第11話 モルモット
意識のない楼たちを後部座席に乗せ、佳宏はワンボックスカーを走らせていた。それぞれ体は縄で縛り上げてある。瑠々に至っては力が発現することのないよう目隠しもしており、抜かりはない。
「着いたな」
佳宏は鬱蒼とした森のなかで車を停めるとフロントドアを開けて車外に出る。目の前には鈍色に光るドーム型の建造物。大きさはキャンプ用のテントほどで、石化対策研究所の入り口となるエレベーターがここにある。ここから地下に下りるのだ。
「さてと」
スイングドアを開け、倒れるように眠っている楼の顔に木漏れ日が射す。
「う……ん……」
楼が目を覚ました。体が動かせないことにすぐ気付き、体の上を縦横に走る縄に驚きの声を上げた。
佳宏はそんな楼を腕組みして眺める。
「気い付いたか」
「『気い付いたか』じゃないよ! なにこれ⁉」
佳宏は身動きが取れない楼に鼻を鳴らした。
「車の中で暴れられちゃかなわんから一応縛らせてもらった。あとここ極秘の建造物だから絶対トロールに上げるなよ。約束できるか? 国家機密だ!」
がんじがらめの楼は首を傾げる。
「極秘の建造物?」
スイングドアと佳宏の隙間から鈍色の建造物が見えた。楼はぽかんとして、
「なにあれ?」
「あれこそ俺が主任として勤める石化対策研究所だよ。あとな、俺の名前は佳宏じゃねえ。俺の本名は大須賀佳景。大河原佳宏は偽名だ」
「ぎ、偽名……?」
起きたばかりの回転の悪い頭で、目まぐるしく変わる展開が理解できるはずもない。楼はただただ混乱するばかりだ。
「そいつを下ろしてからお前を下ろしてやる」
そいつと聞いて楼は目隠しをさせられて気を失ったままの瑠々に目を向けた。あまりに痛々しい姿に言葉を失ってしまう。
恐怖を感じながら、意を決して訊いてみる。
「ね、ねえ。瑠々はどうなっちゃうの?」
「そんなの訊かれるまでもねえ」
佳景は人差し指を振って答える。
「死ぬまでモルモットだ」
研究所に下りると、さっそく瑠々は個室に隔離された。全身を椅子にきつく縛られて身動きが取れない。目の目隠しは外れているが、彼女の眼前のテーブルには赤いパソコンが置いてあった。
「それは音声で操作できるパソコンだ。既にウェブ版トロールの投稿画面は開いてある。なにか投稿していいぞ。お前の垢【せかいのるーる】から投稿できるように垢を乗っ取ってあるから」
「乗っ取ってあるって……なんてことすんのよ!」
マジックミラーの向こう側から瑠々の声が響く。
楼は佳景や白衣を身に纏った他の研究員とともに、瑠々とはマジックミラーを隔てて待機していた。実験体の瑠々が怯えながら呟く。
「で、でもあたし……こんな状態でトロールなんて……」
「ん? お前トロール好きじゃなかったのか。さては怖えんだろ。この臆病者め‼」
佳景は瑠々を責め立てる。
そんな佳景に瑠々はカチンときたらしい。
「解ったよ! やるよ! やればいいんでしょ⁉ どうやるの⁉ まだ画面に文字なんて全然入力されないけど!」
相変わらずの単細胞女だ、と楼は思った。
「……いい子だ。こちらで合図を出す。……いいぞ、なにか喋れ。文字が入力されるから」
佳景に促され、瑠々は声でトロールに文字を入力する。
「今日マジで最悪! 幼馴染はどっか行っちゃうしクソが付く高慢ちきのオッサンに隔離されてる!」
パソコンが遠隔操作され、投稿ボタンが押された。
しばらくして返信が届く。
「あっ! リプが来た!」
『いい気味。前々からこいつのこと嫌いだったんだよね。こんな下賤な豚女はとっとと首を斬り落として晒し首に』
「なにこのクソリプ――――ッ⁉」
佳景は一笑に付した。
「トロールにクソリプはつきものだろう?」
「ひどい! ひどすぎる! 許せない‼」
瑠々が錯乱し始めた。瞳が紅く光り、縛り付けられて動かせない足のつま先をしきりにぴくぴくと動かす。
