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第27話 迎え

 その日の夜、ベッドに入ったエディーナは、ノクスを枕元に置き大きな溜め息を吐いた。


「私、全然だめね……」

『どうして?』

「だって、皆の話、全然分からない。難しい政治の話なんて理解できないわ」

『これから学んでいけばいいじゃないか』

「自信ない……」


 枕を抱き締めて暗く呟く。二人が望んでくれて、自分も行きたいと望んでここに来たけれど、もう心が折れそうだ。

 ノアが気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、それ以上に何も分からない自分が恥ずかしいし、申し訳なく思ってしまう。本当に王妃に相応しい人なら、あの場で黙り込むことなどないだろう。


「私にできること、何もないのかな……」

『できること?』

「うん。何か一つでも、二人のためになることがあれば……」


 ただいるだけなら、いないのと同じような気がする。

 少しでも役に立つことができれば、胸を張ってフィルの隣に立てるのに。


『エディは、エディのやれることがあるはずだよ』

「ホント? ホントにそう思う?」

『うん。きっとお母さんが導いてくれるよ』

「お母さん? 本当のお母様のこと?」

『……うん……』


 ノクスの言葉にエディーナは少しだけ心が軽くなる。けれどエディーナはまた顔を曇らせた。


(こういうこともやめた方がいいのかな……)


 ノクスに話し掛けるのは小さな頃からの癖だ。話し相手がいなかったから、自分で作った人形に話し掛けていた。

 誰かに慰めてもらいたかったり、優しくされたかったから、それをノクスに全部やらせていた。ノクスだけは自分の味方だし、絶対傷つけない、そういう相手を自分で作ったのだ。

 でもこれが子供のような行為だということは分かっている。人形をいつも持ち歩いて、それを心の拠り所にしているのは、心が成長していない証拠のように思える。


(いつまでもこんなんじゃだめよね……)


 エディーナは溜め息を吐くと、ノクスを持ってベッドを降りる。クローゼットにしまおうと扉を開けるが、その手は動かず止まってしまった。


(ノクス……)


 少しの時間そのままの体勢でいたエディーナは、結局扉を閉めると、またノクスを枕元に置いてベッドに入った。


「もう少しだけ、私を支えてね、ノクス……」

『もちろんだよ、エディ』


 優しい声が返ってきて、エディーナは苦笑すると、ゆっくり目を閉じた。



◇◇◇



 朝になって3人で食事をしていると、フィルは早めに食事を切り上げ席を立った。


「これから皇太子と合流しようと思う」

「皇太子様と?」

「ああ。聖女のことも気になるし、城で待っていられない」

「わ、私も行きたい!」


 思わずエディーナは声を上げていた。フィルはエディーナを驚いた顔で見つめると、笑顔で首を振る。


「エディは城で待っていてくれ」

「そうよ、エディーナ」

「は、はい……、ごめんなさい……」


 二人に優しく諭されて、エディーナは真っ赤になって下を向いた。


(私が一緒に行ったって、邪魔になるだけじゃない……)


 何かしたいという気持ちが先走ってしまって思わず言った言葉だったけれど、自分の浅はかさに恥ずかしくなる。


「用心するのよ、フィル」

「はい、母上」

「……行ってらっしゃい」

「うん、行ってくる」


 二人にそれぞれ返事をしたフィルはそのまま食堂を出て行った。


「大丈夫でしょうか……」

「殺されてしまうようなことはないでしょうから、大丈夫よ」

「そう、なのですか?」

「カルドナが私たちを殺そうとするなら、公爵家にいると分かった時点で殺しているはずだわ。何か企みがあるのだとしても、それは私たちを生かしていないと成立しないものでしょう。だから当面は命の危険はないわ」


 ノアの言葉にエディーナは感心して頷く。

 それから食事を終わらせたエディーナは、部屋に戻るとこれから自分は何をすべきかを考え続けた。

 そうして昼前になってドアが突然開くと、驚いたことに父が入ってきた。


「お父様!?」


 父は険しい表情で近付いてくると、エディーナの腕を強く掴んだ。


「帰るぞ! エディーナ!」

「え!?」


 父と一緒に入ってきた使用人の男性もエディーナの腕を掴む。両腕を捕まえられて無理矢理立たせられたエディーナは、父を見上げた。


「どういうことですか!?」

「家に帰るんだ!」

「や……、嫌です!!」


 ぐいぐいと引っ張られて徐々にドアに近付いていってしまう。突然のことに困惑しながらも、エディーナが拒否すると、父は目を吊り上げてエディーナを睨み付けた。


「うるさい! 私に逆らうんじゃない!」

「お父様!!」


 足を突っぱって抵抗すると、父は突然エディーナの頬を打った。

 痛みと驚きで頭が真っ白になったエディーナに、父は厳しい声で言った。


「お前は自分だけ幸せになればいいのか!? なぜそんな自分勝手なんだ!! そんな娘に育てた覚えはないぞ!!」

「……っ……」


 打たれた頬がジンジンする。父の激昂に恐怖を感じて声が出ない。

 また腕を掴まれ引っ張られると、廊下に出された。


(いや……、帰りたくない……)


