第1話 平和な日常の終焉
――二百年後。2035年 東京。
よく晴れた空の下、閑静な住宅地の一角でかつんかつんと滑石を削る小さな影があった。
紅葉のような手が作品を創り上げていく。創作主の石岡楼は大作の手応えを感じた。
端正な童顔で、いまだに道行く人から小学生女子に間違われる背丈しかない。そのうえ女声で女顔。コンプレックスの塊の十七歳は今日もひたすら石を彫る。楼の黒髪から汗の雫が石に一滴したたり落ちたとき、ふっと視界に影が差した。
「楼ちゃんまた石の相手してんのー? そんな暇があったらあたしの相手してよ!」
澄んだ声が聞こえ、ひときわ大きく滑石が削れた。作業着姿の楼が眉をひそめて顔を上げる。
少女は頬をぷくっと膨らませ、両手を腰に当てて十六歳にしては大きな胸を張った。向かいに住んでいる幼馴染の高橋瑠々だ。秋風に茶髪のミニツインテールをなびかせ、挑戦的な笑みを湛えている。買い物袋を手から提げているということは、お使いの帰りなのだろう。
「なんだ瑠々か。あいにくオレはお前の相手はし飽きたんだけど」
「あ~、楼ちゃん今日も可愛い! 妹にしたい!」
「あのな! オレのほうが年上なの!」
「あれぇ? そうだっけ? でも楼ちゃんの声マスク越しでよく聞こえなーい。せっかくの楼ちゃんの萌えボイスが台無し」
楼は大きな溜息を一つ吐くと、ダストマスクを取った。安全ゴーグルも取る。
「だから妹扱いはやめろって言ってんだろ変態女! そもそもオレは男なの!」
カシャッとスマホカメラのシャッター音が鳴った。楼は目を点にして固まる。
「怒った顔も可愛かったよー! その驚いた表情もグッド! いいねいいねー!」
瑠々はスマホカメラのシャッターを切り続ける。スマホはズボンのポケットに入れていたらしい。楼は大きく息を吸い込んで、
「このカス! とりあえず黙りやがれ!」
「おぉ、楼ちゃん反抗期。いいんだよ? つらいときはいくらでもお姉ちゃんに甘えておいで?」
瑠々は紅い瞳を輝かせ、両手を広げる。そこで楼は手にしていた石彫用ののみを逆手に持って構えた。
「ぎゃーっ! 暴力反対ーっ!」
お姉ちゃんは前言撤回して向かいの家のなかに逃げていった。
「はぁ……なんだかどっと疲れが……」
楼はスマホの時計を見た。時刻は午後二時三十四分。
「今頃普通の高校生はみんな授業受けてるんだよなあ……。当たり前だけど」
楼は自分が普通でないことを重々承知していた。
石岡楼は学校に登校していない。
不登校なのだ。
ついでに言うとお向かいの高橋瑠々も不登校。
「なんでこんなことになっちゃったかな……将来……どうしよう……」
楼は時々不安に苛まれる。
「楼ちゃーん!」
がらりと向かいの家の二階の窓が開いて瑠々が姿を見せた。
「なに小さくなってんのー? 身長150センチしかないのにまだ小さくなれたんだ!」
楼は瑠々を見上げる。
「お前はいいよな。馬鹿で悩みなんてないんだから」
「楼ちゃん今日は少しお口が悪いぞ! それはそうとお姉ちゃんに話してごらん? 楽になれるよ?」
楼は眉を見事な八の字にして俯く。
「オレたち……将来どうすればいいのかな……ってさ……」
「んー……生活保護? あはっ!」
「…………」
眉の八の字の角度を急斜面にして、楼は背中を丸めた。もう家のなかに逃げ込もうかと家の玄関ドアを見つめる。
「あ、そうそう」
瑠々が一度家の中に引っ込んだ。少しの間ののちスマホを手に持ってがばあっと身を乗り出す。
「あたしトロール始めたんだ! 垢教えるからフォローしてね!」
「トロールってあのすぐ炎上するやつ? 嫌だよ。怖いよ」
「楼ちゃん好き嫌いはよくありません! 食わず嫌いはもっとよくありません!」
「でもトロールって……」
楼はズボンのポケットからスマホを取り出して開き、トロールのアイコンを見やる。真っ赤に燃える炎の塊に悪魔のようにほくそ笑む黒い目と口が描かれていた。いかにも不吉なアイコンに楼の女顔が歪む。
