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第4話 フィル

「あら、素敵な人じゃない。良かったわね、エディ」


 馬車から降ろした車いすに座りながら、ミレイユが気軽に言ってくる。


「ミレイユ、君の部屋は移動が大変だろうから1階に作ったよ。君が気に入るといいけど……」

「まぁ、ホント? 早く見たいわ。案内して?」


 ミレイユの車イスをケヴィンが押すと玄関ホールに入って行く。その後ろに付いてエディーナも室内に入ると、広いホールに目を見開いた。


「すごい……」


 思わず声が漏れるほど公爵家の屋敷は素晴らしいものだった。目の前には大階段があり、吹き抜けの高い天井までをさまざまな絵画が埋め尽くしている。柱も手摺りも、何もかもが金で装飾されており、歴史ある建物の重厚な造りは、招かれた人すべてを圧倒させる美しさだった。

 

「ちょっと装飾が古臭くない?」

「それは……、しょうがないさ。この屋敷は昔王家が使っていた離宮だったんだ。かれこれ100年は経っているだろうし、新しく建てた建物と比べることはできないよ」

「ふぅん……」


 ミレイユはつまらなそうに相槌を打つと、周囲をキョロキョロと見回す。そうして廊下を進み、奥まった部屋の前でケヴィンが足を止めた。


「ここがミレイユの部屋だよ」


 フィルがドアを開け室内に入ると、天蓋付きのベッドが目に飛び込んできた。広い部屋にはベッドの他にもソファセットや、テーブル、本棚などがあって、どれも美しい装飾がされている。


「どうだい? 気に入ったかい?」

「そうね。いいんじゃないかしら」


 ミレイユが満足げに笑顔で頷く。エディーナはいつもの癖で、ミレイユが車いすで動きやすいかを見て回った。杖を突けば歩けなくもないが、ミレイユはあまり杖が好きではない。屋敷の中も常に車いすで移動したがるので、そのための動線は確認しておく必要がある。

 この部屋はとても広いので家具が邪魔で動けないなどということはないが、それでもテーブルの位置などを少し移動させておく必要を感じた。


「エディ、私のことはいいから、少しその人と話してきなさい」

「え……、でも……」

「私もケヴィンと二人で話したいから、ね?」


 ミレイユにそう言われても、どうしたらいいか分からず立ち尽くしてしまう。するとケヴィンがフィルに視線を向けた。


「フィル、エディに屋敷を案内しろ」

「分かりました。エディーナ様、どうぞこちらへ」


 フィルに声を掛けられたエディーナは、仕方なく部屋を出た。


「あの……」

「この屋敷は三棟に分かれていますので、まずはこの母屋をご案内します。付いてきて下さい」

「は、はい……」


 口を挟む隙もなくフィルはそう言うと歩きだした。エディーナは屋敷を見るよりも、目の前を歩く背の高いフィルの後ろ姿ばかりを見つめた。


(何歳くらいかしら……。ケヴィンよりも年上に見えるけど……)


 肩より少し長い黒髪を紐で括っている。広い背中に、すらりとした長い足。姿勢が良いからか、シャツにズボンというラフな格好だがどこか品の良さを感じる。

 フィルは各部屋を回り淡々と説明をしていく。エディーナは何を話していいかも分からず、とりあえず無言で後を付いて行くしかなかった。


「エディーナ様、少しよろしいでしょうか」

「え? あ、はい!」


 突然、振り返ったフィルに驚き、エディーナは慌てて返事をする。フィルは少しだけ躊躇したように口を閉じたが、すぐに話しだした。


「俺はついこの間、旦那様から結婚しろと言われたのですが、これはエディーナ様も承知されていることなのでしょうか」

「それは……」

「エディーナ様は伯爵令嬢なのに、なぜ使用人の俺なんかと……」


(それは私が聞きたいことよ……)


 伯爵家の娘が使用人と結婚すれば、悪い噂にもなるだろう。結婚を強要するのであっても、普通ならば貴族の男性だ。ミレイユがどれほど大切な存在だったとしても、自分たちの家名を貶めてまでやることだろうか。


「私は……、両親の命令には逆らえないわ。お姉様の世話をするためには、こうするのが一番いいと両親が判断したんだと思う」

「ミレイユ様のお世話?」

「ええ……。両親はメイドを信用していないの。子供の頃に怪我をしたのはメイドのせいだって……。だからずっと私がお姉様の世話をしてきた。……そして、これからもずっと世話をしていくのが私の務めなんだって……」

「そんな馬鹿な……」


 フィルが驚いた声を出して顔を顰めた。

 今まで自分の境遇を誰かに話したことはなかった。舞踏会で知り合いに一度だけ話したことはあったが、『姉の世話をする優しい妹』という感想しかもらえなかった。だからフィルが同情的な目を向けてくれたことが嬉しかった。


「ミレイユ様のお世話のために、妹のあなたが犠牲になったのですか?」

「犠牲……」


 重い言葉にエディーナは俯いた。今まで自分が行ってきたすべては『献身』だと自分に言い聞かせてきた。妹なのだから、手足が不自由な姉の世話をするのは当たり前。自分はそのために生まれてきたのだと両親は言った。けれどこれは『犠牲』なのだろうか。


