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クソリプ魔は石化する  作者: タテワキ
《第1章》 人でなしの烙印
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第3話 トロールに住む大きいお子様のみんな

「ニアミスにもほどがあるだろ‼」


 玄関のなかに連れ込まれ、事情を説明した(ろう)に怒鳴られ。佳宏よしひろはひたすら反省していた。


「……すまん。まさか本当に(せい)ちゃんだったとは。だがこれだけは言わせてくれ」

「……なんだよ?」

「110マイルは出た!」

「どーでもいいんだよ! なんだよあのハイパー・フケオジなんとかって!」

「すんません。でもハイパー・イケオジ(・・・・)です」


 今回ばかりは珍しく友里(ゆり)も怒っていた。夫をぶっ壊されかけたのだから当然だが、おかげで佳宏には話せたことになる。


「まあまあみんな落ち着いて。結果おじさんは無事なんだしいいじゃんいいじゃん!」


 口裂け女のメイクをした瑠々(るる)が能天気な声で楼と友里を諭すが、彼女の態度は火に油を注いでしまったようだ。次は瑠々に攻撃の矛先が向く。


「お前こちとら父さんを殺されかけたんだぞ⁉」

「瑠々ちゃんには解らないでしょうね。夫が私たちにとってどんなに大切な存在なのか」


 友里の言葉に瑠々は言葉に詰まり、視線と声のトーンを下げた。


「そりゃあ……解らないですよ……うちの両親あたしのこと放任だし。最近は帰ってこなくなっちゃったし……」

「あ……ごめんなさい……」


 友里(ゆり)が深々と頭を下げる。

 瑠々(るる)が不登校になって以来、瑠々の両親は娘に愛情を注ぐのをやめた。そのことは(ろう)も瑠々からよく相談されていた。「またお母さんの手料理が食べたいな」……最近はそんなことを言い出すようにもなっている。それでも瑠々は表面上は明るく振る舞っているのだが……。

 玄関を気まずい空気が満たす。しばしの沈黙のあと、外から若い女の子らしき声が聞こえてきた。


「うわ~なにこの石像ヤバいー!」


 楼は気まずい空気に耐えきれず、


「な、なんだろ。ちょっと見てくるね!」


 そう言って玄関ドアを開け放ち、外へと飛び出した。

 辺りはもう薄暗くなっていた。目に飛び込んでくるのはスマホカメラのフラッシュ。


「まさか!」


 楼はフラッシュの光が飛んでくるほうを振り向いた。女子高生が(せい)()の石像をスマホカメラで撮っている。


「ちょっ……ストップストップー!」


 楼が慌てて女子高生に駆け寄ると、彼女は笑いながら逃げていった。


「もう! 父さんをなんだと思ってるんだよ! おじさんにもバレちゃったし……」


 またあとで家のなかに隠しておくことにして、ひとまず楼は瑠々たちの元へときびすを返す。




 ……その頃(よし)(ひろ)はぼそりと呟いていた。


「また忙しくなるな」



 次の日は一日じゅう激しい雷雨に見舞われた。

 楼は雨に濡れながら庭の自分の作品にブルーシートを被せると、あとは部屋でテレビのワイドショーを観ながらトロールをしていた。何故盛義は石像と化したのか。元に戻す方法はきっとあるはず、そう信じて情報収集に励む。テレビではまだ一連の事件を石化事件とは扱っておらず、楼は一抹のもどかしさを覚えた。いっぽうトロールでは。


『なあこれひょっとして石化したんじゃねえの?』

『だとしたらどうやって石化したんかね』

『人が石像になっちまうなんて俺には信じられんが』

『石化なんてする訳あるかよヴォケ』

『俺は石化した可能性に一票!』


 ――インターネットはすごい。

 (ろう)は素直にそう思った。いくつかの垢が石化したことまで言い当てている。

 楼がテレビを消してしまおうかと思ったとき、楼の垢【勇者メソテース】にDMが入った。瑠々(るる)の垢【せかいのるーる】からだった。


『楼! 大変!』


 そんな文とともにリンクが貼られ、送られてきた。リンクのURLにはトロールの投稿が書かれており、楼は胸騒ぎを覚えながらリンクをタップする。


『昨日こんな石像があったよ』


 そんな文章とともに始まった投稿には、暗がりでなにかを訴えかけるような目で見つめる(せい)()の石像が。この垢は十中八九、昨日の女子高生のものだろう。


「なんだよこれ! 父さんの尊厳が!」


 やられた、と思いながらいいね数を確認する。1万いいねと2000ランページを超えていた。ランページとはトロールの用語で強い拡散の意で、自分の垢から投稿したように投稿できるのだ。この投稿はバズっている。続いて返信欄を(のぞ)いてみると。


『筋肉デブ石化してて草』

『なんか悪事やってて天罰下ったんじゃね』

『ええ写真や』

『こいつの家族全員マッチョだろ絶対』

『石像になっちゃって今日のトレーニングができませんww』

『石化おつ!』


 こんな感じのクソリプがたくさん付いているのだ。先ほどとは打って変わってインターネットに恐怖を感じた楼は、スマホをカーペットの上に取り落とした。悔し涙が溢れ、ベッドの掛け布団に突っ伏す。