「あたしの垢は【せかいのるーる】っていうハンネだから!」
ハンネとはハンドルネームのことだ。
「なにそれアホ丸出しじゃん。てかお前こんな所で垢教えるって本気か。もし他の奴に聞かれたら……!」
瑠々はわざとらしく顎に手を当てた。
「ま、そんときゃそんとき! いざというときは楼ちゃんが守ってくれるっしょ!」
楼は自宅の玄関を上がって家のなかに戻った。
「本っ当にけたたましい奴……。昔は可愛かったのに」
「あら、楼おかえり」
「母さん」
目の前には母の友里が優しい笑みを浮かべ、袖をまくったエプロン姿で佇んでいた。栗毛色の髪をポニーテールにしてまとめていて、左手首に白いリストバンドをしている。身長は楼より少し高い。
楼は小さい頃(今も小さいが)友里に「大きくなったらお母さんより背が高くなるかな?」と声を弾ませて訊いたものだった。その夢は夢のままに終わってしまったが。
「お疲れ様。お風呂沸かしといたから」
「ああ、ありがとう」
さっそく洗面所へ行き、服を脱いで浴室ドアを開けた。
汗を洗い流しながら考える。
「どうしてこうなっちゃったかな……」
楼は小学生の頃から気が弱く臆病だった。いつも学校で居心地悪く過ごしていて、たまに下校中に泣いていると、向かいに住む一歳下の瑠々が慰めてくれた。当時の楼にとって瑠々は、まさに姉のように頼れる存在だったのだ。
中学に上がって必死に自分を押し殺して適応すること三年。なんとか希望の高校に進学して一年が過ぎたが、そこで気力も体力も尽き果てた。すっかり燃え尽きた楼は不登校になり、ごまかし気味に日々趣味の石彫をするのみとなってしまった。石彫とは小学生のとき授業で出合い、面白いから家でもするようになったのだ。瑠々は「シブい趣味だ」と言ってくれている。
そして現在通信制高校に籍を置いている瑠々も中学三年生の頃から深刻な不登校だ。
小学生の頃から正義感が強く、「将来は警視総監になって日本を守るんだ!」と豪語していた。しかし中学生になって徐々に正義感が強くなり過ぎていき、友人関係で度々問題を起こすようになった。足が当たったくらいで同級生につっかかり、敬遠されるようになってしまった。
不登校生が二人生まれた形だが、楼にもその原因は解らない。恐らく瑠々も不登校になった原因は解らないだろう。大まかな原因はピックアップできるが、結局のところは解らない。白い靄がかかって見えない感じだ。
「最近。家族以外で瑠々としか話してないな……」
誰に聞かせるでもなくぼんやりと言って、早めに湯船から上がる。
楼は心底思った。
――学校行きたいな。母さんだって表に出さないだけで不登校のこと心配してる。
着替えを済ませると、楼はまっすぐ自室に向かった。
国語表現の教科書が勉強机の上に開きっぱなしになっている。
楼は小さな身体をベッドに乱暴に横たえると、スマホをズボンのポケットから取り出した。
「なんか面白い動画とかないかな」
スマホを開いて気が付いた。いかにも不吉なアイコンが目に入ったからだ。
「そうか。……トロール……」
トロールは『トロール社』が開発した純和製のSNSだ。140字以内で文字を入力し、画像や動画を自由に添付して投稿できる。だが炎上するとアイコンの下部に『炎上中!』の赤い帯が付いてますます炎上するという物騒な作りになっているのだ。その代わり報告機能が大胆にカットされており、それが一部のユーザーに大ウケした。自分たちのコミュニティは自分たちで守るんだ、という不思議な連帯感が生まれたのである。しかし炎上でコミュニティを維持するという無茶な仕様のせいで、自ら命を絶つ者の屍が山のように積み重なっているんだとか。
若干気が引けたが、ちゃちゃっと垢を作りトロールを開始した。アイコンは石彫の追い入れのみの写真を選んだ。検索で【せかいのるーる】とかける。
「あった。これが瑠々の垢か」
楼が作った石彫のイルカの作品がアイコンになっていた。さっそくプロフを見る。
『反日は! 日本大嫌いな十六歳女子です!
