第0話 遥か昔のクソリプ魔
1835年 江戸近郊
夕暮れの山のなかを二人の岡っ引きたちが駆けていた。
「盛助! 待ってくれ盛助!」
盛助と呼ばれた男が地面を蹴りながら振り向く。
「待たん! この非常事態に! 佳吉は鍛えかたが足りんのじゃ!」
山のなかに民家が見え始めた。薄暗さが二人の恐怖心を搔き立てる。
「あの村か?」
「ああ……恐らくはそうじゃ」
立ち止まった二人の目に映っているのは……。道行く人はおらず、水田は干からび、家々の壁から雑草が飛び出している寂れた村。荒れ放題という言葉がぴったり当てはまる。心なしか空気まで淀んでいた。
「た、たのもー」
佳吉が辺りを見回しながら呑気な声を上げる。
「親分たち! やっと来てくださったか!」
物陰から飛び出して来たのは無精髭を生やした四十代後半くらいに見える男。この村の住民だろうか。
「単刀直入に訊くが。この村で人が石像になっちまったってのは本当かい?」
男は泣きついてきた。
「本当だ! お、俺の、俺の可愛い一人娘が……! 誰に頼っていいかも解らず……親分たちを呼んじまって……すまねえ……!」
さっそく男の家に案内してもらう。家というよりもあばら屋だ。埃を手で払いながら薄闇のなか目を凝らす。――いた。
天に向かって手を突き上げ、苦しそうに顔を歪める二十代前後の女の石像。
「な、なんだってこんなことに……!」
佳吉の口から驚きの声が漏れる。
「おい旦那! なにかこの娘祟られるようなことはしなかったのか⁉」
盛助が男の肩を摑んで揺すった。男はぶんぶんとかぶりを振る。
「知らねえ……! あ……! 確か人様に恨みを込めた文を送ったとか――」
結局このとき犯人は捕まらなかった。だが、この犯人の子孫は今もなお現代で生き続けているはずである。