「あ、いや……その……あるというか……ないとも言い切れないようなことかあったかもしれないような……」
困ってしまい、ごにょごにょと濁していると
「……ないの?」
えみりちゃんが責めるような目で私を追いつめた。
……ちょっと待って、これどっちって言うのが正解なの!?あるって言ってもないって言っても、どっちにしてもアウトじゃんっ!!
何も言えないでいる私からまだえみりちゃんは目をそらさない。それどころか、座った目でどんどんと近づいてくる……。私は距離を保とうと上半身を後ろに反らしたけど、下がった分だけえみりちゃんはまた迫ってくる。
なに?!なに!?どうしたの?!
そしてついに、えみりちゃんは私の胸の中へと倒れこんでしまった。
「青山さん!大丈夫!?」
マネージャーが心配の声をあげる中、最後の力で顔を上げたえみりちゃんは、私を見つめて何かを口にした。
「……しのぶちゃん……だい……すき……」
ああぁぁーーー!!!
「ん?今『しのぶちゃん』の後、なんて言った?!」
目ざとい千堂さんが聞き返してきた。これは本当にまずいっ!!
「……えっと、しのぶちゃん……貝好き?って!」
「……え……貝?」
「さっき、お寿司のネタの話をしていたので!」
かなり無理なごまかしをしながらクリンチをかけ、私はこれ以上えみりちゃんが墓穴を掘らないように阻止した。
「あの!青山さんかなり酔っちゃったみたいだから、もう帰してあげた方がいいと思うんですけど……」
私は千堂さんとマネージャーに向かって退場を願い出た。えみりちゃんは私の胸の中で満足そうに目をつぶっている。完全に寝てはいないけど、今にも寝てしまいそうだ。
「そうね……。私が同席してたっていうのに飲ませ過ぎてしまってごめんなさい……」
「いえ!マネージャーの責任じゃ!」
「あーあ、こっからもっと面白くなるとこだったのになぁー」
千堂さんはふてくされていた。
「子どもみたいなこと言わないの!じゃあ、お会計してくるわね」
結局マネージャーにご馳走になってしまい、私は今は話すことの出来ないえみりちゃんの分までお礼を言った。
「ありがとうございましたー!」
レジにいた店員さんの大きな声で見送られながら、千堂さんとマネージャーがえみりちゃんを両脇から挟んで肩を組んで支える。背の低い私は高さのバランスが取れないため、必然的にえみりちゃんの荷物持ち係となり、三人の背中を後ろからついて行った。しばらく夜の街を歩いていると、さっきのお店のユニフォームを来た女の子が「すみませーん!」と、最後尾にいた私を呼び止めた。
「あの!こちら席にあったんですけど、お客さまのお忘れものじゃないでしょうか?」
そう言われ、差し出されたネイビーブルーのボールペンを手に取った。思ったよりずっしりと重い。全く見覚えはないけど、一応よく見てみる。
「あぁー!ありがとうございます!」
えみりちゃんのものだと確信した私はお礼を言ってお辞儀をした。すると、その子はさらに丁寧なお辞儀を返してくれた。急いで追いつこうと進行方向へ振り返ると、少し先で並んだかかしのような三人が私のことを待ってくれていた。
「どしたー?大丈夫ー?」
左端の千堂さんが呼びかけてくれて、私は届くように大きな声で返事をして駆け寄った。
「はい!」
「なんだって?」
「店員さんが、青山さんの忘れ物を届けてくれたんです!」
「気づいてくれてよかったわね!」
なんとなくみんなそろってうなだれたえみりちゃんの様子を見る。いまだ酩酊状態真っ只中だ。このままじゃ電車どころかタクシーも乗せられないと、言葉にはしなくても全員が思っていた。
「……とりあえず、そこの公園のベンチに座らせて、お茶でも飲ませて少し休ませようか」
千堂さんがそう言って、私たちは公園に向かいまた歩き出した。