現在は通信制高校一年生!
日本が好きとか学校が好きとか言いやがったら地獄の業火で焼き尽くすから覚悟しろよ!
……』
楼は思わず手で口を塞いだ。
「瑠々。お前がこんな思想を持っていたなんて……!」
SNSは人となりが少なからず滲み出る。楼は目に涙が浮かぶのを抑えられなかった。
あの明るい瑠々が。
そんなことを思っているとプロフの下のほう、尾っぽみたいにちょこんと存在する文章に目を奪われた。
『石岡楼ちゃん! あたしはここだよー!』
泡を吹くかと思った。
あの小娘は人のフルネームを勝手に載せている。それもプロフに。しかも画面を下にスワイプさせると、『妹のおしり♥』という文とともに湯船から上がる楼の尻の写真が投稿されていた。既に2いいね付いており、楼はめでたく泡を吹いた。先ほど風呂の窓が開いていたのを楼は思い出す。
楼は【せかいのるーる】をフォローすると【せかいのるーる】からフォローバックを受け、両者は相互フォローの関係になる。ただちにDMを入れると、すぐに既読が付いた。
『楼ちゃんトロール始めてくれたんだー! サイバー空間で感動の再会!』
『このクズ! 人の名前とケツ勝手に載せてんじゃねえよ! 消せ! 今すぐ消せ!』
『ぴえー! ごめんなさーい! お尻晒したのはまずかったよね! 前のほうが良かった?』
『へ……?』
楼の背中に悪寒が走った次の瞬間。
DMのトークルーム内に楼の裸の下半身(前)が貼り出された。盛大に噴き出した楼はスマホのディスプレイに唾液を噴霧してしまう。
『お前ふざけんなよ‼ こんなのポルノじゃねえか!』
『うーん、その歳でこの小ささ、しかもツルツルなのはお姉ちゃん大いに心配。それに楼ちゃんのハンネ。なに【勇者メソテース】って? 厨二病?』
『別にいいだろ! オレの勝手だよ! それよりお前こんなの絶対投稿するなよ! 絶対だぞ⁉』
『「石岡楼ちゃんのセクシーショット」っていう見出しで投稿しようと思ってたんだけど』
そんな見出しでネットの大海原にこの画像が放流されたが最後、楼は後ろ指を差されてこう笑われるに違いない。「ツルツル高校生」と。
そんな未来を想像して遠のいた楼の意識をピポポポポポ……と間の抜けた着信音が現世に繋ぎ止める。トロールのDMには音声通話機能があるのだ。
「はい……」
消え入りそうな楼の声に対し、
『やっほー! 楼ちゃんご機嫌いかがー♪』
瑠々の声音はいつも通りだ。
「最悪だよ」
楼はそうリアクションするのが精一杯だった。
『ま、あれはあんまりだから投稿しないとして。件のお尻はどうしよっかなー』
「消せ! 消せ消せ! さもないとお前を消す」
『楼ちゃん怒りっぽいと男の子に嫌われるぞ! モテ女子を目指すって言ってたじゃん!』
「言ってねえよ! それにオレは男だっつってんだろ!」
瑠々がけたたましかったのはそこまでだった。急にスマホの向こうが静かになる。
「あ、あれ? ごめん、オレなんか気に障ること言った?」
『……ううん。なんか……久し振りに楼ちゃんとゆっくり電話するな、って思ってさ……』
「あ、ああ……そう……だな……」
楼はぽりぽりと頬を搔く。
――それから夕飯までの間、二人はとりとめのないことを語らった。思い出話に花が咲き、久々に瑠々との会話で楼の胸は熱くなった。
