第31話 城に戻ると
城に戻ると待っていたノアがエディーナに駆け寄り抱き締めた。
「良かった! 無事だったのね。怪我は?」
「大丈夫です。フィルが助けてくれました」
「あなたが城から連れて行かれた後、伯爵家が火事だと知らされて心配していたのよ」
「そうだったのですか……」
「フィルが間に合って良かったわ……」
もう一度ノアに優しく抱き締められて、エディーナはホッと息を吐いた。
「エイムズ公爵の屋敷も火事だと知らせが来たの」
「ケヴィンの家が!? どうして!?」
「どうやらエシレーンに関わった者たちすべてが狙われたようね……」
「ケヴィンは? 屋敷の人たちは助かったんですか!?」
「分からない……。今、兵士たちが消火活動をしているらしいわ」
「そんな……」
まだよく状況が飲み込めないエディーナは、よろりとよろめくとその場に座り込んでしまう。
「疲れたわよね。着替えて少し休むといいわ」
「はい、お義母様……」
フィルは城に戻ってくると、イザークたちと話すために会議室に行ってしまった。
詳しいことは話し合いが終わるまでは分からないだろうと、エディーナはノアの言う通り、少し休むことにした。
自室で夜着に着替えてベッドに入ると、ずっと持っていたノクスと簪を見下ろす。
「ノクス、説明して? あなたは誰なの? あなたは本当に意思を持って私と話しているの?」
『エディ……』
「フィルはあなたのこと知ってるの?」
不思議なことがたくさんあった。ノクスの存在もそうだが、母の形見の簪も疑問だった。
なぜフィルはこれを手に握らせたのだろうか。
『エディ、少し眠りなよ。すごく疲れただろ?』
「教えて! 色んなことが不思議なの。私の知らないことを、なぜフィルは知っているの?」
『……分かった。フィルが来たら話すよ。だから今は眠りな』
「本当ね?」
『うん。約束する』
「分かったわ……」
どっと疲れが押し寄せてきたエディーナは、仕方なく頷くと横になった。
枕元にノクスと簪を置くと、ゆっくりと目を閉じる。
(お父様、お母様、お姉様……)
まだ3人が死んでしまったなんて信じられない。もしかしたら火事から逃れて助かっているかもしれない。
目覚めたらフィルが「皆、無事だったよ」と言ってくれることを祈りながら、エディーナは眠りに落ちた。
◇◇◇
目が覚めるとすっかり朝になっていて、メイドが部屋に食事を運んでくれた。
あまり食欲もなく、少しだけフルーツを食べると、ノアの部屋に向かった。
「おはようございます、お義母様」
「おはよう、エディーナ。よく眠れた?」
「はい。フィルは?」
「書斎にいるわ。私たちも行きましょう」
ノアと二人で書斎に行くと、フィル以外にも、イザークや昨日会ったマリウスたちも集まっていた。
「おはようございます、皆様」
「マリウス!? まさかマリウスなの!?」
共に部屋に入ったノアが突然声を上げた。
マリウスはノアの声に顔を上げると、その場に膝を突く。
「王妃様、お久しぶりにございます」
「なんてことなの……、あなたが生きているなんて……」
ノアは涙を流すと、マリウスの手を取った。
「我等が不甲斐ないばかりに、陛下も王太子殿下もお守りできず……」
「それはもう言わないで。過ぎたことです。わたくしは聖騎士のあなたが生きていてくれただけで十分嬉しいわ」
「王妃様……」
ノアの言葉に、マリウスは感極まったように頭を深く下げた。
「母上、こちらにお座り下さい。エディも話を聞いてくれ」
フィルに呼ばれてノアとソファに座ると、イザークが全員を見渡してから口を開いた。
「昨日、ユゴー伯爵邸とエイムズ公爵邸が全焼した。残念だが家人は大多数が焼死した。どちらの家も使用人が数人生き残っており、今事情を聞いている」
「あの……、私の家族は……」
「残念だが、君の家族も、エイムズ公爵も亡くなっていた」
「そう……ですか……っ……」
はっきりと告げられると、エディーナは唇を噛み締めた。
泣いてはいけないと我慢するけれど、涙が勝手に溢れてしまう。
「エディ……」
「ごめんなさい……、私……」
フィルが優しく肩に手を置き名前を呼ぶ。
もう皆には会えないのだと、そう思うと悲しくて胸が痛くてたまらない。それでもどこかで覚悟していたのか、それほど動揺せずに受け止めることができた。
指先で涙を拭うと顔を上げる。
「……お話を続けて下さい」
「分かった。放火の犯人は独立反対派の一味だ。今捕まえた者たちの事情聴取をしているが、エシレーンの独立を阻止するために、ラディウス王子を亡き者にしようとしていたらしい」
「カルドナの者ということですね」
「ああ。今回のことは我が国の失態だ。奴らの企みは把握しているつもりだったが、まさかここまで強硬手段に出るとは……。これ以上の被害が出ないように、ミランの国王と話して、城下町には兵士を多く出してもらっている」
イザークは悔しそうな表情をして言うと、ノアが右手を上げた。
「少しいいかしら?」
「どうぞ」
「それだけ危険因子があるのなら、我々の帰国は危険なのでは? そちらが落ち着くまで待った方が良いのではないかしら」
ノアの意見にイザークは眉間に皺を寄せ小さく頷く。
「王妃様のご意見は重々承知しております。それでも、帰国してもらいたい」
「なぜ?」
「カルドナの内乱は小国の独立さえ叶えば、徐々に治まってくると父上は踏んでいます。内乱が治まれば反乱分子も黙らざるを得ないでしょう。もちろん今回の件の首謀者たちは捕まえますが、このまま時間が経てば経つほど反乱分子のやる事が過激になっていくことを父上は憂慮しています」
「カルドナのためか……」
フィルが憎々しげに呟くと、マリウスが口を開いた。
「王妃様、殿下、カルドナの思惑がどうであれ、これは我等に与えられた最後のチャンスです。国に残してきた同志たちと共に、我等が必ずお二人をお守り致します。どうか、エシレーンにお戻り下さい」
「マリウス……」
「マリウス。あなたはイザーク殿のことを信じているのね」
ノアの言葉に、マリウスは真剣な顔で頷く。
「私も最初は懐疑的でしたが、長いこと話し合い、イザーク殿下、そしてカルドナの皇帝は信じるに足る人物だと判断しました」
「マリウスたちには聖女の捜索をお願いしていたんです。聖女の顔を知っているのはエシレーンの者たちだけですので」
「そうだわ。フォルトゥナは? フォルトゥナは見つかったの!?」
マリウスは表情を曇らせると、弱く首を振った。
「フォルトゥナは……、残念ながらもう亡くなっていました……」
「そんな……」
「18年前、ミランに亡命してから小さな教会に身を寄せていたのですが、2年も経たない内に亡くなったそうです」
「そうか……、聖女は亡くなっていたか……。王妃と王子が生きていたから聖女もどこかで生きていると思っていたが、残念だ……」
「ですが、フォルトゥナは娘を残していてくれました」
「娘!?」
マリウスの言葉に全員が驚いた。
「こちらに来てすぐに出産したようです」
「その娘はどこに!?」
フィルが前のめりに訊ねると、マリウスはゆっくりとエディーナに顔を向けた。
「もう、ここにおります」
「え……?」
目を細めて穏やかに微笑んだマリウスの言葉に、全員がエディーナを見つめる。
「まさか……、エディーナが!?」
「はい。エディーナは聖女フォルトゥナの娘です」
エディーナは何を言っているのかよく分からず、ただ呆然とマリウスを見つめ返した。




