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クソリプ魔は石化する  作者: 本間帯刀
《第6章》 ディミオス

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第16話 末路

 冬のんだ空気を切り裂き、クリスマスの喧騒(けんそう)を避けながら。

 ディミオスにおぶさった瑠々(るる)東都(とうと)スカイビルに到着すると午前十時を回っていた。上空にはヘリが飛んでいる。

 ぴんと背を伸ばしたディミオスは目の前のひたすら高いビルを見上げ、顔をほころばした。


「ついに……ついに来ましたよ……! 奴に復讐(ふくしゅう)できる時が……!」

「奴って……過去にあのオッサンとなにかあったの?」


 背中で小首を傾げる瑠々に無言のまま、ディミオスは歩き出す。


「ちょっと! 説明しなさいよ!」

「……のちほど。それとここからは移動速度を上げます。私はもとより有名でしたが、昨日の動画で神の認知度も上がっていることでしょうから」


 瑠々に視線を送り低い声で言うと、疾風となって駆け出した。

 ディミオスは自動ドアが開いた隙に一気にくぐる。あまりの高速移動に周りを行き交う人々はなにが起きたのか解らないといった面持ちだった。もちろんエレベーターではなく非常階段で六十六階まで駆け上がる。


「あんたホントに女子大生? なんでそんなに体力バカなのよ?」


 ディミオスは背中の上の瑠々に顔を向けると、一言。


「鍛えてるからです」


 瑠々はそんなアホなという表情を作る。残像さえ出そうなディミオスの韋駄天(いだてん)。もはや人間の域ではない。

 六十六階に上がりきると、傾和証券けいわしょうけんのロゴマークが見えた。ディミオスはマスクの下でにぃと微笑む。


「ここか……!」


 オフィスに足を踏み入れると……あった。

 整然とパソコンが並ぶなか、一番奥の社長椅子にずっしりと体重を預け、天井に手を突き上げる石化した佳景(よしかげ)。あまりの重量に社長椅子は大きく沈み込んでいた。


「やっぱホントだったんだ」


 瑠々がそう言い、ディミオスは鎖をぐるぐる巻きにして肩に吊るしていた鉄球を手に取る。


「神。離れていてください」


 石像を(のぞ)き込む瑠々の手を取って引っ張った。

 鉄球を握る手に汗が(にじ)む。


「あっ、そうそう。これ言わなきゃ——チェックメイト‼」


 ……ディミオスはいつもの決めゼリフを言わないと気が済まないらしい。


「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは貴様ら無能のせいで‼ 死を()って償え! 大須賀佳景(おおすがよしかげ)‼ (せん)ッ‼」


