vsウィル
「くそ……」
研究室の中でウィルは一人悪態をついた。その対象はもちろんユリアだ。
あの森林地区の一件から数週間が経った。ユリアは生徒達を守ったことが評価され、ますます学院の中で存在感を高めている。完全に彼のやったことが裏目に出ていた。
「どうしてこうなった……。当初の予定ではあいつは完全に失脚していたんだぞ。それがどうして評価を高める結果になっている」
計画が破綻し、しかも自分の行動が憎むべき相手の利益になっていることがウィルを落ち込ませていた。
「あいつにそそのかされて結果を焦ったのが失敗だったのか……」
あいつというのはウィルの協力者のことだ。ウィルに近づき、魔物の合成について教えた張本人。彼のおかげで自分の能力が向上したのは確かだが……。
「そうだ……全部奴のせいだ! 俺が今こんなことになっているのも!」
完全に逆恨みとしか言えない、けれど追い詰められていた彼は自分以外の誰かに責任を押しつけなければやっていられなかった。無責任な罵りを彼は吐き出し続ける。
「こんなことになったのもあいつが今がチャンスだと言ったからだ! 機を見誤ったのはあいつなんだ、その責任を追求してやる!」
追い詰められて精神が不安定なウィルはそのまま自分の研究室を飛び出した。
*
「はあ……はあ……」
研究室を飛び出したウィルはある場所へと向かっていた。
「着いた」
そこはなんの変哲もない建物だった。人がいる気配はない、ウィルはそんなことも構わず、建物の中へと入っていく。床のある部分を捲るとそこには階段があった。協力者曰くこの建物が気に入ったから改造して地下を作ったとのことだがそんなことは今のウィルにはどうでもよかった。
「あいつを絶対に問い詰めてやる」
怒りに身を任せて階段を駆け足気味の降りていくウィル。やがて階段が終わり扉が目の前に現れる。彼はその扉を勢いよく開いた。
「おい! 貴様」
怒声をあげて中に入ってきたウィルに中にいた人物が振り返る。銀色の髪を持つ少年だ。彼は青い瞳でウィルを見つめた後、にこりと笑う。
「やあやあ、これはウィル。調子はどうだい?」
軽い調子で話しかけてきた相手にウィルの怒りは爆発する。そのまま彼はその少年の胸倉を掴んで持ち上げた。
「調子はどうだいだと? そんなに知りたいなら教えてやる! 最悪さ! 上機嫌だとでも思ったか!」
「そんなに怒ってたらいい顔が台無しになっちゃうよ。もっと落ちついていたほうが君はかっこよく見えると思うけれど」
的外れな会話をしてくる相手にウィルの怒りはかき立てられるばかりだ。
「そんなふざけた会話をするために俺はここに来たわけではない! お前も知っているはずだろう! お前の協力を受けて生み出したあの魔物はあのユリアに見事に負けたぞ!」
「うん、そうだね。いやー、彼女強いなあ、本当何者なんだろう?」
少年はユリアの話をしても動じない。それどころか魔物を倒したことに感心してすらいる。まるで負けることも考えていたような口調だった。
「貴様、どういうことだ! あの魔物ならあいつを殺せるんじゃなかったのか!? なぜあんなに簡単に負ける!」
「ごめん、ごめん。僕も彼女があれほど強いと思ってなかったんだ。あれで十分と思ったんだよ、あの戦いを見るまでは」
「ならばもっと強い魔物をよこせ! お前の提案した計画が失敗したせいであいつはさらに魔法学院内で地位を手に入れつつあるんだぞ! 今度こそあいつを始末せねば俺の居場所がなくなる……! こうなったのはお前のせいだ!」
「いやー、それは君の責任でしょう」
にやけた表情のまま、少年は冷たい言葉をウィルに告げた。
「なんだと!?」
「だって僕の計画の提案を受けて計画を実行したのは君だよ。どうしてその失敗が僕のせいになるのさ」
「お前ぇ!!」
ウィルは拳を握りしめ、少年に殴りかかる。
「身の程を弁えろ、馬鹿が」
が、その拳は少年には届かない。ウィルの拳は少年に受け止められる。
「ぐっ……!?」
「なにをお前は勘違いをしているんだ。思い上がるのも大概にしなよ、魔物の合成魔法を君に与えたのはこの僕なんだ。それを上手く使いこなすのは君の仕事だろ? 僕にやつあたりをしないでくれ」
冷たい声で言い放ち、そのまま少年はウィルを投げ飛ばす。ウィルは無様に床を転がった。
「ん……?」
少年の注意がウィルから逸れる。彼はウィルが入ってきた扉のほうを見ていた。
「はあ……まいったなあ。ここを探り当てられるなんて。君って本当に間抜けだね」
「……?」
ウィルは状況が飲み込めず頭が混乱する。
「君はつけられていたみたいだよ、君がもっとも嫌う人間にね」
「な、なに……」
驚愕とともにウィルが扉のほうへ視線を向けるとそこにいたのは一人の少女。黒い髪に赤い瞳のウィルにとってもっとも忌むべき相手がそこにいた。
「ユ、ユリア・レイクロード……!」
*
「……」
ユリアは探りあてたウィルの協力者の部屋をじっと見渡す。
(いるのは二人だけみたいだね)
彼女の目の前にいるのは二人。一人はユリアが追っていたウィル、もう一人は知らない少年だ。
(いやこの子は……)