「あ、すみません……」

「いいえ……。そう言ってくれる人が今までいなかったから、なんだかちょっと……」


 エディーナが言葉を濁すと、フィルは外へ向かう扉を開けた。


「庭と、それから俺の住まいを案内します。どうぞこちらへ」

「はい……」


 穏やかに言われて、エディーナは少しだけ緊張が解れている自分に気付いた。

 広い庭はよく手入れされていて、美しい花が咲き乱れている。奥には森のようにも見える木立があり、遠く噴水が見えた。


「綺麗な庭……」

「先代の奥様が花がお好きな方で、たくさん植えられたんです」


 エディーナは一度深呼吸をすると、両手を握り締めた。


「……フィル」

「はい」


 振り返るフィルの顔を初めて真っ直ぐ見つめた。深いサファイアの瞳を見上げて、眉を歪める。


「あなたは嫌じゃない?」

「俺は……、あまりにも恐れ多いというか……。貴族のご令嬢とまさか結婚するとは思わず……」

「ごめんなさい……。私ではどうにもできないの……」


 何の関係もないフィルを巻き込んでしまったことを謝ると、フィルは慌てたように手を振った。


「いや、エディーナ様のせいでは……」

「私のせいよ……」


 小さな声でそう言ったエディーナに、フィルは少し考えてから手を差し伸べた。


「顔を上げて下さい、エディーナ様。きっと今だけです。その内、そちらのご両親も気が変わって帰ってこいと言うはずです」

「そうかしら……」

「ですから形だけ、夫婦になりましょう」

「形だけ……」


 両親の気が変わることなどないようにも思うが、それでもフィルの提案はありがたかった。


「分かったわ……。じゃあ、形だけ、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします、エディーナ様」


 丁寧に頭を下げるフィルに、エディーナはクスッと笑う。


「私のことはエディって呼んで?」

「で、ですが、それは……」

「夫婦なのに、妻のことを『様』って、おかしいでしょ?」

「それはそうですが……」

「堅苦しいから、敬語もやめましょ」


 ためらいを見せるフィルの姿に、とても謙虚で誠実な人柄を感じる。


(ホントに良い人そう……)


 これからどのくらいの時間一緒にいるかは分からない。けれどフィルとなら上手くやっていけそうな気がして、エディーナはホッとした。


「じゃ、じゃあ、エディ……。俺の住まいに案内する、よ」

「ええ、フィル」


 フィルのぎこちない言葉に、エディーナは小さく笑うと頷いた。

 それから使用人たちが使っている建物の先に行くと、小さな2階建ての家があった。


「あれが俺の住んでいるところ」

「あそこに住んでいるの?」

「ああ。俺の母もいる」

「お義母様?」


 使用人が屋敷の敷地内に住まいをもらうなんて、あまり聞いたことがない。ましてや母親まで一緒になんて、とても待遇が良い。

 エディーナが驚いていると、フィルは苦笑して説明してくれた。


「俺を雇ってくれたのは先代なんだけど、病気の母のために住む場所を提供してくれたんだ」

「お義母様、ご病気なの?」

「うん……。先代にはとても感謝してる。俺たち親子を受け入れてくれて……」


(なんだかフィルにも事情がありそうね……)


 エディーナはそう思ったが、それ以上聞くことはしなかった。


「先代の公爵は優しい方だったのね」

「ああ……、とても優しい方だった……」


 フィルはそう言うと、玄関のドアを開けた。

 中はとても狭かったが、整理整頓されとても綺麗にしている。小さなキッチンと居間があり、その奥に部屋があった。


「母さん、入るよ」


 フィルがドアをノックして声を掛けると、落ち着いた女性の声で応答があった。

 エディーナは少しだけ緊張して部屋の中に入ると、年配の女性がベッドで横になっていた。


「母さん、話してあったエディーナ・ユゴーさんが挨拶に来たよ」

「初めまして、お義母様……」


 ベッドのそばに寄り、腰を落として挨拶をする。


「初めまして。……ノアと申します」


 そう言ってゆっくりと起き上がると、ノアは軽く頭を下げた。

 ノアはフィルとそっくりの黒髪が美しい女性だった。頬に影を落とすほど長い睫毛が、水色の瞳にかかってどこか憂いを感じさせる。痩せた身体が儚げだが、それさえも美しさに変えているように感じた。


(綺麗な人……)


 目の形がフィルによく似ていると、ついその目を見ていると、ノアは浅く溜め息を吐いた。


「伯爵令嬢がお嫁になるというから、どんな子が来るかと思っていたけど……」

「母さん……」

「あなたにフィルの妻は務まらないわ」

「え……」


 ノアはぽそりとそう言うと、またゆっくりとベッドに横になってしまう。

 フィルに促されて部屋を出ると、フィルが頭を下げた。


「ごめん、母があんなこと言うなんて……」

「……いいの。突然の話だもの。お義母様だって納得していないんだと思うわ」

「母にはちゃんと説明しておくから」

「うん……」


 ノアに言われた言葉に少なからず傷付いたエディーナだったが、それは顔には出さず笑顔で頷いた。


「えっと、エディの部屋は2階に作った。狭くて本当に申し訳ないけど……」


 狭い階段を上がると、二部屋あって奥の部屋に通された。中には小さなベッドとテーブル、イス、クローゼットが置かれていて、もうそれで部屋はいっぱいだった。

 部屋はとても狭かったけれど、ベッドには洗い立てのシーツが敷かれ、家具もカーテンもとても綺麗に掃除されていて埃ひとつない。


(きっと一生懸命掃除してくれたのよね……)


 丸テーブルに置かれた小さな花瓶には、可愛いらしい白い花が飾ってある。

 それを見てエディーナは微笑んだ。


「やっぱり旦那様にお願いして、母屋に部屋を用意してもらった方が」

「ここでいいわ」


 エディーナが言葉を遮ると、フィルが驚いた顔をした。


「でも……」

「ここに住むわ」


 フィルのせっかくの優しさを無下にしたくない。そんな気持ちが湧き上がって、自然に返事をしていた。

 エディーナの言葉に、フィルは優しく微笑むと「分かった」と頷いた。

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