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クソリプ魔は石化する  作者: 本間帯刀
《第7章》 覚醒

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第17話 瑠々の力

「あ、あれ? あたしなにを……()()、真桜ちゃん? ねえ(ろう)、真桜ちゃんは?」


 辺りをきょろきょろと見渡す瑠々(るる)に、鎖で巻かれたミノムシ状態の楼は青い顔を向ける。


「お、覚えてないの……?」

「え?」


 瑠々は小首を傾げた。楼は戸惑いながら口を開く。


「瑠々の眼から赤いレーザーが飛び出て……(ひじり)(づか)は石化して死んじゃった……」


 無残に崩れた外壁を見て瑠々の顔からさあっと血の気が引いていった。


「え……それって……あたしが……あたしが殺したって……こと……?」

覚醒(・・)したか……」


 佳景(よしかげ)の呟き。


「たまに……いるんだよ。あかい目を持った奴でこういう超常現象的なことを起こす奴が」


 瑠々の頬をつうと涙が(つた)った。

 佳景は楼の鎖をほどきながら、


「まあ? 被疑者の逮捕はできなかったけど。お前らが死ななくてよかった――」

「イヤ――――――ッ‼」


 鼓膜(こまく)をつんざく瑠々の叫び。

 自由の身になった楼は髪を振り乱して狼狽(ろうばい)する幼馴染の姿を見て体を反らす。


「あたし……真桜ちゃん殺しちゃったのよ……! やっとできた人生で二人目の友達だったのに……友達だったのに!」


 楼は瑠々の手首を(つか)んだ。


「瑠々! 落ち着いて!」

「放してよおっ!」


 手をあっさりと振りほどかれ、楼は足がもつれて転んでしまう。力勝負では(かな)わない。

 瑠々は漆黒のドレスの(すそ)をなびかせて崩れた外壁まで走っていった。


「なにをする気だ高橋(たかはし)瑠々! やめろ!」


 佳景の制止を聞かず、瑠々は崩れた外壁の横1メートルほどの隙間から下を眺める。

 アスファルトの上に砕け散った真桜の破片が散乱していた。

 瑠々は目から涙の粒を振り()きながらこちらに振り返る。


「来ないで!」


 崩れた外壁の隙間に両手を突っ張らせ、(あか)い目を光らせた。

 みるみるうちに地面が灰色に盛り上がり、瑠々はそれ・・()()まれた。


瑠々(るる)!」


 同時に磨き上げられた石がこすれ合う不快な音が辺り一帯に広がり、(ろう)たちは耳を(ふさ)いだ。

 石がスライムのように伸縮し、巨大ななにかが形作られる。

 それは楼が毎日見ていたお向かいの――等身大の瑠々の家だった。

 家全体から声が聞こえる。


『誰も入ってこないで! あたしはいま窓から身を乗り出してる! 一歩でも入ってきたら飛び下りるから!』


 佳景(よしかげ)は口笛を鳴らした。


「こいつは驚いた! ここまでの超常現象引き起こす奴は二百年の石化歴史上この女が初めてだ! なあ楼! こいつ以前にもこの力を発現させなかったか⁉ 石を自在に操る力を!」

「そういえば一緒にハンバーガー食べに行った時に一度……っておじさん! いまはそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


 楼の叱責に佳景は苦笑いを浮かべて後頭部を()く。


「瑠々! オレだけでも入っちゃダメか⁉ ねえ瑠々!」

『……いいよ。楼だけなら入って来てもいい。でも妙な真似したら――』


 家の壁の一部が針のように鋭く隆起し、楼の眼前まで伸びて止まった。


『石で貫くから‼』


 楼はしばらく瞑目(めいもく)し、


「……解った。そのときは貫けよ」


 そう宣言して石の家の内部へと歩みを進めた。

 佳景は少し悔しそうに顔を(うつむ)け、石の家に向かう楼の背中に声を掛ける。


「まさかお前にこんなこと言う日が来るとは思わなかったが――頼むぞ楼。いまはお前だけが頼りだ!」


 佳景の言葉に楼は横顔だけ向けて力強く(うなず)いた。




 内部に入ると、瑠々の家がそのまま石で再現されていた。

 一面が灰色というのは実にシュールだ。不気味に光る家の内部で瑠々の声が反響する。


『……楼ちゃん。ホントに入ってきちゃったね』


 楼は片手の拳を握りしめて振り上げる。


「当たり前だろ! お前を取り戻すんだ!」

『……でも。残念でした』

「え?」


 背後でなにかが崩れるような音。

 楼が振り返れば、玄関ドアが瓦礫(がれき)で埋まっていた。天井が崩れたらしい。


「瑠々⁉」

『あははっ! (ろう)ちゃんはこれからここであたしと一緒に飢えて死ぬことになります! きゃははははっ!』

「…………」


 楼は無言で歩き出した。


『あはっ! なにも言わず歩いてくるとか健気(けなげ)~っ!』


 リビングルームに入った。いつしか楼がはまったソファと壁の隙間も再現されていた。床には電池カバーが外れて電池がぶちまけられたテレビのリモコン。構わず二階に上がろうと石の階段に足をかける。