天眼で彼を確認したユリアは即座に彼が人間であるという結論を否定する。明らかに人間とは異質なマナの色をしていたからだ。
「ウィルさん、これはどういうことでしょうか? それにそこの君はいったい誰かな?」
ユリアの質問に最初に答えたのは少年のほうだった。
「やあやあ、初めましてだね。ユリア・レイクロードさん。僕のことはレイとでも呼んでくれ」
少年は酷く明るく友好的な態度でユリアに接してきた。
「君は……人間じゃないよね?」
ユリアが指摘するとレイと名乗った少年はその場に固まった。
「まさかとは思うけれど……ユリアさん、もしかして天眼持ち?」
「……」
「うわ……本当に天眼持ちなんだ。凄ーい、人間で天眼持ってるの初めて見たよ」
沈黙を肯定ととったのか少年は感心したような言葉を漏らす。
「うん、それじゃ隠せそうにないね。ユリアさんの指摘通り、僕は魔族だ。このウィルといろいろやっていてね」
「いろいろね……」
ユリアはじっと少年を見つめながら問いかける。
「よかったらそのいろいろしていたことについて教えてもらえると嬉しいんだけど?」
「嫌、ん~、そうだねえ」
レイはにやりと笑ってウィルのほうを見る。
「ユリアさんがこのウィルに勝てたらあなたが聞きたいことに答えてあげようかな」
「なに……!?」
レイがした勝手な提案にウィルが驚く。
「ふざけるな! どうして俺がお前の賭けに協力しなきゃいけないんだ!!
「え~、だって」
レイはそういうとウィルの側に歩みより、
「お前にはもうそれくらいしか利用価値がないからだよ」
歪んだ笑みを浮かべながらぶすりと腕をウィルへと突き刺した。
「がっ……!?」
「!?」
突然のことにユリアも呆然とする。
「お、お前……なにを……」
「お前が素直に言うことを聞いてくれればこんなことまでしなかったんだけれど聞いてくれなそうだからね。利用価値がなくなったお前は魔物と融合させて再利用させてもらうよ」
「なっ……」
ウィルの表情が引きつる。魔物にされるということに恐怖心を感じたのだろう。
「お、お前ふざけるな! 私とお前は協力者だろう!」
「今まではだね。正直君の底は知れたしこれ以上関わっても面白くない。必要なことは終わったからお前には魔物と融合してもらってどれだけのものになるかを貯めさせてもらうよ」
「や、やめろ!」
必死に抵抗するウィル。だが彼の抵抗はなんの意味もない。
「ん~、そうだね。君に混ぜる魔物はこれにしようかな」
「ぐ……があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
レイの言葉と共にウィルが苦しみだす、同時に彼の姿が変わり始めた。
「……まさか本当に魔物にするつもり!?」
「そうだよー、冗談でそんなこと言うわけないじゃんー」
楽しそうに微笑むレイ、その間にもウィルの姿は変化していく。
「今、彼と混ぜたのはカオスウィザードっていう魔法に長けた魔物だ。彼とこの魔物が混ざった時どうなるか楽しみだねえ」
笑いながら言うレイにユリアは怒りをぶつける。
「その技はいったい誰から教わった!?」
「だからそういうことはちゃんと勝ったら教えるって言ってるじゃん」
「関係ない! 君は今ここで捕まえる!」
ゆっくり聞き出すなんて真似をしている場合ではないと判断したユリアはレイを捕らえようと魔法を発動させる。
「ふふ、そうはいかないよ~」
「!?」
発動させた魔法がかき消される。この現象をユリアはよく知っていた。
「……まさか……」
「ご名答、僕も天眼持ちさ。僕に魔法をあてたいならこの目を封じないとね」
得意げに答えるレイにユリアは舌打ちをする。
(天眼持ちの魔物なんて……! なんて厄介な……!)
「一体君はなにが目的なんだ……!」
「ふふ、あんまりおしゃべりしている暇はないと思うよ」
レイの言葉と同時に魔法がユリアに向かって放たれた。ユリアは魔法に介入してかき消し、放った人物を見る。
「ウィルさん……」
ユリアの視線の先には怪物と化したウィルの姿があった。肉がほとんどそぎ落とされたように腕は細くなり、体は宙に浮いている。
「その姿は……」
ユリアはその姿に覚えがあった。あれはカオスウィザードという魔物の姿と似ていた。
「本当に魔物と人が融合するなんて」
「ふふ、成功したね。なかなかいい作品になってくれた」
ウィルの変わり果てた姿を見て、レイは上機嫌だ。今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気さえある。
「さあ、ウィル。お前は素晴らしい力を手に入れた。目の前にいる憎い相手を倒す時なんじゃない? 今の君の力なら成し遂げられると思うけれどなあ」
「ウ……ウ……」
ウィルはユリアのほうへと視線を向ける。ユリアの姿を視界に捕らえた瞬間、彼の瞳に宿ったのは――殺意だ。
「ユリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
怨嗟の念の籠もった雄叫びを上げながら変わり果てたウィルがユリアに襲いかかってきた。レイはその様子を満足げに眺めていた。




