第8話 心の変化
「や、やめて!」
「君には悪いと思っているよ。でも仕方なかったんだ」
ケヴィンの腕から逃れようとしても、強く抱き寄せられて逃げられない。エディーナは怖くなってきて、必死で体を捩ると、余計にケヴィンは力を強くした。
「ケヴィン! やめて!!」
「おたわむれが過ぎますよ、旦那様」
背後で低い声がしたと思ったら、フィルがケヴィンの腕を掴んだ。エディーナをケヴィンから引き剥がし、背後に守るようにすると、ケヴィンを睨み付けた。
「な、なんだ、フィル……」
「お酒が過ぎたようですね。もうお休みになったらいかがですか?」
「……使用人風情が、私に意見するのか」
聞いたことがないすごむようなケヴィンの低い声に、エディーナはビクリと体を揺らすと、フィルの袖を掴んだ。
「エディは俺の妻です」
「押し付けられただけだろうが」
「だとしても、あなたが触れていい訳じゃない」
フィルの言葉にケヴィンは酷く顔を歪めたが、それ以上言い合うことはせず、足を踏み鳴らすようにその場を去って行った。
ケヴィンの姿が見えなくなると、やっと安堵したエディーナは弱く息を吐いた。
「大丈夫か、エディ」
「う、うん……」
「部屋に戻ろう」
まだ胸の動悸が治まらないエディーナは、コクコクと頷くとフィルと一緒に家に戻った。
「フィル、ありがとう……」
「いや……」
自分の部屋のベッドに座り、やっと落ち着いたエディーナがフィルに声を掛けると、フィルは床に膝を突いた。
「もう大丈夫か?」
「うん、落ち着いた」
「旦那様は随分酒に酔っていたみたいだな……」
(人はお酒を飲むと本性が出るというけれど、あれがケヴィンの本性なのかしら……)
今まで少しのお酒を一緒に飲むことはあっても、あれだけ酔った姿は見たことがなかった。だから驚いたし、少し怖いと感じた。
「エディ?」
「あ、ううん……。うちはお父様もあまり深酒をしないから、ちょっと驚いただけ」
「そうか……」
フィルは静かに頷くと、少しだけ考えてからまた口を開いた。
「旦那様はまだエディのこと、諦められていないのかもしれないな……」
「そんなこと……」
「エディは……、いや、なんでもない」
フィルは言葉を途切らせると、立ち上がりポンと頭に手を置く。
「疲れただろう? もう寝た方がいい」
「ええ、そうね……」
子供にするように優しく頭を撫でたフィルは、微かに笑ってそう言うと部屋を出て行った。
静かにドアが閉まり一人になったエディーナは、大きく息を吐いた。
(ケヴィンはまだ私を想ってくれているのかしら……)
ミレイユにどこか素っ気ないのも、そういうことだったのだろうか。けれどエディーナはそれが嬉しいと感じていない自分に気付いていた。
(それならなぜお姉様との婚約をあんなにあっさり受けたのよ……)
あのガーデンパーティーの日、両親やミレイユから何を言われたかは知らない。その時に、もし自分への気持ちがしっかりとあるのなら、断ってくれればよかったのだ。そうすればこんなおかしな状況になどならなかったのに。
ケヴィンに抱き寄せられた時、嬉しさなんて微塵も感じなかった。一瞬で嫌悪感が身体に広がって、反射的に拒否していた。
(私は……、私はもう……ケヴィンのこと……)
一緒に住めて嬉しいかと問われて、なんて酷いことを言うんだろうと思った。
そこに誠実さの欠片もないように感じた。
「フィルがいてくれて良かった……」
あの時、助けてくれなければ、どうなっていたか分からない。
舞踏会でも気に掛けてくれて嬉しかった。
エディーナはフィルの笑顔を思い出すと、笑みを浮かべた。嫌な気持ちが薄れていって、心が軽くなってくる。
「もう寝よう……」
エディーナは溜め息混じりに呟き立ち上がると、のろのろと着替えを済ませベッドに入った。