 そう思っているのに、拒否できない。口も手足も自分の意思に反して、父に従ってしまっている。

 もつれる足を動かしてそのまま城を出ると、馬車に押し込まれた。父も乗り込むとドアが閉められる。


「出せ!」


 父の声ですぐに馬車が動き出すと、エディーナの目に涙が溢れた。


「う……っ……」

「あれだけ私が言ったのに、お前というやつは……」

「お父様……、わ、私……、私は……っ……」

「お前のことを少し自由にさせ過ぎたようだ」


 父は深い溜め息を吐くと、それきり黙ってしまった。

 エディーナは両手で顔を覆って泣き続ける。フィルやノアにかばってもらわなければ、結局自分の意思を貫くこともできないダメな人間なのだ。

 父の仕打ちよりも、弱虫な自分が情けなくて涙が止まらない。


(ごめんなさい、フィル……。こんな私じゃ……やっぱり無理なんだわ……)


 歯向かう勇気もなくただ泣くだけの自分が、フィルに相応しい訳がない。

 エディーナは二人に申し訳なく思いながら、ただ泣き続けた。

 馬車が屋敷に到着すると、エディーナは久しぶりに自分の育った家に入った。父は逃げられると思っているのか、またエディーナの腕を掴むと、3階のエディーナの部屋に連れていく。

 そうして部屋に入ると、ミレイユと母が待ち構えていた。


「お姉様……」

「お姫様ごっこは楽しかった?」

「なんて子でしょう……。姉を蹴落とすようなことを平気でするなんて……」

「……私、そんなつもり……」


 ミレイユは嘲るように笑い、母は悲しげに目元にハンカチを押し当てている。


「いくら言ってもあなたが言うことを聞かないから、仕方なくお父様にあなたを連れ戻してもらったのよ」

「お前はここでしばらく反省していろ、いいな?」

「え? ま、待って……。ここでって……」


 父はミレイユの車いすを押すと部屋から出て行く。母も廊下に出てドアが閉められると、ガチャリと鍵が閉まる音が聞こえた。


「え……」


 エディーナは聞こえてきた音にまさかと思いながらドアのノブを回すが、いくら押してもドアは開かない。


「お父様! 開けて下さい!!」


 ドアを叩いて叫んでも返事がくることはない。


「お母様! お姉様!!」


(閉じ込めるなんて……!!)


 今までどれほど叱られても、部屋に鍵を掛けられてしまうことなんてなかった。

 エディーナはドアを叩く手をゆっくりと下ろすと、ドアに額を押し付ける。


(本当に怒っているんだわ……)


 これほど家族を怒らせて、自分は何がしたかったんだろう。

 エディーナはそう思うと、ずるずるとその場に座り込み膝を抱えた。


(これで終わりね……)


 もう二度とフィルには会えないだろう。


「フィル……」


 朝、笑顔で出て行ったフィルの顔が思い浮かぶ。

 自分は何をしなくちゃいけないのか、何を言わなくてはいけないのか。

 勇気を出さなくてはいけない。でも家族に怒られたくない。

 フィルのために何かしたい。でもできない。

 支離滅裂にそんなことをぐるぐると考えている内に、いつの間にかエディーナは眠ってしまっていた。


「ん……?」


 何か音が聞こえた気がして、エディーナはふと顔を上げた。抱えていた膝は涙で濡れてしまっている。

 室内は真っ暗で、今何時だろうかと立ち上がる。その時、おかしな匂いがして顔を顰めた。


「……なに、この臭い……」


 物が燃えているような、きな臭さを感じる。

 エディーナは部屋を見渡してみるが、もちろん真っ暗な室内に火は見えない。


「廊下から……?」


 ドアの隙間から臭いがしてくる気がする。

 ドアに顔を近付けようとしたその時、遠くから叫び声が聞こえた。


「な、なに……?」


 何かよからぬ気配を感じて、エディーナが動揺していると、遠くから「火事だ!」と聞こえた。


「火事!?」


 使用人だろう叫び声に、何が起こっているのか意味が分からず、エディーナはその場に立ち尽くした。

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