黙っておくよう指示を出されていた楼だったが、さすがに心配になって佳景の袖を引っ張る。
「おじさん、ねえあれ大丈夫?」
佳景に囁いたときだった。
マジックミラーの向こう側からぴしぴしと割れるような音が聞こえる。
まるでなにかが石化していくような……不穏な音。
「え、え、ウソ?」
瑠々の目の前のパソコンが灰色に染まっていく。ディスプレイは火花を散らして消え、数瞬ののちに完全に石化した。研究員たちからも驚きの声が上がる。
茫然自失の瑠々。
楼もなにが起こったのかまったく理解できず、瞠目して固まっていた。
「やっぱりな」
佳景が冷たく言い放つ。
「さっきのクソリプはそのパソコンにインストールされているAIソフトが生成したものだ。お前はクソリプを送った奴を石化させる能力があるんだよ」
楼は震えながら瑠々と佳景を交互に見た。
「高橋瑠々。お前は連続石化事件の犯人だ。これからはここで一生飼ってやる。……独房に繋いどけ!」
年末の寒風が身に沁みる。
石化対策研究所に来て五日が過ぎた。
楼は佳景に連れられて研究所近くの森に来ていた。
澄んだ空気のなかを並んで歩いていたが、楼が不意に立ち止まる。
「どうした?」
楼に続き立ち止まった佳景が振り返りながら訊いた。
楼は声を絞り出す。
「……オ、オレもう堪えられないよ……」
「なにに?」
佳景はあくまで淡々と訊いてくる。その態度に楼は我慢ができなくなった。
「瑠々の扱いだよ! 一日じゅう目隠しさせられて! 手は後ろ手に縛られて牢屋に入れられてる……!」
両手を広げて訴える楼に、佳景はふうと溜息。
「楼。あいつは生ける凶器なんだ。どうあがいたってもうあそこから出す訳にはいかねえ。あいつはSNSをやるどころか外の空気さえ吸えん。……一生な」
「そんなあ!」
楼は視界が真っ暗になるのを感じた。
小さい頃からよく遊んだ幼馴染。その幼馴染はいま独房にいる。知らず知らずのうちに犯していた罪によって。自分では制御できない力によって……。
「あとはディミオスの野郎が捕まるのを待つだけだ。頑張れ警察ぅ!」
一応あんたも警察だろ、という突っ込みを入れるのはやめといた。
佳景は再び歩き出す。楼もしばらくついていき、ある石の塊の前で佳景が止まった。
「これが……二百年前、最も古い石化の事例といわれる石像だ」
そこには線の細い石像がひっそりとあった。
着物のようなものが見えるが全体的に丸みを帯びており、かなり時間が経っているのが窺える。
佳景は石像の頭をポンポンと叩きながら、
「それから研究が始まった。最初は祟りって言われてたが、そんな訳はなく。明治頃になって石化させる原因は悪意のある手紙を読んだ時の爆発的な憤りと正義感だと解った」
楼は息を呑む。
「それらの事例に共通してやがったのが『紅い目』の犯人だ。だから瑠々は小さい頃からマークしてた。お前んちに足繫く通った真の狙いはそれだな。もちろん盛ちゃんに会いたかったのもあるけどさ」
「じゃあ警視庁の対応が早かったのも……」
「俺が警視庁にいたからだ」
佳景は得意げに胸を張った。
「そういうこと研究してたからおじさんはノイジーマイノリティのことに詳しかったの?」
「そういうことってひどいな」
佳景に一瞬青筋が浮かび、ぞくりとした楼は平身低頭謝る。
一度咳払いして佳景は続けた。
「まあそうだな。ノイジーマイノリティの問題は憂慮すべきだし、これからも奴らがいる限りは石化が収まることはないだろう」
楼は視線を落とした。足元を見る。
「瑠々が……瑠々が笑って暮らせる日は……」
楼は両の拳を握りしめた。佳景は黙って瞑目する。
「おじさん。オレ……。オレさ。瑠々のためにできることを……オレなりに考えたんだ。ちょっとさ。頼まれてくんない?」
「……うーん、成り行きで連れてきただけのお前を危険な目に遭わす訳には。なにかあっても責任が取れんぞ」
「い、いいから! オレのしたいようにさせてよ!」




