第18話 それぞれの想い
うららかな日曜日。暖かい春風に乗って窓の外では桜の花びらが舞っていた。
新しく買ってもらった自学用の数学の本を開いて、瑠々は勉強机にかじりついていた。
瑠々が勉強なんて嵐が来そうだが、正直嵐でもなんでも来いと思っている。
さっそく解らないところが出てきた。連立方程式。
「ん? 連日法廷式? 毎日法廷で結婚式挙げるの?」
瑠々のおつむは深刻な知識不足だ。
あの世紀の大着水から三か月。一躍時の人となった瑠々だが、テレビのオファーはすべて断っていた。
「瑠々ー? あなたー? ご飯よー?」
そう、これは買ってもらった本。
「瑠々。高橋家の人間が連立方程式も解らないなんて許しません。食後もみっちりしごきますからね!」
父の和寿が傍から離れ、食事へと階段を下りていく。
瑠々は疲労困憊のあまり机の上に突っ伏してしまった。
こうなったのもすべてテレビに映ったせいである。年頃に成長した我が子をテレビで観た両親が帰ってきたのだ。しかし瑠々の相変わらずの不勉強を嘆いた両親は、徹底的なスパルタ英才教育を開始。受難もいいところだ。
「ふにゅぅ……でもこれが解らないと……この人に近づけないもんなあ……」
瑠々はスマホを開いた。トロールだけはしないことを条件になんとか佳景に釈放してもらっていたので待ち受け画面を開くだけである。そこに映っていたのは――笑顔の楼の姿。
あのあと「お前みたいな馬鹿は大っ嫌いだ‼」と叫ばれて楼とは喧嘩別れしていたが、ずっとずっと気になっている。
本当はあのとき――キスしたかった。
楼の小さくて可愛い唇を奪い去りたかった。
後悔している。
――でもこれからだもん!
瑠々は思う。
大好きな幼馴染のことは絶対に諦めない。
そう思うのはこれまで手放してきたものの数があまりに多かったからかも知れない。
――負け続けてきた人生だけど、あたし今度こそ欲しいものを手に入れてみせるね! 大切な人ができました!
新しく買ってもらったノートパソコンをタイプしながら、楼は桜の花びらが舞い散る窓の外を眺めた。
あの世紀の大着水から三か月。一躍時の人となった楼だったが、テレビのオファーはすべて断っていた。
楼はブログを始めていた。
不登校の辛さを少しでも多くの人に知って欲しくて。結局のところ高校生活二年目は出席日数が足らなくて留年することになったし、なによりも不登校の原因はいまだに解らないままだ。
しかし。なんとなく三年目は行けそうな気がする。本当になんとなくではあるが。
スマホの着信音が鳴り響いた。佳景からだったので出る。
『おお! 楼! 今度石化についての講演することになってな! お前を登壇者として選ぼうってことになったんだ‼ ありがたくこの仕事受けてくr――』
声がうるさかったのでプチりと切った。
大体講演なんて楼の柄ではない。ガチガチに緊張しまくって笑われるのがオチだ。
「楼ー? ご飯よー?」
友里の柔らかな声が二階に向かって響く。
大着水をテレビで観ていた友里は楼たちが心配で心配でたまらなかったらしい。二人は近くを通りかかった漁船に救出されたのだ。
楼はスマホの待ち受け画面を開いた。
そこに映っていたのは――笑顔の瑠々の姿。
あのあと瑠々に「お前みたいな馬鹿は大っ嫌いだ‼」と叫んでしまってとても後悔している。
せっかく。せっかく大好きな子ができたのに。
本当はあのまま――キスしたかった。
瑠々のやんちゃだけど可愛い唇を奪い去りたかった。
実は当初楼が石彫で創っていたのは――瑠々の石像だった。天高く手を突き上げる瑠々の石像。すったもんだの果てにむさいオッサンになってしまったが、瑠々のことは前々から少し気になっていたのだ。そしてこれからも瑠々を諦めるつもりは毛頭ない。
ディミオスが――聖塚真桜が消えてからトロールではまたクソリプの被害が深刻になっている。
混迷するトロールの――SNSの未来。
楼は窓の外の青い空を見上げた。
今日もこの空を数えきれないほどのクソリプが飛び交っている。
クソリプ魔は誰の心のなかにも潜んでいる。もちろんそれは楼の心のなかにも。
――でも、と楼は思う。
――オレは。オレのなかのクソリプ魔に負けない!
〈了〉