 突如目の前に楼の身長ほどの石柱せきちゅうがせり上がり、楼は行く手を塞がれてしまう。


『さあどうする楼ちゃん? これ以上進めないでちゅねー♪』


 瑠々(るる)は楼に腕力がないのを知っているのだ。(へり)(つか)まり、自分の体重を持ち上げるだけの力はない。

 (せき)(しゅ)滑石(かっせき)だった。

 楼はバックパックのサイドポケットに入れていた()(ぼり)ノミや(まる)ノミを深く打ち込む。本来は石を()る道具なので胸が痛んだがしょうがない。それらを電信柱の足場ボルトの様に足場に使い、執念で登りきる。


『へえ。やるじゃん』


 階段を上がりきると今度は目の前に石の扉が現れた。だが楼の相手ではない。大石頭(だいせっとう)を取り出し、端微塵ぱみじんに打ち砕く。これは石を割り()がしたり色々できる便利な道具だ。


『……豪快ね』


 半ば驚いた様子の瑠々の声が聞こえ、楼は瑠々の部屋に差しかかった。

 次は前方から岩が弾丸のように飛んできていた。瑠々の部屋の扉の前。虚空に出現した岩の塊が高速で近くの壁に叩きつけられている。目測で大人の顔の高さくらいだ。


『首もぎ取ってあげる!』


 楼は無言で身を(かが)め、前方にダッシュ。

 高速で飛来する岩の下を楼の矮躯(わいく)が駆け抜ける。


『しまった! 背がめっちゃ低いこと忘れてた!』


 楼は身体が小学生並みに小さい。岩の弾丸が体に命中する確率は皆無だった。

 岩の弾丸を抜けた勢いをそのままに、楼は瑠々の部屋のドアを開けた。

 瑠々が――いた。部屋の窓枠に腰かけている。その下はビルの外――奈落の底だ。

 楼は肩で息をしつつ、()わった眼で瑠々を見た。


「あの石の絵……見て……」


 瑠々は壁の石の額縁を指差す。

 そこには人が四人笑顔で描かれていた。微笑ましい絵だ。小学生が描いたものだろうか。


「あれは……あたしが小二のときに……お父さんとお母さん……それから(ろう)ちゃんに囲まれてるのを描いた絵なの……」


 楼が瑠々(るる)の部屋に上がってきたのは幼稚園の頃以来だ。つまりあれは楼が知らない――幼い瑠々の心の風景。

 瑠々が窓枠から下りて話しだす。


「あたし……あたしね。ずっと(さび)しかった。お父さんもお母さんも全然帰ってきてくれない……」

「…………」


 楼の周りの虚空に――無数の石の槍が出現した。


「さよなら楼ちゃん。あたしの淋しさを癒せなかった役立たず」


 石の槍はそれぞれ楼に向かって一直線に飛んでくる。楼は横へ飛んだ。瞬時の判断。反動で尻もちをつき、楼が立っていた石の床に石の槍がぐさぐさと突き刺さった。


「あははっ! 前の()()ちゃんのときみたいにお漏らししなかったのは褒めてあげる。おむつ取れてよかったでちゅねー♪」


 楼は無言で立ち上がった。立ち上がった楼の頬を空中にとどまっていた石の槍がかすめていく。


「残念。まだ残ってましたー♪」


 出血した箇所(かしょ)を拭い、瑠々に視線を戻したとき。

 微笑みをたたえる瑠々の瞳が――紅く光っていた。


 ――瑠々の目から紅いレーザーが照射された。


 しゃがんでかわしたが、壁に掛けてあった石の絵には大きな穴が開いてしまった。紅いレーザーが大空を突き進んでいく様はなんともダイナミックだ。

 なおも次のレーザーを発射しようとする瑠々に振り返り、楼はありったけの力で大石頭(だいせっとう)を放り投げた。くるくると回転した大石頭が鈍い音を立てて壁に突き刺さる。


