第15話 お姉ちゃん
冷たい夜の大気の上に三日月がひっそりと輝く。夜空が黄色い口で嗤っているようにも見えた。クリスマスイブの夜も更けてきた。
廃墟で瑠々のメッセージ動画を撮り終わり、トロールに投稿したディミオスは歩いてくる瑠々のほうを向く。
「ディミオス。……あたし疲れちゃった」
漆黒のドレスを纏った瑠々が呟く。
今日は長距離をおぶさって移動したのだ。無理もない。
「神よ。早くお休みください。私たちはこれからもクソリプを送る奴らを石化させ、砕き続けなければなりません」
瑠々は俯き、胸元に手を当てた。
「うん……そうだね。トロールの平和は……あたしが……守る……」
「そうです。お話した通りトロールの平和は神にしか守れません」
瑠々はキッとディミオスを見据える。
「なんかうまく言いくるめてない?」
「え?」
ディミオスの額に冷や汗が浮かんだ。
「あんたに攫われてから『クソリプ魔がいかに悪か』について延々と聞かされてさっきの動画も嫌々撮ったけど。あんたの動機が全然解らないの。なんでそこまでしてクソリプ魔を憎むの?」
ディミオスはイライラしている瑠々にあたふたしている。
「わ、解りました神よ。お話致します。これは私の胸に秘めておきたかったことなのですが」
瑠々は近くの倒木に腰を下ろした。
「解った。でもふざけた話だったらいますぐあんたを警察に突き出すから!」
ディミオスはほっと息を吐いた。
「え~っと、あれは四年前……私が中学三年生の頃の話です。いま私は女子大生やってるんですけど」
「……全然見えへん! じゃあ大人しく女子大生やってなよ! あたしはとっとと研究所に戻って自分の罪を償ってるから!」
ディミオスはおろおろするばかりだ。
「そんなあ神よ! せっかくお知り合いになれたのに! 行かないで! ディミオス淋しい!」
抱きついてきたディミオスをぐいぐいっと片手で引き剝がして訊く。
「こんな凶悪なことしてる動機は?」
ディミオスは染みわたるような微笑みを見せた。
「ではお話しします。私のお姉ちゃんのお話を」
言って両目を瞑る。
「私のお姉ちゃんは国民的アイドルでした。私の憧れでもありました。いつも自信満々で言いたいことはズバッと言う。内気な私にはまさに神のように見えたものです」
「あんたそれで内気だったの」
ディミオスは瑠々の突っ込みをスルー。
「ですがいつからか姉の歯に衣着せぬ発言がアンチを呼び始めて……トロールの投稿にもクソリプが付くようになりました」
「ふむふむ」
瑠々は相槌を打ちながら人には想像もしなかった過去の一つや二つあるものだと思った。
「そんなあるとき誰かが『こいつ過去に薬やってたんだぜ』と事実無根のクソリプを付けて……瞬く間にお姉ちゃんのトロールは大炎上」
「……!」
ディミオスは拳を握りしめた。
「そこから本格的に誹謗中傷が始まりました。報告機能がないトロールでの炎上が効いたのでしょう。お姉ちゃんは日に日に憔悴していき……警察もろくな対応をせずに! ある日……!」
「ディミオス……」
見るとディミオスの目に悔し涙が浮かんでいた。
「起きてこないお姉ちゃんを心配して……部屋のドアを開けたら……開けたら‼」
ディミオスがマスクの下に洟を啜る。
しゃくり上げるディミオスを見て、瑠々はこいつも女の子なんだな、と思った。
ディミオスの姉は……手首を切って死んでいた。どす黒い絨毯に沈んだ姉を見て、中学生のディミオスは呆然と立ち尽くしたらしい。
うずくまり、両手を顔に当ててむせび泣くディミオスの頭を、瑠々は優しく撫でる。
「なにより……っ……腹立たしかったのは……っ!」
ディミオスの姉の訃報に付いたクソリプ。
『勝った!』
「私は悟りましたよ……。トロールは邪悪な空間であると」
かっと目を見開いたディミオスの殺気に、瑠々は気圧されて尻もちをついた。
嗚咽するディミオスを瑠々はしばらく抱きしめていた。ディミオスはスマホを取り出し、トロールを開く。たくさんのDMが届いていた。誰からでも届く設定にしてあるものの、通話機能は切ってあった。瑠々もスマホを一緒になって眺めていたが、そのなかの一文に目が吸い寄せられる。
『我が名は【勇者メソテース】。本名を石岡楼。ディミオス! オレから逃れられると思うな!』
「――貸して!」
ディミオスからスマホを奪い、楼と思われる相手にDMを送る。
『高橋瑠々です。楼? 楼なの?』
しばらくして通知音が鳴り、返信が返ってきた。
『え? 瑠々? マジで⁉』
瑠々は涙ぐむ。
『楼! あたし自分の罪を償いもせず……! 後悔してる!』
『大丈夫だよ瑠々。瑠々の反省の気持ちは十分に伝わってる……! ところで』
少し間があって、石化した人間の画像が表示された。
『おじさんが石化したからディミオスに頼んどいて。オレこいつ嫌い』
見るも無残に石化した佳景の姿がそこにあった。天に両手を突き上げ、驚愕の表情を浮かべている。
瑠々は沸き起こる笑いを抑えられずに噴き出してしまった。
『あははー! いいザマだわ。あたしもそいつ嫌いだから真っ先に頼んどくね! 場所は?』
『東都スカイビル六十六階、傾和証券株式会社』
『あの海沿いのめっちゃ高いおしゃれなビルね、オッケー! ディミオスがそいつぶっ壊してからあたし罪を償うから』
『決まりだね。頼むよ! オレは家でトロールしてる』
瑠々はご機嫌でDMを終えた。瑠々はディミオスの腕に抱きつく。
「ねえディミオス! 明日さぁ、東都スカイビルまで行こうよぉ!」
ディミオスは顔をしかめた。
「ぇええ⁉ 明日はクリスマスなんで家でゆっくりしときたかったですぅ。そして神と一緒にコタツで丸くなってテレビの特番観ながらフライドチキンでも食べてほっこり……」
どうでもいいことをぶつぶつと呟くディミオスに瑠々は石化した佳景の画像を見せる。
「このオッサンぶっ壊せるよ?」
「……? うーん、これは醜いオッサンですねえ。いや……こいつは……!」
ディミオスの眼が憎悪に染まった。
瑠々は背筋が凍り付き震える。
「神よ。行きましょう。ぜひとも行きましょう! この男はなにがなんでも絶対に始末しなければならない!」
ディミオスはおぞましく唸る声でそう言った。