 ディミオスは鉄球を真っすぐに放り投げた。佳景の体は粉々に砕け散り――



 ……ディミオスはわなわなと震えた。



 デスクの陰に隠れていた瑠々(るる)がディミオスに駆け寄る。


「あーすっきりした。……どうしたのディミオス?」


 ディミオスは瑠々に振り返り両手で頭を抱えた。


「ない! ないのです! この石化した男の体には……! 内臓が! 血管が……骨が! 石像の断面に‼」

「え……?」


 後方で複数人の足音がした。


「そりゃそうだよ。それはオレの石彫(いしぼり)だ‼」


 静寂を突き破る女声。


 瑠々が小さい頃から毎日聞いた――懐かしい声。


 振り向いた瑠々の(あか)い瞳に映る赤いバックパックを背負った小さな勇者の姿。


 石岡楼(いしおかろう)が入口を固めて立っていた。


「楼‼」

「本当に出やがったな……ディミオス」


 石化し、砕かれたはずの佳景がドア枠の陰から出てきて楼の後ろに立つ。手には拳銃が握りしめられていた。


「手を挙げろ! 動くなよ二人とも」


 瑠々は手を挙げたが、ディミオスはけらけらと(わら)うばかりだ。


「嬉しいよ(よし)(ひろ)……いや佳景か」

「なんで俺の本名を知ってやがる? どっかで盗聴でもしてやがったか!」


 ディミオスは頬を綻ばした。楼もにやりと笑う。


「失敗だったなディミオス。六十六階に人が誰もいないおかしさに気付かなかったのか?」


 ディミオスは不気味に顔を歪めた。


「……つまり事前に人払いしていたと? 無駄なことを」


 ディミオスが瑠々をおぶった。社長机を踏みつけ、近くの壁に向かって大きくジャンプする。

 佳景はたまらず発砲するが、弾はディミオスが移動したあとの虚空(こくう)を貫いて飛ぶのみ。

 ディミオスは勢いをつけて壁に飛び膝蹴りを放つ。壁を突き破り、オフィスの外へと脱出した。


「残念だったね……!」


 言ったあとディミオスは瞠目(どうもく)する。

 近くに潜んでいた警視庁の特殊急襲部隊——SATが物陰から銃撃を開始したのだ。



 (ろう)たちは(おとり)だった。

 上空のヘリからディミオスの姿を確認した警視庁はかねてから準備していたSATを瞬く間に投入。

 ビル内の人間はエレベーターを使って退避し、東都スカイビルはほぼ空となっていた。

 えさにおびき寄せられる形で楼が()った佳景の像へとやってきたディミオス。もはや(ふくろ)(ねずみ)だ。


「さ、楼。あとはSATがやってくれる。早く逃げよう」

「おじさん。……ここは父さんの会社だよね」

「ああ、そうだが」


 楼は社長机に駆け寄ると、なかから赤いバックパックのような物を取り出した。

 佳景(よしかげ)は戸惑った。もう赤いバックパックを着けているのにさらに赤いバックパック? この少女……もとい少年はなにをしようというのかと思う。楼はもとから身に着けていたバックパックを体から外すと、社長机に入っていたほうのバックパックに交換した。お守りのように持ってきた石彫(いしぼり)の道具を交換したバックパックのサイドポケットに入れる。


「よし! 準備完了! これで大丈夫だ。……来て!」




 上は屋上のはずだ。

 階段までSATに固められたディミオスは鉄球を天井に貫通させた。鉄球の(たま)を屋上に残したまま高速で鎖を伝って屋上まで登る。追手が来ないように穴を塞いだところで瑠々(るる)を放り出してしまった。大の字になってへばる。さすがに疲れたらしい。

 屋上は屋上庭園になっており、芝が地面を覆っている。木でできた机も並べられており、小規模なキャンプくらいならできそうな感じだ。

 一息つこうとしたディミオスの目に飛び込んできたのは――待機していたSATだった。十人ほどいる。


「ここにもいんのか! 次から次へと!」


 鉄球を投げつけて牽制(けんせい)する。

 そこへ――楼と佳景(よしかげ)が非常階段を上がってやって来た。


「ディミオス! 降参しろ!」


 楼が叫ぶ。瑠々をおぶったディミオスはそれを鼻で(わら)った。


「馬鹿め! 誰が貴様らなんぞに!」


 ディミオスは鉄球を投げつけ、非常階段への経路とエレベーターへの経路を次々と(つぶ)した。佳景が叫ぶ。


「しまった! これでは応援が来れん!」

「チェックメイト‼」


 ディミオスの声に(ろう)や佳景、周りのSATたちが身構える。瑠々(るる)をおぶっているので迂闊(うかつ)に手が出せないのだ。


「さあさあ一人ずつなぶり殺しにしてあげるよ。貴様らの死に場所はここだ‼」


 楼はディミオスの眼を(たか)のような鋭い眼で見据(みす)えた。視線と視線がぶつかる。


「もとはといえばオレの父さんがクソリプを送ったところからこの事件は始まったんだ! 息子のオレが解決してみせる‼」

「言うねえ石岡(いしおか)楼。貴様の首を骨になるまで私の家に飾ってあげるよ」

「できるかな? お前クソリプ魔以外は殺さないんでしょ?」

「…………」


 ディミオスは黙った。

 楼はふっと顔の強張りを解き、瑠々に語りかける。


「瑠々……帰っておいで?」


 瑠々はおぶさったまま楼とディミオスを交互に見て、


「帰りたいけど……帰れない……。ディミオスの……ディミオスの過去に触れちゃって……なんだか……なんだか……かわいそうになっちゃって……」


 楼はかわいそうという言葉は嫌いだったが、いまのディミオスの状態を表現するには的確な言葉だと思った。

 ディミオスは高速で楼たちの周りを移動しながら楼に鉄球を投げつける。低い。一直線に芝を(えぐ)りながら進んできた。


「わああっ!」


 横っ飛びして間一髪かわす。

 勇ましいことは言ったが、楼は日頃から運動不足だ。

 動体視力もからっきしだし、このままディミオスの攻撃をかわし続けられるだろうか。……だんだん自信がなくなってくる。


「くっ! 人質がいるうえに高速移動されちゃ照準が定まらん! なにか奴の動きを止める方法を探さんと……!」


 佳景が緊迫の面持ちで楼に視線を送った。


「……やってみるよ! てやっ!」


 楼はディミオスの進行方向に向けて足払いをかける。

 ディミオスは楼の短い脚をぴょんと跳躍して足払いを回避し、着地と同時に楼の脚に鉄球を投げつける。


「楼! 危ない!」


 佳景(よしかげ)(ろう)に飛びつき、鉄球をかわした。楼の足があった場所には鉄球が深々とめり込んでいる。


「お、おじさん……ありがとう」


 横倒しになった佳景の腕のなかでお礼を言うと、


「……別にいいが。これは警察の仕事だ。民間人があまりでしゃばるな」


 厳しい言葉が返ってきた。楼は渋面(じゅうめん)を作りつつ、


「……それでも!」


 楼は佳景の腕を振り払うと、起き上がってディミオスの進行方向から体当たりを仕掛ける……が。ディミオスが持つ鉄球の鎖が楼の体を捉えた。目にもまらぬ早業でぐるぐる巻きにして放さない。


