第12話 後悔と反省
聞こえる音はなく、射しこむ光もない。湿っぽい独房の片隅で、布で目隠しをされ手を後ろ手に縛られた瑠々は一人震えていた。冷たい鉄格子が瑠々の前方を塞いでいる。
「なんにも見えない……怖い……うっ……もう……あたしは…………」
そこへ外の鉄扉が開く音がする。足音。複数人だ。
「誰? い、いや! 怖い!」
「高橋瑠々。面会者だ」
研究員の低い声のあとに、懐かしい女声が聞こえる。
「瑠々。来たよ」
瑠々の目隠しの目の部分がじんわりと湿った。
「あ……ろ、楼……! 楼‼」
瑠々は立ち上がろうとしたが、よろけてバランスを崩し派手に転倒する。
「瑠々!」
「う……あう……」
楼は心配そうに鉄格子を握る。
でもこのけたたましさは瑠々らしい。相変わらずの様子にほっと胸を撫で下ろした。
「楼! 楼……! あたし……あたし……! あたしが連続石化事件の……犯人だったんだ……!」
「おじさんから聞いたよ。でもね。瑠々は瑠々だ。優しくていい子」
「楼~っ!」
鉄格子に顔を押し付けてわんわん泣く瑠々を見ていると、なんだか楼まで泣けてきた。研究員ももらい泣きしている。
「ねえ研究員のお兄さん。しばらく二人にさせてもらえませんか? お兄さんがいるとどうしても……その。瑠々も色々気を遣うかも知れませんので」
研究員は白衣の袖で涙を拭い、
「は……はい。それでは二十分経ったらまた……!」
研究員は鉄扉を開き、出て行った。佳景との約束で一日二十分までしか一緒にいられないのだ。
楼は彼を見送ると、鉄格子に背を預ける。
「今回……大変なことになっちゃったね」
「ホントだよ~! それに楼ちゃん二十分までしかいられないの? 最悪!」
瑠々は目隠しの奥から楼がもたれているのを察したのか、自らも鉄格子に背を預けた。
楼と瑠々の手が触れ合う。
「……で、鍵は?」
「は?」
瑠々のへんてこな要求に思わず訊き返す。
「い、いやあのこういう独房で手が触れ合うときって映画とかだとさ。独房の鍵を渡したりしない?」
「映画の観過ぎだし独房の鍵なんて持ってないよ……」
「じゃ、じゃあさ、この手を縛ってる縄を切るナイフとか……!」
「ないよ」
「せ、せめてなにか極秘の策を書いたメモとか……!」
「梨のつぶて!」
瑠々は鉄格子を持って勢いよく立ち上がった。
「ひどい! メモくらい渡せよ!」
「お前求めすぎなんだよ! 大体目隠しされてんのにどうやって見るんだ!」
お互い背を向けたまま楼の女声がエコーし、独房に静寂が降りる。
「ま、それもそうね。久しぶりにゆっくりできるしいっか」
瑠々は再びすとんと座った。楼は心底呆れ果てる。
「……でも。元気そうでなによりだよ」
楼は瞼を閉じ、穏やかな声音で言った。
「ん~、これ結構不便なんだよ~! 楼ちゃんのロリな身体また見たい!」
ロリな身体。楼は頬をうっすらと赤くし、
「オレさ、この女っぽい身体なんとかしたいんだけど」
瑠々は鼻を鳴らした。
「無駄無駄! あんた名前の漢字にも『女』って入ってんだから絶対に無理!」
そう、瑠々の言う通り。楼が女っぽさから逃れるのはどうあがいても無理なのだ。運命というやつである。
がしがしと悔しそうに頭を搔く楼に、瑠々は続ける。
「あたしがあたしであっていいように。楼ちゃんも楼ちゃんでいいんだよ。知らんけど」
金魚の糞みたいにくっついている免罪符のせいでなんとも胡乱な言葉の響きだが、瑠々は励ましてくれているらしい。
「あたしたち……不登校でよかったね」
「ええ⁉」
突然なにを言い出す、と思った。『不登校』の称号は楼が散々忌み嫌ってきた長年の怨敵だ。それは瑠々も同じではないのか。
信じられないといった面持ちで目隠し少女に視線を送る。
「だって。不登校じゃなきゃ。あたしたちこんなに一緒にいられなかった」
そう漏らす瑠々の頬が。少し赤みを帯びているように見えた。
「楼ちゃんと一緒に暮らしたあの街には……もう……もう……戻れないけど……」
「瑠々……」
二人は学校が違う。だから不登校でなければ二人はこんなに一緒にいられていないのだ。
不登校は二人にとって完全に不幸だったろうか。
楼は腕を組み、視線を泳がせて考え込んだ。少し照れ隠しもある。
「……瑠々。オレが……オレが必ずお前を助け出してみせるから!」
「……楼ちゃん。言うようになったね」
その日楼は時間いっぱいまで瑠々に寄り添い、温かいひとときを過ごした。
――それから楼は瑠々の独房に毎日休まず通った。瑠々は楼の面会を楽しみに待ちわび、二人は毎日二十分いっぱいまで色んなことを話した。
幼稚園の頃楼が瑠々の部屋でお漏らししたこと。小学生の頃瑠々が楼のプリンを勝手に食べて楼が泣いたこと。中学三年生になって瑠々の両親が家にあまり帰ってこなくなったこと。高校生になって学校が別々になって……淋しかったこと。思い出話は尽きない。
始めは意地を張りがちな瑠々ではあったが、気付けばぽつりぽつりと反省の言葉を口にするようになった。二人の話はトロールのクソリプにも及び、楼は瑠々の愚痴をただただ聴く。
楼も「解る。解るよ。確かにクソリプって嫌だもんねー」という感じに、瑠々の言葉に応じた。
そして十日ほどの日数が経過した。
いつものように楼が面会に姿を現すと、瑠々は嬉々として鉄格子に寄ってきた。目隠しと後ろ手に縛られている手は痛々しいが、こればかりはやむを得ない。
「楼ちゃん! 今日も来てくれてありがとう! なに話そっか?」
楼はスマホをポケットから取り出して、
「そうだなー。最近トロールで流行ってる面白いショート動画の話しようか?」
瑠々は子供のようにはしゃぎだす。
「え~っ! なにそれ聞きたい聞きたい!」
「――――」
「楼ちゃん? どうしたの?」
「そういえば今日さ。クリスマスイブなんだ。なにか明日のクリスマスプレゼントに欲しい物ある? この辺は田舎みたいだからあまり種類はないけど、買えそうな物があったら買ってくるよ!」
瑠々は「え~っ?」と顔を赤らめてから、顔を天井に向けて固まる。見た目では解りにくいが考えているらしい。
数瞬ののち口を開いた。
「あたしね。この目隠し外して……また楼ちゃんと暮らした街の景色を見てみたい。無理だろうけど……」
「そうか……そうか……」
瑠々は声のトーンを落として、
「無理……だよね。こんな物騒な力持ってたら……どんなに償おうとしても……償い……きれない……っ!」
また目隠しの目の部分が湿っていた。
「あたし……大勢の人を……っ!」
「瑠々……反省してるんだね……」
――非常ベルが鳴った。
「! なに⁉」
「瑠々! ちょっと待ってて!」
楼は鉄扉へと駆け出す。
「ろ、楼! 行かないで! 怖い!」
楼は鉄扉の前で瑠々を振り返り、にっこり微笑む。
「大丈夫。必ず戻ってくる!」




