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クソリプ魔は石化する  作者: タテワキ
《第2章》 ハンバーガーショップ
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第6話 予期せぬ遭遇

 しばらく走って、ろうたちは木陰のベンチで休むことにする。


「いや~、あたし、ひ、久々にこんなに走った、はぁ、はぁ、ふ、不登校で、運動不足だったから、なぁ……!」

「オ、オレも、もう……限界……!」


 ベンチの上でへばる二人の身体を、初冬の風が我関せずと()で、吹き抜けていく。

 瑠々るるは天を振り仰いで、


「あはは! ファイティングポーズとった楼ちゃん可愛すぎたー! マジウケる!」

「瑠々ー! やめてよー!」


 ゆさゆさと瑠々を揺する。


「楼ちゃんねえ。これ言うの何万回目か解らないけど、あんた行動がいちいち子供っぽくて女っぽいの。少しは大人の男がしそうな行動を取ってみなさい」

「えーっ? 大人の男がしそうな行動?」


 人差し指を(あご)に当て、しばし考える。


「エ、エ、エロ本読むとか?」

「あははなにそれ! 『女の子が考えた大人の男の行動』みたい!」

「オレは男なんだよ――ぅ!」


 更に身体を強く揺する楼に、瑠々は両手を挙げて降参の意志を示す。


「解った! 解ったってば……! それにしても楼ちゃんあんたえっちぃ本とか読んだことないの?」

「ね、ねーよ、んなもん! オレまだ十七歳だぞ?」


 真っ赤になって否定する楼に、


「あー。そういうの純粋に守っちゃってるんだ。いい子だね」


 瑠々はきしし、といたずらっぽく笑った。

 そのとき『女の子の高額収入バイト』を(うた)ったけばけばしいトラックが、やかましい音楽を奏で流しながら通り過ぎていった。


「楼ちゃん。女の子の高額収入だってさ。行ってきたら?」

「瑠々! オレ怒るぞ⁉」


 瑠々(るる)(ろう)の身体を上から下までしげしげと見つめた。


「あんた自分の可愛さにもっと自信持ちな。女の子のナリで股ぐらに竿付いてるなんてマニアからしたらサイコーじゃん!」


 思わず自分の股間に目をやり、楼の顔が色んな感情で耳まで朱に染まった。


「瑠々――ッ‼」


 憤激した楼は両腕を回転させてぽかぽかと瑠々を叩く。


「あーそこそこ。ちょうど(かゆ)かったんだー。あんた怒っても可愛いんだね……っくしゅん!」

「瑠々?」


 瑠々は(はな)(すす)って背中を丸めた。


「あー、ヤバ! ちょっと身体冷やしたかも! 動いたあとそのままにしてたから……」

「マジで? あと瑠々のカッコ、やっぱり薄着なんだってば! とりあえずどこか建物のなかに入ろう!」


 今度は楼が瑠々の手を引いて駆けていった。



 瑠々の手を引いて近くの大型商業施設に入った楼は、真っすぐアパレルショップに向かった。


「ほら暖かそうなコート」

「おぉー! ありがとー!」


 薄桃色のコートを手にレジに並ぶ楼だったが、値札をよく見るとお金がわずかに足りない。


「お、おい瑠々……」

「どしたの楼ちゃん?」


 楼は申し訳なさそうに眉尻を下げ、


「……お金が足りない。ちょっと出してくれ」

「はあ~⁉」


 一瞬眉間にシワを寄せた瑠々だったが、なにやらにやりと笑う。


「『お姉ちゃーん、私の為にお金だしてよ~』って甘えたら出してあげる」

「はあ⁉ なんだよそれ⁉ じゃもう買ってやらね!」


 瑠々は得意げに人差し指を振った。


「これも男の修行だぞ! (とろ)けるように甘えてお金を出してもらうか、それとも幼馴染にタダでお金をせびっちゃうのか。まあ後者だったら楼ちゃんの男の履歴書に一生消えない傷が残っちゃうけどね♪」

