第7話 舞踏会の夜
数日後、舞踏会があり、エディーナはいつも通りミレイユのサポートのために共に出席することになった。ケヴィンがいれば自分は必要ないんじゃないかと言ってみたが、ケヴィンに世話をさせるなんてとんでもないと、ミレイユに却下された。
舞踏会の会場に到着すると、ミレイユは久しぶりに杖を突いて馬車から降りた。ケヴィンが右手を支え寄り添って歩く姿は、とても仲睦まじい様子で、その後ろ姿を見たエディーナは小さく溜め息を吐いた。
二人から数歩離れて会場に入ると、ミレイユはあっという間に友人たちに囲まれた。
「婚約おめでとう、ミレイユ!」
「公爵と並ぶとお似合いだわ。なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
「もう公爵家にいるんですって? 結婚式はいつなの?」
「今度、屋敷に遊びに行くわね」
矢継ぎ早に言葉を掛けられて、ミレイユは嬉しそうに答えている。
ケヴィンも穏やかな顔で女性たちの言葉に答えていて、しばらくはそんな時間が続いた。ほどなくして音楽が聞こえてくると、ケヴィンがミレイユをダンスに誘った。ミレイユが笑顔で頷くのを見て、エディーナはとても驚いた。
(ダンスなんてずっと避けてきたのに……)
ミレイユは上手く踊れないところを見られたくないと、今まで舞踏会に出ても決して踊ることはなかった。即答したところを見ると、きっとよほどうれしかったのだろう。
ミレイユの杖をフィルが受け取ると、二人はゆっくりと踊りだす。ケヴィンが身体をしっかりと支え、まるで抱き締めるように二人は踊る。その姿を見ていられず、エディーナは人混みからそっと離れると、バルコニーに出た。
(やっぱりまだ辛いな……)
もう平気かと思ったけれど、二人が仲良くしている姿を見続けることはできなかった。ケヴィンのあんなに優しそうな笑顔が、ミレイユに向けられていると思うと、胸がギュッと締め付けられる気がした。
もしかしたら自分があんな風に、ケヴィンと踊っていたかもしれない。周囲に祝福されて、世界で一番幸せなのは自分だと、幸せに浸っていたかもしれない。
これから毎回舞踏会でこんな気持ちにならないといけないのかと思うと、ただただ気持ちは沈んでいった。
「エディ」
ふと名前を呼ばれて振り返ると、フィルがグラスを差し出した。
「飲むかい?」
「ありがとう……」
フィルはいつものシャツとズボンというラフな格好ではなく、貴公子よりも少し地味だが、美しい仕立ての服を着ている。青いビロードの服は、黒髪にとてもよく似合っている。
エディーナはグラスを受け取ると、ほんの少しだけお酒を飲んだ。
「美味しい……」
「大丈夫か?」
フィルの言葉に顔を上げる。心配そうな表情にエディーナは苦笑して頷いた。
「こんなことでいちいち傷付いていたら、これから大変よね」
「エディ……」
フィルはきっと自分とケヴィンの関係を知っているだろう。従者なのだから当たり前だ。それでも口に出さず、こうして労わってくれることで少しは救われる気がした。
「お姉様がダンスしているところ、久しぶりに見たわ」
「足はそれほど悪くないんだな」
「ええ。お医者様は毎日訓練すれば、その内普通に歩けるようになると言っていたわ」
「じゃあ、君のサポートも必要なくなるじゃないか」
「うん……。でも、お姉様は訓練はあまりしたくないようで……」
昔はよく歩く練習をしようと誘った。けれどミレイユは絶対に訓練をしてくれなかった。その内怒りだしてしまい、その後の癇癪が酷くなるので、いつしかエディーナも誘うのを止めてしまった。
「エディはダンスは得意かい?」
「え? まぁ、そうね。得意ではないかもしれないけど、ダンスは好きよ」
「なら……」
そう言ってフィルが右手を差し出した。
「こんなところで悪いけど、俺は中では踊れないから」
「フィル、踊れるの?」