 しばらく声を上げて泣いたあと、テレビから耳慣れないチャイムが鳴った。ニュース速報のチャイムだ。


『一連の失踪事件は石化事件と判明

 警視庁は全力で捜査に乗り出す方針』


「……遅いよ」


 掛け布団にくるまり、はな(すす)ってひとちた。続いて再びテレビからチャイムが鳴り、テロップが出る。


『石化の原因はSNSでの悪意のある返信

 悪意のある返信をしないで 警視庁』


 悪意のある返信――その文言に楼の目が釘付けになる。


「これって……つまりクソリプ……?」


 (ろう)のなかで()に落ちるものがあった。(せい)()が石化する前夜。あの筋肉は酔った勢いでクソリプを送っていた。

 ――きっとおじさんが上に掛け合って調べてくれたんだ。

 楼はそう思った。

 カーペットの上に落ちたままのスマホから間の抜けた着信音が鳴る。瑠々(るる)からだ。


「いけね! 瑠々のこと忘れてた! もしもし?」

『楼? 大丈夫?』

「あ、ああ、大丈夫。ごめんな心配かけて。父さんが石化したのはクソリプが原因だったみたいだ。テレビのニュース速報で流れてきたよ」


 スマホの向こうから、えぇっ⁉ という頓狂とんきょうな声が返ってきた。


『……そんなのもうトロールできないじゃん……SNS全盛の時代にマジ無理。最悪』


 気落ちした様子の瑠々に楼は苦笑する。


「まあそう言うなよ。クソリプを送らなきゃいいだけだろ。それにしばらくスマホのブルーライトから目を休ませられると思えば」

『はぁ……楼は変なところでポジティブなんだから』


 瑠々と話していると少しだけだが元気が出てきた。頬がゆるむ。

 そんな楼の頭にふとある疑問が浮かび上がった。

 ――警察ってこんなに有能だっけ? 確かにおじさんには話したけど……ここまで解るなんて。


『楼? どした?』

「い、いや。……なんでも。それにしてもオレたちってなんにもできることないのな。おじさんは期待以上の活躍してるのにさ」


 瑠々はスマホの向こう側で少し呆れたように笑った。


『期待以上の……ってそりゃあ佳宏おじさんに失礼っしょ。第一佳宏おじさんは大人。あたしと楼ちゃんは未成年だよ? 楼ちゃんに至ってはまだ小学生!』

「小学生はオレに失礼だろうが! オレは高校生だ!」

『まあ佳宏おじさんのハイパー・フケオジ船に乗ったと思ってのんびりしとき! 楼ちゃん真面目すぎるのと最近色々ありすぎたのと包茎(ほうけい)が重なって疲れてるんだよ』


 楼は咳込む。(つば)が器官に入った。


「……あのな! オレは!」

『包茎だったくせに』


 ぼそりと呟く瑠々にぐうの音も出なかった。楼は耳まで真っ赤にして、


「み、見てろよ! 今にむきむきむきっと皮なんて突き破ってやるんだからな!」


 (ろう)の表現に瑠々(るる)は若干引いたらしく、少し声のトーンを落として、


『……とりま楼ちゃんは包茎(ほうけい)手術受けるとして。今心配すべきなのはトロール民だよ』

「トロール民? トロールのユーザーってことか? なんでまた」

『よく考えてみなさいよ。炎上大好きクソリプも大好きなトロール民が警視庁だかなんだかの指示に素直に従うと思う? 絶対に反発して「じゃあもっとクソリプ送ったるわ」ってなるの目に見えてるでしょ!』


 瑠々の言う通りだと思った。

 トロールのユーザーが心配になった楼は、通話機能はONのままトロールのタイムラインを見てみる。


『「悪意のある返信」ってクソリプのこと?』

『クソリプ送ったら石化するとかなんのフィクションだよアホらし』

『クソリプするなと言われるとしたくなるよな』

『石化が怖くてトロールができるかよさっそくクソリプ送ったるわ』


 案の定トロール民は素直じゃなかった。もしやと思いトレンドのランキングを見ると『クソリプ』『石化上等』『おとぎ話』『警視庁の大嘘』といった反抗期の子供かと疑いたくなるようなトレンドがランキング上位を独占していた。

 楼は思わず頭が痛くなる。


「瑠々。今見たよ。瑠々の言う通りトロール民はアホだよ」

『あたしも今見た。思った通りトロール民はアホね。まあ話は戻るけど、あたしたちにできることなんて微塵みじんもないんだから。大人しくしときましょ?』

「う、うん……」


 濁したような返事をして楼は通話を切った。己の無力さに(さいな)まれながらトロールのタイムラインを眺めた。そこかしこのアイコンに『炎上中!』の赤い帯が付いている。トロールは平常運転といったところか。


『クソリプしなかったらいいんでしょ? 簡単じゃんか』


 という投稿には、


『石化を信じる奴は警視庁の工作員』


 といったクソリプが付いていた。


『いい機会! みんなクソリプやめようよ!』


 という投稿には、


『家に帰ったら……⁉ そう! 冷蔵庫を開けてビール! あぁ今日もビールが美味うま~い♪』


 というなんの脈絡も関係性もないビールのCM動画のリンクが貼られたクソリプが確認された。

 石化の危機が迫っているというのに、なんというかトロール民は呑気(のんき)というべきか(たくま)しいというべきか知能が低いというべきか。


「もう! こいつらアホ丸出しだろう! 父さんみたいに石化したいのか⁉」


 (ろう)が思いの(たけ)を投稿しようとトロールの記事作成ボタンをタップする。……そこでやめた。ブラウザバックでタイムラインに戻る。今トロールになにか投稿しても楼の垢【勇者メソテース】がクソリプのターゲットになるだけだ。それだけで済むならまだしも、クソリプを送った垢の持ち主が石化する恐れがある。トロール民の石化を促進するようなことがあってはならない。


「う~ん、黙っとくしかないなんて……。サイレントマジョリティってやつ?」


 一応トロールにも人の揚げ足取りなどせずにイラストを投稿する垢や写真を投稿している真っ当な垢もあるにはあるが、どうも少数派に見えてしまうのだ。

 万策尽きた楼は溜息ためいきいてベッドの上に大の字になって寝そべった。


 そのまま意識が落ちていった――



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