「ぅ……ぅぅ~……お姉ちゃーん、私ね。お金持ってないの。だからね、お金出して? お願い、お願い~っ! ごろにゃ~ん☆」


 楼は頬をすりすりと瑠々の(すね)(こす)り付けた。楼の三百点満点の甘えに瑠々は若干引いたらしい。


「解った! 負けた! あたしの負け! お姉ちゃんお金出すから!」

「やったー!」


 (ろう)は大きく跳びはねてガッツポーズ。


「可愛い妹さんですね」


 店員のその一言で、この日一番の羞恥が楼を襲う。真っ赤になって固まってしまった楼に意地悪な笑みを向け、瑠々(るる)はお金を出した。




「あんな恥ずかしい思いしたの生まれて初めてだよっ! 顔から火が出るかと思った!」

「なんで~? 上手かったじゃん」


 顔を両手で覆いながら歩く楼を、せせら笑って瑠々は歩く。


「でもこのコート暖かい! ありがとうね楼!」


 言って瑠々は一回転して片足を上げてみせた。


「えへへ」


 照れ臭そうに後頭部を()く楼。お金を少し出してもらったのも忘れて、いい気分になった。

 瑠々はスマホを取り出す。


「トロールに書き込もうっと!」

「だからさ、トロールは危ないって!」


 スマホのディスプレイを見やった瑠々は顔をしかめる。


「あ! またこんなクソリプがある! 死刑になれっ!」


 楼は大きな溜息(ためいき)()いた。


「トロールなんだからクソリプくらいあるだろ? いちいち腹立ててたらキリないぞ。ホントお前小さい頃から極端だよな――」

「キャ――――――ッ‼」


 喧騒を切り裂く女性の悲鳴に後ろを振り返る。

 見るとスマホを持った女性が。徐々に石化していくところだった。

 楼は咄嗟(とっさ)に走り出す。(そば)にいた彼氏らしき男性はすっかり腰を抜かしてしまっていた。周りにいる人たちはなにもできず、ただ遠巻きになって女性の石化を眺めている。


「あ……ぁ……怖い……怖いよう……お母さん……お父さん……!」


 楼は既に石化してしまった女性の肩を抱く。


「き、君……助けて……! 面白半分で変なリプ送った私が悪かったから……!」


 女性は懺悔(ざんげ)するも、身体の石化は止まらない。楼は怯える女性に優しく(さと)す。


「大丈夫、大丈夫……怖くない、怖くないよ……!」


 女性はまだ自由に動く手で楼のパーカーを握りしめ――それっきりだった。女性は完全に灰色に染まり、動かなくなった。


「……そ……くそ……くそくそ! くそっ……!」


 (ろう)は悔しさを(にじ)ませて地面を殴りつける。

 そんな楼の思いとは裏腹に周りの人間の行動は。

 一人のスマホカメラのシャッター音が口火を切ると、一斉にシャッター音が鳴り始めた。


「ちょっ、ちょっと! やめて! 瑠々(るる)! 瑠々は⁉」


 瑠々はというと、シャッターは切らないまでも無表情のままこちらを見ている。冷ややかな目だ。

 彼女は楼に買ってもらったコートの腰に手を当てて、背筋を伸ばした。


「楼。そいつクソリプ魔なんでしょ?」

「え?」

「なんでクソリプ魔を助けようとしたの? ただの害悪じゃん。石化したほうがいいじゃん」


 反論できなかった。いま楼のパーカーを(つか)んでいる女性はクソリプを送ったのだろう。しかし、しかしだ。だからと言って身体の自由を奪われ、大衆の目に野晒(のざら)しにされていいはずがない。ただ(・・)それ(・・)()ここ(・・)()議論してもなにも変わ(・・・・・・・・・・)らないのだ(・・・・・)