「わわわわっ⁉」

「ふふふ。可愛いことよ。まずはその可愛い声を上げる喉から切開してあげようね」


 背中の瑠々(るる)はディミオスの肩をがくがくと揺する。


「お、お願いディミオス! やめて‼」

「やめませんよ。……さあ。小さな勇者よ。覚悟はできたか?」


 ――乾いた銃声が晴れた冬空に響き渡った。


 ディミオスの頬を銃弾がかすめ、風にあおられた黒い不織(ふしょく)()マスクが地面に落ちた。

 もう一発銃声。

 二発目の銃弾はディミオスの(みぎ)(だい)(たい)を貫く。

 ディミオスは弾が飛んできたほうを血走ったまなこで睨みつけた。

 佳景が。

 銃口を向けて肩で息をしていた。

 楼の危機をみての一か八かの発砲だった。

 ディミオスは楼と瑠々を芝の上に落として激痛に顔を歪める。

 ――それを合図にしてSATによるディミオス集中砲火が始まった。蜂の巣となり、全身から血を噴き出したディミオスがぐるぐる巻きにされた楼の上にべしゃりと倒れる。


「……終わったな」


 佳景がぼそりと呟いた。


「いやああああああ! ディミオス! ディミオス――ッ‼」


 瑠々が泣きじゃくる。

 楼は血の海に沈んだディミオスの顔を見た。左頬に十文字(じゅうもんじ)の傷があり、なんだかおどろおどろしい。

 佳景が楼に歩いて近づいてきて、ディミオスの顔を確認してぎょっとした。


「こ、こいつは……!」

「お、おじさん? 知ってるの?」


 慌てて()くと、佳景(よしかげ)はこくりと(うなず)いた。


「ああ……。こいつは(ひじり)(づか)()()だ。姉の聖塚()()誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)の件で何度も署について来てたよ」

「だから……解決できなかったおじさんたちを恨んでたの……?」


 佳景は目を(つぶ)る。


「そうかも知れん。いまとなってはもう……解らんが」


「――そうだよ」


 真桜の唇が動いた。

 低く(うな)る声。同時に(ろう)の自由を奪っている鎖を(つか)み立ち上がる。


「貴様らさえ! 貴様らさえあの誹謗中傷にまともに対応していれば! お姉ちゃんは死ななかった!」


 真桜はさっと楼を盾にして銃口を向ける佳景とSATを牽制(けんせい)。この女の執念は凄まじい。


「真桜ちゃん! もうやめてよ!」


 瑠々(るる)が立ち上がり叫んだ。真桜はなおもいきり立つ。


「うるさい! クソリプ魔は……! 奴らはなあ! 人様の垢に群がる(うじ)だ‼ 炎上すればどこからともなく湧いてきて! なんの罪もない人間の命まで食らい尽くす‼」


 真桜の気迫でぶらぶらと揺れるミノムシ状態の楼が説得を試みる。


「言いたいことは解る。……でも! クソリプ魔だって生きているんだ!」

「奴らの命に価値などあるかあッ‼」


 火に油だったようだ。


「ニュースサイトのリンク貼り付けて『これはいかんね』などと呟く程度のお気持ち表明・・・・・・ならまだいいッ! 垢に攻撃を仕掛けるゴミクズムシどもが問題なのだあッ‼」


 錯乱状態の真桜に銃口を向け、佳景たちは機をうかがう。


「私はこれからもディミオスとして奴らを断罪し続ける! 貴様らはそれを黙って見ているがいいッ‼」


 真桜の大声に耳鳴りがしながらも楼は声を()らして叫ぶ。


「解ったからもうやめろってば! 不幸な人間だと思っとけばいいじゃないか……! なっ? 聖塚」

「その名で呼ぶな‼ 我が名はディミオスだ! まずは石岡(いしおか)楼! 貴様からぶち殺してくれるわッ‼」


 真桜が懐からダガーナイフを取り出し、楼に振り上げた。


「そんなことさせないっ‼」


 瑠々の眼が光った。

 辺りが一瞬暗くなったかと思うと――瑠々(るる)の眼から紅いレーザー光線が発射された。


「ごわっ⁉」


 ()()(ろう)を取り落として吹っ飛んだ。なおもレーザーは真桜を照射しており、大の字になって屋上庭園の外壁に押し付けられていた。

 そして楼は見ることになる。


 ――真桜の体が灰色に染まっていく様を。


 信じられなかった。

 夢でも見ているのかと思った。


「があああああああっ⁉ か、体が……体があああああああああああッ⁉」


 余りの圧力に外壁が砕けた。

 屋上庭園の外――すなわち奈落の底に石化しながら落下していく真桜。


「お姉ちゃん……お姉……ちゃん……おね……ぇ……………………」


 放物線を描いて国道まで飛んでいき。

 石像になったままアスファルトに叩きつけられた真桜は()端微塵(ぱみじん)に砕け散った。

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