不穏
「おはよう、ユリア」
「おはよう、アリア」
ユリアが魔法学院に赴任してから一ヶ月を過ぎようとしていた。最初はユリアの授業にきついと弱音を吐いていた生徒達も少しずつ授業についてこれるようになっている。ユリアとしては充実した日々を過ごさせてもらっていた。
「どう、学院は少しは慣れてきたかしら?」
「おかげ様で大分ね、生徒も頑張ってくれるから教え甲斐があるよ」
アリアの質問にユリアが満足そうに答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「? どうしたの?」
「いや、よかったなと思って。今のあなたがとても充実していて」
「? 今の僕って言い方が気になるな。前の僕は楽しそうじゃなかったってことかい?」
「う~ん、いやそうではないんだけれど。あの時代は魔王と戦っていたから仕方ないかもしれないけれどあの時のあなたはどこか張り詰めたような空気があったから。笑っていても心の底から笑えていないような感じ」
「あっ……」
アリアに指摘されたユリアがはっとした表情を浮かべる。確かにユリアの言う通りかもしれない。前世の時は魔王の脅威があったせいで戦いに明け暮れて気持ちが安らぐことはなかった。しかし今はそんなことはなく生徒達を鍛えるのも楽しく、アリアとも穏やかに過ごせている。自覚はしていなかったがそのおかげで思っていた以上にこの生活を楽しんでいたらしい。
「そっか、昔の僕は君からそんな風に見えていたのか」
「ええ。でも気に病むことではないと思うわ。誰だってあの時代に生きていたら大なり小なりそうなるのは仕方ないわよ」
「……そうだね」
思い出されるのは魔王の圧倒的な力。なんとか倒したけれど結果的に自分も死んでしまったからいい結果とは言えない。生徒達に魔物と戦う力を与えるのはいいが自分自身もまだまだなのだ。
(僕自身を鍛えることも怠っちゃ駄目だよね)
心の中で決意を新たにしながら朝食を食べるユリア。
「ああ、そういえば」
「?」
「ウィルとはあの後、話をしたりしたかしら?」
「ああ、僕の対戦相手になった彼?」
僕が魔法学院の教員になる時に試験の相手となった魔法使いだ。あれから彼とはまったく接触がないけれど。あのプライドの高さならわざわざ彼から接触してくることもないだろうが。
「いや、話をしたりはしていないよ。僕のほうから話すことも特にないし」
「そっか」
アリアは少し考えこむような表情をしたので僕は尋ねてみる。
「なにか彼にあったの?」
「う~ん、なにかあったわけではないんだけれど」
アリアはそこで言い淀む。なにか言いにくいことなのだろうか。
「最近彼の行動がおかしいって報告が上がっているの。今のところ実害は出ていないからなにかを追求しようがないのだけれど」
「行動がおかしい?」
「担当の講義が終わった後はずっと自分の研究室に籠もってて出てこないらしいの。なにをしてるんだって聞いてもはぐらかされるみたいで」
「ふ~ん、魔法士が研究で部屋に引きこもるってよくあることだと思うけれど」
「それだけならね。これだけ研究室に籠もっているのに特定の来客は自分の部屋に招き入れているみたいなのよね」
「……それは少し妙かもね」
「でしょう。まあなにか悪いことをした訳ではないから追求出来ないのだけれどちょっと気味が悪いわ。後、あなたも注意したほうがいいわよ」
「どうして?」
無邪気に尋ねてくるユリアにアーシャは溜息をつく。
「あのね、あなたは彼を負かしてプライドをへし折ってるの。あの試験の後、彼はあなたを目の敵にするような発言もしていたわ」
「そうなんだ」
「そうなんだって……」
「だってアリアなら僕があんな程度の魔法士に負けないことぐらい知っているでしょ」
にっこりと笑って自信たっぷりに言いきったユリアにアリアは言葉を失ったがやがて頭を抱えた。
「ああもう! どうしてあなたはいつもそうなの!? 確かに強いのは認めるけどあなただって万能じゃないんだからもうちょっと周りには気を配って!」
凄い剣幕で怒ってくるアリアにユリアはたじろぐ。
「ご、ごめん」
「はあ……。人間の嫉妬が恐ろしいのはあなたも分かるでしょう、本当に気を付けたほうがいいわ。あなたはそんなことをするつもりはなかったのだろうけれど彼の評価はあなたに負けた後、落ちているから恨まれていてもおかしくないのよ」
「そ、そうなんだ……うん、肝に銘じておくよ」
人からの評価をあまり気にしていなかったため、ウィルの評価がそんなことになっているとは思わなかった。今回に関してはアリアの言うことが正しかったため、ユリアは素直に謝った。