夕食に招かれざる客がやって来ていた。
「はっはっはっはっ! こいつ県大会決勝で一塁に悪送球しやがって! あと1アウトだったんだけどな!」
大河原佳宏。楼の父、盛義の親友で、警視庁生活部の警部だ。黒の短髪に太い眉、三白眼に大きな顎と、三角のおにぎりに顔を描いた感じ。それでいて熊のような図体だから控えめに言って怖い。
楼は正直なところ佳宏が苦手だ。声はでかいわ隣に座ったらバシバシ背中を叩かれるわ。
「うるせぇ! パスボールしまくったお前に言われたかねぇよ」
父の盛義が薄い口髭をいじりながらぶっきらぼうな声を上げた。つり目にケツ顎、筋骨隆々とした肉体で、およそ楼の父親とは思えない風貌。親子はこんなにも似ないものなのか。
「なんでおじさんが来てるの……?」
言いながら楼は恐るおそる佳宏の隣に座る。空いている椅子がそこしかないのだ。とりあえずオレンジジュースの入ったコップを手に取る。瑠々との会話で喉が渇いていた。
「なーに! 決まってるだろう⁉ 時間があったから。がっはっはっはっは‼」
佳宏の張り手が情け容赦なく楼の背中にめり込む。
「げはっ⁉」
楼は飲みかけのオレンジジュースを鼻と口から噴射した。苦しそうに噎せる。
「おおどうした楼! ちょっと餅つけ!」
「げはげはぁっ!」
佳宏の張り手が楼の背中に追い打ちをかける。二発入った。
楼は意識が遠くなるのを感じた。三途の川が見える。もちろん佳宏は善意でしているのだが、いささか迷惑料が徴収できるかも知れない。
「佳ィ! 楼が苦しがってるぞぉ。その辺にしとけぇ」
「む? そうなのか? 線が細いからなあ楼は」
――このように佳宏は非番の日や少し時間が空いたときは遊びに来るのだ。その度に楼は背中をバシバシ叩かれて泣きたくなる。
夕食のカレーが運ばれてきたのはそれから間もなくのことだった。
楼は大人の話が退屈でつまらない。変に難しいし、かと思えば同じ話の繰り返しだからなのだが、特にこの二人(盛義と佳宏)はその傾向が顕著だ。
「盛ちゃんはそのナリでビビりってのが本当に面白いよな」
「あん? お前俺のビビり症を甘く見たらいかんぞぉ」
「いや~、甘く見てたわ」
「いいかぁ? 真のビビりたるものいつでも職場から離脱できるようにしてだなぁ……」
盛義は大手の証券会社に勤めている。高層ビルの最上階に位置する盛義の会社の窓から眺める景色はビビりには足が竦むらしい。だがその話も楼は聞き飽きていた。
楼はオレンジジュースを飲み干すと、トロールの続きをするべくそっと立ち上がる。
「なんだ楼。もっと俺たちの話に付き合えよぉ!」
「ぶわっぷ! 酒くさ! 父さんさっきからビール飲みすぎ!」
「ふふふ楼……なにしに行くんだよぉ?」
すっかりできあがった盛義は臭いげっぷを吐いてきた。楼の肩にしなだれかかり、放そうとしない。
「は、放してよ! ちょっとSNSをしに行くだけだってば!」
「SNSぅ? あートロールかぁ。俺も最近始めたぞぉ」
楼は耳を疑った。この筋肉親父がSNSをするものなのか。盛義はテーブルの上に置いてあったスマホを開くと、画面をタップしていき……。
「ほれぇ!」
楼にトロールのプロフを見せた。ハンドルネームは石岡盛義。本名だ。既に1000を超えるフォロワーがいる。
「父さんこれすごい! どうやってこんなにフォロワー集めたの⁉」
