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クソリプ魔は石化する  作者: 本間帯刀
《第4章》 うるさい少数派

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第9話 ノイジーマイノリティ

 翌日。

 (ろう)暗澹(あんたん)たる思いで石を削っていた。

 石彫(いしぼり)をするのは久しぶりだ。心を落ち着かせるためになんとなくしたくなった。

 昨日家に帰ると瑠々(るる)からの手紙が偶然目に入ったらしい友里(ゆり)から「あなたたちトロールでなにしてるの?」と()かれてごまかすのに骨が折れた。

 楼がサブ垢を使って確認したところ、楼の破廉恥(はれんち)画像は上がってなかったということが判明したのはいいのだが……。


「いやあ参ったよ。警察の仕事が増えちまったぜ」


 (よし)(ひろ)が近くにいるのはどうにもせなかった。


「おじさん、なんでここにいるの? 世間からだけじゃなくオレからもデモを止めなかったこと批判されたい?」

「いちゃ悪いか? それにあいにく俺は批判され慣れてるからな、ちょっとやそっとじゃびくともせんぞ」


 汗を拭いながらたずねると、佳宏は笑って指を振った。

 このオッサンは空気が読めないらしい。

 楼の精神的ダメージはすさまじいものがあった。

 デモの一件。あれはただの暴動だ。それも幼い男の子とその母親を殺すとは正気の沙汰ではない。

 逮捕されたデモ参加者は警察の取り調べに対し「人の主張に石を投げてきたから、将来クソリプを送りそうかなと思い、殺した」と供述しているそうで、楼は呆れ返るばかりだ。

 しかし何もできない。そんな忸怩(じくじ)たる想いが楼をますます落ち込ませていた。


「楼。元気出せよ!」


 元気出せと言われて元気が出れば苦労はしない。やはりこのオッサンは空気が読めないようだ。


「お前にもできることがあるかもよ?」


 楼はジト目で佳宏を刺す。


「そういう気休めは好きじゃないよ。むしろ大嫌い」

「がはは! そうかそうか! 楼も言うようになったなあ! はーっはっはっはっはっ‼」


 とことん空気が読めないオッサンに楼は自身が相手にしていたのは宇宙人だったのだと思い至る。空気が読めないのは空気を知らなかったからだ。合点がてんがいった楼は、道具を置いてポンと手を叩く。佳宏はそれを不思議そうに見つめながら片眉を上げていた。

 ちなみに楼の石彫は佳境を迎え、あと少しで完成しそうである。人型の石像だ。


「まあまあ二人とも。お茶にしませんか」


 友里がお盆にホットココアを載せて玄関ドアから出てきた。


「おお! いいですなあ!」


 言って(よし)(ひろ)はホットココアを一気飲み。


「どわちゃあっ‼」


 宇宙人がどす黒い液体を吐き出す様はなんともシュールだ。

 時刻は十一時半を回ろうとしている。


「佳宏さん、もしよかったらお昼を食べていかれませんか」

「いいねえ! あ、でも昼酒は勘弁ね友里(ゆり)ちゃん! このあと運転あるから」


 このオッサン図々しいにもほどがある。どこぞの女に匹敵、いやそれ以上だ。



 熱せられた生地から香ばしい香りが立ち込める。

 たこ焼き器の上で鮮やかな彩りの具材がくるくると回転していく様に、(ろう)は思わず生唾を飲み込んだ。


「たこ焼き楽しみだ! 友里ちゃんの焼くたこ焼きはおいしいんだよ! なあ楼?」

「まあ……」


 楼は一人で盛り上がるオッサンを半眼で眺めていた。


「本当に佳宏さんは食いしん坊なんだから!」

「そりゃあ友里ちゃんがたこ焼き焼くんだったら全人類食いしん坊になるって~!」

「もう……お上手ね!」

「はっはっはっ‼」


 一瞬楼は最悪の未来を想定してしまう。いま佳宏は独身。友里は未亡人。二人がくっつけば……佳宏が楼の父親に――


「いや――――ッ‼」


 突如金切り声を発した楼に食卓が静まり返る。


「……どした楼?」

「いやあ! いやあああああ! おじさん結婚、結婚しないでえ!」

「は? 結婚? したいけどできんなあ! ふはははは!」


 ――なにがふはははは、だ。

 そう思ったが、どうやらこの口ぶりは友里と結婚する気はないようだった。楼は額に浮かんだ冷や汗を拭う。


「楼。男たるものぎゃーぎゃー騒がずサイレントマジョリティになるんだ。それが男の美学だな! うるさい奴は嫌われるぞ」


 その言葉に楼は溜息(ためいき)()く。


「サイレントマジョリティくらいやってるよ。でもトロールで目立つのはいつも激しい主張ばかりだよ?」


 問いかけに、佳宏はにっと笑ってみせた。


「……なあ。サイレントマジョリティの対義語って知ってっか」

「え? そんなのあんの?」


 (ろう)は口を(つぐ)む。

 (よし)(ひろ)は優しいのか意地悪なのか解らない笑みを向けたまま人差し指を立てた。



「ノイジーマイノリティ」



 ――楼は目を見張った。

 よく解らないが、どこか()に落ちる響きだ。


「ただの『マイノリティ』とは訳が違う。あぁ、そうそう。ラウドマイノリティ、またはヴォーカルマイノリティとも言うな。――うるせえ少数派ってことだ」

「……しょ、少数派……あいつらが少数派?」


 楼には信じられなかった。

 ノイジーマイノリティは少数派。だが確かにマイノリティは少数派という意味だ。

 理解を超えた単語の登場に混乱していると。


「炎上なんかも少数派が寄ってたかってボコボコやってるだけだ。つまんねえことするよなあ」

「ええっ⁉」


 思わず立ち上がってしまった。楼の動揺に構うことなく佳宏は続ける。


「困ったことに奴らは自分たちが少数派だとは思っちゃいねえ。陰でどれだけ多くの人が眉をひそめているかに想像が及ばねえんだろうな」

「ちょ、ちょっと!」

「だから俺はトロールに否定的だ。あんなもんノイジーマイノリティの餌になるためにあるようなSNSだからな」


 気付けばテーブルの上に楼の分のたこ焼きが盛りつけられていた。不思議と友里(ゆり)は驚いていないようだ。友里はにっこり笑う。


「トロールが流行りだした頃。一度佳宏さんが聞かせてくれたね、その話。ノイジーマイノリティになるなって」


 友里はテーブルに皿を置きながら、


「楼? 熱いうちに食べなさい」

「…………あ、うん……」


 楼は放心しながら箸でたこ焼きを挟み、口に運ぶ。滅茶苦茶熱かった。

 ノイジーマイノリティに関連付けていえば、何かが炎上した時の炎上参加者は全インターネットユーザーの0.5%程度である。

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