「ひっ⁉」


 壁に突き刺さった大石頭を見て瑠々が小さく悲鳴をあげ、その隙に一気に間合いを詰めた。

 楼は瑠々の脚に抱きついて横倒しにする。


「ちょ、ちょっと楼ちゃん! やめてよっ!」


 楼が顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだった。


「オレは……オレはもう瑠々と戦いたくない……! 戦いたくない……! いままでたくさん遊んだ瑠々と……っ……もう……っ!」

「楼ちゃん……!」


 楼は赤ん坊のように泣きじゃくりながら、


「淋しかったよね……辛かったよね……っ」


 楼はそう言葉を(つむ)いで……また涙が溢れた。

 瑠々も顔をしわくちゃにする。


「あたし……ホントはね。もっと……もっと学校行きたかった! でも! なんだか学校が怖くて……っ! 遠くて……っ!」

「オレもだよ……もっと学校に行きたかったな……っ!」


 瑠々(るる)は涙を拭いながら微笑み――どこかやるせない表情を浮かべる。


「ふふっ……でもどうせ……いまトロールではあたしに誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)やクソリプの嵐が起こっているんでしょ……?」

「どうだろう……?」


 (ろう)はポケットからスマホを取り出してトロールを開き……驚愕きょうがくに目を見開く。

 手を小刻みに震わせながらスマホを見つめる楼に、瑠々は(はな)(すす)って笑う。


「なに? そんなにひどいの?」


 瑠々が楼のスマホを奪い取って――それらは目に飛び込んできた。



『戻ってきてくれ神――ッ!』


『なんとか孤立したSATや少女たちを救ってよ!』


『とにかく神が無事ならよし』


『ディミオスは死んじゃったのか……神だけでも救出しろよ!』


『俺たちにできることはなんもないのか‼』


『【悲報】俺らにできる唯一のことは祈ること』


『神は「世界のルール」なんだろ! ルールが死んだら世界はどうなるんだよ⁉』


『テレビで放送観てるけどどうにもならない! みんな心配してるよ――‼』



 トロール民の大声援。

 どうやらいまこの模様はテレビで全国放送されており、日本全国の人間が固唾かたずんでことの成り行きを見守っているらしかった。

 瑠々は噴き出してしまった。腹を抱えて笑う。


「こいつら現金過ぎる……!」

「本当だよね……!」


 楼もあまりに都合のいいトロール民に失笑を禁じ得ない。

 二人で大笑いしてしまった。

 そろって笑い涙をぬぐい、立ち上がる。


「行こっか。……瑠々。入口はどうなるのかな。塞がれてたけど」

「ああ、あれはレーザーで撃ち抜くから」

「物騒だなーもう」


 二人で手を取り合い、笑い合った瞬間。石の家全体が大きくれた。

 天井にヒビが入り、床がきしむ。

 大小の石の塊が降ってきた。


「な、なにこれ⁉ きゃっ!」

「こっちが()きたいよ!」


 (ろう)は天井が真っ二つに割れるのを目にした。


瑠々(るる)! 力を使って操って‼」


 瑠々は念じる。瞳を光らせ、必死に力を使って操ろうとする。


「ダメ! ダメだよ楼! 操れないよ!」

「ええ⁉ なにそれ!」


 楼のスマホの着信が鳴った。


『もしもし楼か⁉』


 佳景(よしかげ)からだった。


「お、おじさん! これってどういうこと?」

『説得失敗したんか?』


 頭にきた楼はスマホの向こう側の佳景を怒鳴りつける。


「違うよ‼ むしろ大成功! そしたらどういう訳か家全体がきしんで……!」


 少しだけ間があって、


『あー、そしたらそいつは高橋(たかはし)瑠々が心の安寧(あんねい)を取り戻したからだな。石の家ができてたのは高橋瑠々が(たかぶ)ってたからだろ。その高橋瑠々の力が劇的に落ちたんだろうな』

「なんだよそれ‼」


 天を振り仰いだ楼にとがった石の欠片かけらが落ちてきた。こめかみをかすめ、鮮血が散る。


「楼! 大丈夫……⁉ どうしよう……どうしよう!」


 瑠々はおろおろするばかりだ。


『安心しろ。お前はよくやったよ! 墓は建てといてやる! 南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)!』