しかもフォロー数は1だ。これはなかなかできるものではない。
「簡単なことよぉ。俺はそこそこ金持ちで著名人だからなぁ。トロール始めりゃ勝手にフォロワーどもがわさわさ湧いてくるってだけよぉ」
「なんだ。盛ちゃんてっきり相互フォローにしてリムりまくったのかと思ったわ」
「俺はそんな不義理はしねぇ!」
口こそ悪いが実直で、人望も厚い。楼は自分とはあまりにも違う父を羨望の眼差しで見つめる。
「しかしトロールには馬鹿が多いなぁ。ほれ『不登校の生徒に居場所を』とか書いてやがるぜぇ。俺はそんなのとっくに楼に作ってるってんだあ!」
盛義はスマホをどんどんタップしていく。
「おい、盛ちゃん! なんて入力してんだよ!」
泥酔状態の盛義が送ったクソリプ『ばかだなー』は派手に燃えることとなる。周りが消せと言っても消さないので日を跨いでも燃え続けていた。
翌朝、楼の姿は庭にあった。
コツコツと作品の続きを創っていると、向かいの家から瑠々が姿を見せる。目の下にくまができていた。アルミのフェンスに大きな音を立てて手を順々に置く。楼は目を丸くした。
「楼! あんたのお父さん! 昨日とんでもないクソリプ投稿したでしょ! あたし悔しくて悔しくて一睡もできなかったんだから!」
楼は心当たりしかなかった。
「あれ瑠々の垢だったのか⁉ いや違ったと思うけど……」
「知ってるんだ。まあ確かにね。あたしの垢じゃない。でもあれはすべての不登校の生徒に対する侮辱よ!」
聞けば瑠々はトロールを巡回していたところ、たまたま見つけた『不登校の生徒に居場所を』という投稿に感銘を受けてリプを確認。クソリプ『ばかだなー』を発見したのだという。
「あのクソリプまだ燃えてるし? いい気味!」
「い、いやそうカッカするなよ。父さんだってわざと送った訳じゃないし、お前昔から極端なんだよ」
「わざとじゃないってどういうことよ⁉ それに受け手のあたしが悪いの⁉ あーそうですか、解りました。楼はあの悪党の肩を持つんだ、へー。あれだけじゃない。他にもあの『不登校の生徒に居場所を』の投稿には腹立つクソリプがたくさん付いてて!」
楼はうなだれた。
「確かにクソリプを送った父さんは悪いしそこは弁護できないさ。でも瑠々も少しだけ想像力を持って――」
「うわあああああああああっ!」
野太い悲鳴が聞こえた。盛義の声。
「悪党が叫んでるみたいだけど行かなくていいの?」
「どうせゴキブリでも見たんだろ? お前人の親を悪党とか言うなよ。あのクソリプ消すようには言っとくからさ。他の垢へのリプに目くじら立てるなって」
「きゃあああああああ! あなたああぁああぁああっ!」
楼は振り向いて固まった。張り詰めた空気が肌を突き刺す。
手にしていた木槌を放り出して玄関ドアを開け放つ。靴を脱いでいる暇などない。そのままの勢いでフローリングに上がるが、足を滑らせて顔面を強打してしまった。もがきながら起き上がり、リビングルームに駆け込んだ楼は椅子に座って味噌汁の椀を持つ父を目にする。
ワイシャツの胸より下が鈍く輝いていた。その輝きはだんだんと首にも広がっていく。楼がよく削っている物に似ていた。
「あなた! あなた‼」
「父さん‼」
「友里! 楼を――」
それっきり。
完全に灰色に染まった盛義は動かなくなった。