「あまり踊ったことがないから、下手だと思うけど」
エディーナは少し驚くと、グラスをテーブルに置いてフィルに向き合う。
「足は踏まないでね」
笑顔で言ったエディーナに、フィルも笑って頷くと、そっと手を握った。
フィルは控えめな様子で腰を引き寄せ踊りだす。フィルは下手だと言ったけれど、ステップにまったく迷いがない。優しく、でもしっかりとリードして踊ってくれている。
「全然下手じゃないわよ」
「そうかい? ちょっと教わった程度なんだけど……」
「お義母様に教わったの?」
「まぁ、うん……。いつかそういう時があるかもしれないからと……」
フィルを見ていて分かったことだが、ノアはとても厳しくフィルを育てたのだろう。読み書きもそうだが、振る舞いや言動、それにこういう教養まで、とてもしっかり教えている。
使用人の中には字さえ読めない者が多い中で、フィルは驚くほど勉強していた。
「じゃあ、役に立ったわね」
「そうだな……。エディが、少し元気になって良かった」
「あ……、心配してくれたのね」
仕事で忙しい最中、自分のことを気に掛けてくれたことが嬉しい。
エディーナはさっきまで感じていた鬱々とした気持ちが和らいでいくのが分かった。
会場から漏れ聞こえる音楽に合わせて踊りながら、二人は目を合わせて微笑む。
そうして1曲が終わると、フィルがそっと手を離した。恭しく頭を下げて挨拶をするフィルに、エディーナはクスクスと笑いを漏らした。
「素敵なダンスだったわ」
「それは良かった」
「そろそろ中に戻りましょう」
「ああ」
室内に戻ると、ちょうどミレイユとケヴィンが踊りの輪から抜けてくるところだった。
フィルから杖を受け取ったミレイユは、上気した頬でエディーナに笑い掛ける。
「少し疲れたわ。飲み物を持ってきて」
「分かったわ、お姉様。あちらの長椅子に座っていて」
楽しそうではあるが、疲れている様子もあってエディーナがそう言うと、ミレイユは素直に頷く。
そうしてその日は、家に戻るまでミレイユの機嫌が悪くなることもなく、満足した顔をしてベッドに入った。
疲れた足をさすってあげていたエディーナは、あっという間に寝てくれたことにホッとして部屋を出る。時間はもう深夜2時を回っている。自分ももう寝ようと廊下を歩いていると、ソファに座ってお酒を飲んでいるケヴィンがいた。
そのまま無視して前を通り過ぎるのもどうかと思い、エディーナは足を止めた。
「まだ起きていたの?」
「ああ、エディか……」
「お姉様はもう寝たわ。今日はとても疲れたんでしょうね。ベッドに入ったらあっという間に眠ったわ」
「そうか……」
ケヴィンは気のない返事をすると、グラスを傾け中身をすべて飲み干す。手元のランプのみの少し薄暗い中でケヴィンの表情はよく見えない。
「そんな恰好をしていると、二人で会っていた頃を思い出すな……」
「え……?」
ケヴィンの言葉にエディーナは戸惑った声を漏らす。確かにケヴィンと会っている時は、伯爵令嬢らしいドレスをいつも着ていた。けれどエディーナの普段着は、使用人とまではいかなくても、質素な服ばかりだ。この家の中でケヴィンにその姿を見られるのは、最初は少し抵抗感があった。
「エディはいつも控えめだけど、可憐な小さな花みたいな可愛さがあったよ」
エディーナはケヴィンの優しい言葉に俯いた。
(今更そんなこと言わないでよ……)
以前だったら素直に嬉しく思っただろうけれど、今はただ空しさだけが胸に広がる。
エディーナはもう自分の部屋に戻ろうと顔を上げると、目の前にケヴィンがいて驚いた。
「ケ、ケヴィン……」
「君と二人で踊りたかったよ」
「な、なに……?」
「考えていた形とは違うけれど、結局一緒に暮らせるようになって、君も嬉しいだろう?」
ケヴィンはそう言うと、エディーナの手を握り、強引に引き寄せる。
腰に手が回り、ケヴィンの顔が間近になると、エディーナは背筋がぞっとするのを感じた。