第30話 戦闘
エディーナはまったく状況が飲み込めないまま、頭を抱えて蹲った。
「ノクス! エディを守れ!!」
『分かってるよ!!』
フィルがまたノクスに向かって話し掛ける。
(え? え? ノクスとフィルが話してる!?)
そんなはずはない。ノクスは自分が作り上げた妄想の話し相手なのだ。ノクスがただの人形なのは自分だって分かっている。なのに今、フィルはノクスをまるでそこに本当にいるように話し掛けている。
エディーナが困惑する中、男二人がエディーナに切り掛かる。
「キャア!!」
二人同時に剣を振り下ろされ、エディーナは叫び声を上げたが、ガンッと何かにぶつかるような音が耳のそばで聞こえると、男たちは吹き飛んだ。
「え?」
『エディ! 頭を上げないで!』
「ノクス!?」
フィルと戦っていた男たちが、地面に倒れ込んだ仲間を見て顔色を変える。
「魔法使いか!?」
「くそ! 聞いていないぞ!!」
焦りを見せる男たちにフィルが切り掛かる。一人、二人と倒し、残りはあと二人となった。
「お前たち、何者だ!?」
フィルが問い掛けるが、男たちは答える訳もなくまた剣を振り上げた。
残った二人は相当剣の腕が立つのか、フィルは防戦一方で、見つめるしかできないエディーナはハラハラとした気持ちで両手を握り締めた。
「ノクス! フィルを助けて!!」
誰でもいいからフィルを助けてほしいとエディーナが叫んだ瞬間、風を切るような音がすると、男の胸に矢が突き刺さった。
「ラディウス!!」
「イザーク殿下!!」
イザークと共に駆け付けた兵士のような者たちが、あっという間に男二人を取り囲む。
「剣を捨てよ!!」
「……皇太子ともあろう者が、なぜ帝国の利益をむざむざ損なうようなことをする!」
「お前たちこそ、なぜ平和をなそうとする父上のお考えを否定するのだ!!」
「帝国はもっと強くなる! 周辺国家を滅ぼし、大陸を統一することだって夢ではない!!」
「愚かなことを……。これ以上の争いなど誰も望んでいない」
「……我々はやはりどこまでいっても分かり合えないようだ」
そう男が言った途端、フィルに向かって切り掛かった。けれどフィルの前に兵士がサッと割り込むと、一瞬で男を切り捨てた。
もう一人の男は観念したのか、剣を落とすとガクッと地面に膝を突いた。
「お怪我はありませんか? 殿下」
「ああ……」
フィルに話し掛けた兵士は、カルドナの兵士とは少し違う格好で、武人らしいがっちりとした体躯をしている。
フィルが頷くと、その人はエディーナに近付き、膝を突いた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
手を差し出してくれるので、エディーナはその手を握りゆっくり立ち上がる。
「怪我は?」
「大丈夫です……。あの、ありがとうございます」
「いや……。間に合って良かった」
茶色の髪に黒い瞳の兵士は、じっとエディーナを見つめて首を振る。父と同年代くらいだが、武人だからか随分印象が違う。剣を持つ分厚い手のひらは温かくて、大きな体は強さと安心感を与えてくれるようだった。
「ラディウス、君はなぜここに?」
「俺は城からエディが連れて行かれたと知らせが来て……」
「そうだったのか。まさかこんなことになるとはな……」
イザークは大きな溜め息を吐くと、倒れた男たちに目をやる。
「この者たちは何者なのですか?」
「……こいつらは、エシレーンや小国が独立するのを反対している勢力の一味だ」
「反対勢力?」
「ああ。不穏な動きがあると察知はしていたが、こんなことをするとは……」
「まさかこの火事も?」
「関係者を全員殺すつもりだったのか……」
エディーナはイザークの視線を追って屋敷を見上げる。
屋敷はもはや火に包まれ、中に入ることは無理だろう。
「お父様たちは……?」
「すまない。他の者は助けられなかった」
「そんな……」
エディーナは愕然として燃え上がる屋敷を見上げる。
涙が溢れてみるみる内に視界が歪む。何度頬を拭っても涙は零れて止まらなかった。
「マリウス、消火を頼めるか」
「分かりました」
「マリウス? まさか聖騎士の、マリウスか?」
フィルの言葉に、エディーナの目の前にいた兵士―マリウス―はふわりと笑う。
マリウスはフィルの前に行くと、ゆっくりと膝を突き頭を下げた。
「覚えていて下さって光栄です、ラディウス殿下。マリウス・セラノでございます」
「生きていたのか……」
「殿下をお迎えに上がりました。共にエシレーンへ帰りましょう」
「マリウス……」
それまでずっと冷静でいたフィルの表情が崩れた。肩を震わせて口元を手で覆う。
「よく……よく生きていてくれた……っ……」
「殿下……」
嗚咽を堪えて小さな声でフィルが言うと、マリウスも目を潤ませて首を振った。
「殿下こそ、よくぞ生きていて下さいました。殿下が生きていると知れば、エシレーンの民はどれほど勇気付けられるか」
フィルはうんうんと頷くと、顔から手を離しマリウスの肩に手を置いた。
「帰ろう、皆で」
力強く言ったフィルの言葉に、マリウスたちは感極まった表情で大きく頷いた。
明日、最終回まで投稿します!