 楼は自らの無力さに唇を()む。このあとこの画像がネットにも上がるのだと思うとやるせない気持ちになった。

 楼自身の答えが出ないまま数分が過ぎた。石化してしまった女性に(つか)まれて身動きが取れないのもあったが。

 静寂のなか楼と瑠々が(にら)み合い、シャッター音だけが響き渡る。



「チェックメイト‼」



 どこかで聞いた声。

 楼が正面を見やると。

 鈍く光る鉄球を携え、細い人影が立っていた。

 見間違えるはずもない。あれは――


「あれディミオスじゃねえか⁉」「キャ――ッ! 救世主キタ――――ッ!」


 周りでシャッターを切っていた人間たちが次々と声を上げた。シャッター音が激しくなる。


「ディ、ディミオス……!」


 楼の呟きに、瑠々が反応する。


「あ、あれがディミオス⁉ カッコいい!」


 ディミオスはゆっくりと歩いてくる。楼は女性に摑まれたまま動けない。

 マスク越しに見えるディミオスの微笑み。


「また会ったな。少年。いや……少女? どっちだ?」

「少年だよ……!」


 威圧されながらも、ムスッとして答える。


「そうか少年か」


 ディミオスはけらけらと笑った。


「クソリプ魔に(つか)まれて身動きが取れんとは……私が助けてやろう」

「……え。や、やめて。やめてえ!」

(せん)ッ‼」


 ディミオスは掛け声とともに鉄球を投げ飛ばした。鉄の塊が弧を描いて石化した女性の脳髄(のうずい)を粉砕し、大きな歓声が上がった。(ろう)は目の前に落ちたサッカーボール大の鉄球に肝を冷やす。


「……ひ、ひぇ、ひぇえ……!」


 気付けば楼の股間から温かく黄色い液体が流れ出していた。

 そんな楼を見て周囲の人間は笑い転げる。

 ディミオスは周囲に目配せしながら飛び散った女性の内臓や血管を踏みにじって近づいてきた。


「まあそう笑ってやるな」


 言いながら楼のショルダーバッグを(あさ)る。


「貴様はどういう物を持っているんだ?」

「うぅ……ひっく。な、なにも持ってないよう……!」


 ディミオスは顔を歪めて、


「本当のようだな」

「だから言っただろ‼」


 すると一部始終を見ていた瑠々(るる)が歩み出る。


「あなたがディミオス。あたし感動しちゃった。楼のお父さんのときは腹立ったけど」

「ほう。貴様は?」

高橋(たかはし)瑠々です!」


 瑠々の(あか)い瞳にディミオスの痩身(そうしん)が映り込む。

 いっぽうの楼は悔しいやら恥ずかしいやらで泣けてきた。


「おぉ、かわいそうに……」


 ディミオスは腰を落として身体の前で楼を抱きかかえると、頭を()でる。楼の恥ずかしさはピークに達した。周りからは、


「あの小学生羨ましいな! ディミオス様に頭撫でてもらえるなんて」

「うんうん、それよりディミオスって男? 女?」

「俺は女だと思う」


 ――などといった声が漏れ聞こえた。

 ディミオスは楼を抱っこしたまま高らかに片手を突き上げる。


「我が名はディミオス! 私の目的は誹謗中傷ひぼうちゅうしょう跋扈(ばっこ)するトロールを平和な世界にすること! そのためならば手段は問わん‼」


 大きな拍手が巻き起こる。

 それだけ言い残して(ろう)を置くと。ディミオスは走り去って行った。


 楼は嗚咽(おえつ)しながら帰り道を歩いていた。


「楼ちゃんそう泣きなさんなって」


 瑠々(るる)が励ます。


「だって! 悔しくって……っ! 恥ずかしくって……っ! それに……オレ! 今回もなにもできなかったっ!」

「まあ楼ちゃんが悔しいのは解るけどね。あーこれじゃ楼ちゃんを元気づけようと連れ出したの大失敗じゃん……」


 瑠々は未だ夢見心地といった感じの呆けた表情でもう橙色(だいだいいろ)になった空を見上げた。


「ディミオスかぁ……カッコよかったなぁ……!」

「どこがだよ! あんなのただの犯罪者だよ!」


 瑠々は「はいはい」と軽く楼をあしらうと、かねてから気になっていたことを呟く。


「そういえばさ。ディミオスって男かな? あたし男がいいな!」

「女だよ」

「男だったら将来お付き合いとかしたいなぁ……! て、え?」

「だから女だよ」

「あんたなんでそんなこと知ってるの!」


 瑠々が楼の胸ぐらを(つか)んでがくがく揺らす。


「うわああああん! だって抱っこされたとき、胸に膨らみが……!」

「こんのラッキースケベ!」

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