「勝手に殺すな――――っ‼」


 部屋の入り口が崩れた。

 八方塞がりだ。

 二人が握り合った手に大量の汗がにじむ。

 石の家は大きく傾き二人は窓から空中に投げ出された。

 眼下に待ち構えるのは硬いアスファルトの谷底。



「「ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっ‼」」



 泣き叫びながら落ちる。

 気が遠くなるのを感じながら、手はしっかりと握り合ったままだ。

 そのとき楼はあることを思い出す。背中の赤いバックパック。

 楼は空中で瑠々を手繰(たぐ)り寄せると、身体に固く固く抱きついた。両手両足を使って上半身にしがみつく。


「ぎゃああああああああっ⁉ なにするのよケダモノ――――――――――ッ‼」

「父さんっ‼ オレに力をっ‼」


 一瞬右手を離した(ろう)は、バックパックから生えていたリップコードを引っ張る。

 たちまちバックパックから鮮やかな虹色のパラシュートが射出された。身体が上に引っ張られる。

 楼は瑠々(るる)を離さないよう小さく短い手足に渾身の力を込めた。

 そして――



 二人はゆっくりと降下していく。



「瑠々。もう大丈夫だよ」


 目を(つぶ)り、手足をばたつかせている瑠々に優しく話しかけた。

 瑠々は手足を動かすのをやめる。


「ふえ……?」


 (ほう)けたような声を出して。

 目を開ける。


「え……あたしたち……死んでない……? 落っこちたんじゃないの……?」

「パラシュートが開いたんだよ」

「え? パ、パ、パラシュート……って? なんで?」


 楼は背中のバックパックを見た。申し訳なさそうな表情で瑠々に顔を戻す。


「だって……だってさ。もしこんな高いビルから落っこちたら死んじゃうじゃん。怖くて父さんの机から離脱用のパラシュート持ってきちゃった……保険が効いたよ……」


 いたずらっぽく舌を出した楼に、瑠々は心底呆れた様子だ。


「こんの臆病者っ!」

「い、いいだろ別に! おかげで助かったんだから!」


 瑠々は横を向いて日本の首都の景色を眺めた。


「……ねえ楼ちゃん。……あたしさ。クリスマスに楼ちゃんと暮らした街の景色が見られて……すっごく幸せ。最高のクリスマスプレゼントだよ!」


 絵画のような綺麗な水平線が見える。


「瑠々……」


 顔が近い。

 嫌でも意識してしまう。

 瑠々(るる)の顔が火照ほてっている。……(ろう)も自身の顔が熱いことに気付いた。


「……ありがとう。【勇者メソテース】」

「……どういたしまして。【せかいのるーる】」


 地上からは大歓声が巻き起こっている。

 こんな多くの人の目の前で。

 テレビ中継もされているのに。

 楼は心臓がひときわ大きく拍動はくどうするのを感じた。相手は幼馴染。

 瑠々はうっとりとした表情で目を閉じた。楼の唇をいざなうかのように。

 理性が弾け、楼も目を(つぶ)る。

 お互いの唇が触れ合わんとしたとき――ぴゅうとビル風が吹いた。


「え? え? なに?」

「きゃあああああ! こっちが()きたい! 楼ちゃんパラシュート! パラシュート操って!」


 二人のパラシュートはどんどん南に流されていく。


「ちょっと! ちょっと待って! オレパラシュートの操りかたなんて知らない!」

「じゃあなんで持ってきた!」

「臆病だからだろーっ⁉」


 海に出た。


「ちょい待ち! ちょい待ち‼ こんな真冬に海なんて! 楼ちゃん! 楼ちゃんっ‼」

「瑠々ー! 情けない【勇者メソテース】を許してくれーっ!」


 海面が迫ってきた。


「わわわわわ! な、なにか打開策はないの瑠々⁉ お前【せかいのるーる】だろ!」

「知らないよそんなの! あたしただの高校生だもん! あんた【勇者メソテース】なんだからあんたがなんとかしなさいよっ!」


 先ほどまでの雰囲気はどこへやら。責任のなすりつけ合いが始まった。


「オレは知らない! そもそも瑠々が石の家なんて建てなきゃこんなことにはなってないから瑠々が悪い! この石化女‼」

「ぬあんですってえええええ! 石にして海に沈めるぞこのクソガキ‼」


 醜い悪口の応酬。


「もう足がつくよ⁉ 瑠々のせいだ!」

「違う! あんたのせい!」


 着水した。



「「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ‼」」



 仲良く悲鳴を発する。


「冷たい! てか痛い! 誰か!」

「イヤ――――ッ‼ ドレスがれて()ける! 楼のどすけべ!」


 小気味よい音がして(ろう)瑠々(るる)に平手打ちを食らった。

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