死
「はあ、はあ……!!」
自分の体に限界が迫っていることを改めて彼――ユリアンは認識する。すでに片目は見えず、左腕は使いものにならなくなっているのだから当然かななどと彼は考えていた。
「見事だ、魔法士。よもや我をここまで追い詰めるとは、人の身で本当によくやるものだ。久方ぶりに心が踊る戦いだったぞ」
そんな満身創痍のユリアンに賞賛をおくるものが一人。金色の髪と瞳を持つ偉丈夫だ。
魔王――人間社会を脅かす恐ろしい怪物、根絶すべき脅威。今まで何人もの人間が彼に挑み、殺された。人類の恐怖の象徴。
しかし、今彼もまた大きな傷を負っていた、その傷はユリアンが与えたものだ。
「ははは……魔王ともあろうものにそこまで賞賛してもらえるなら僕が頑張った甲斐もありましたね」
その賞賛に強がるようにして返答を返すユリアン、言葉は強気だがもうその肉体は長く動くことはできないだろう。
「だがお前もこれまでだ、偉大な魔法士よ。厄介だったあの回復役の女はすでに動けないようにした。傷を癒す術のないお前には死が待っているのみだ」
勝ち誇ったように魔王がユリアンに宣言する。しかしぼろぼろの彼の瞳からは戦う意志が消えない、彼は決して魔王から目を逸らさない。
「あなたは僕が絶対に倒しますよ、僕の命と引き換えにしてもね」
ユリアンの言葉を魔王はせせら笑う。
「お前は確かに強い、この私でさえ死にかけているのだ。お前にもう少し余力があれば我を倒せただろうが今のお前には不可能だ」
魔王はユリアンに向かって勝利宣言ともとれる言葉を吐く。その言葉にユリアンはにやりと笑った。
「なら……僕の勝ちですね」
彼の言葉と共に周囲の空間が歪んでいく。空間が歪んだ後には美しい楽園がその場に顕現した。
「な、なに!? 貴様、まだこんな力を持っていたのか!」
「だってこれを普通にあなたに命中させようとしても普通に防がれてしまうでしょう。あなたが消耗し切ったこの時が狙い目だったんですよ」
「お、おのれぇ! 最後の最後で狡猾な!」
「はは、誉め言葉になりますよ、それ」
魔王の悔しそうな声が響く、しかしユリアンはまるで雑音と言わんばかりにその言葉を一蹴し、魔王を消し去るための攻撃を放つ。
「さようなら、魔王。やっぱりあなたは強敵でした、でもこれでもう終わりです」
彼の言葉と共に眩い光が邪悪な存在をこの世から消し去った。
*
魔王が消えたのを確認してにユリアンは膝をつく、彼が膝を突くと同時に顕現した美しい楽園も消え失せた。魔王になんとか勝ったものの彼のほうももう限界だった。
「……流石にもう無理だね……」
視界が霞んでほとんどなにも見えない。手にも力が入らず、振るえている。自分の命がもう長くないことを彼は肌身で感じていた。
「でもまあ一番の目標は達成出来たからよしとしますか」
それでも彼は満足気に呟く。この戦いが一筋縄ではいかないことは分かっていたのだ。その結果が自分の命一つで済むのなら安いものだなとユリアンは思った。
「……ただ心残りがあるとすれば……」
そう言ってユリアンは視線をある場所へと向ける。そこには一人の女性が倒れていた。視界が霞んでいても彼女だけははっきりと分かる、ここまで一緒に戦ってきてくれた頼れる相棒だ。
「……君を残して死ぬのは申し訳ない気持ちがあるけれどね、アリア」
気を失っていてアリアと呼ばれた女性にユリアンの言葉が届くことはない。けれど彼の言葉には彼女への申し訳なさが滲み出ていた。
「魔王を倒してもまだ魔族の残党は残っているから君は大変になると思うけれど……頼んだよ。僕はこれからの戦いに加わるのは無理みたいだからさ」
段々言葉を紡ぐのもきつくなってきた。体にも力が入らない、瞼も重くなってきて、ユリアンは目を閉じた。
(ああ、心配になることは多いけれど悪くない人生だった)
自分の人生に満足しながらユリアンはその生涯を終えた。
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