第26話 国王との食事
馬車が城に到着すると、すぐに貴賓室に通された。エディーナは見たこともないほど煌びやかな室内に目を見張り、室内を見渡す。フィルも同じ様子でキョロキョロと首を巡らせていたが、ノアだけは別段表情を変えずソファに座った。
「とりあえず、これで落ち着いてこれからのことを考えられるわね」
「エシレーンに……、戻るのですよね?」
「そうなるとは思うけど、フィルの意見を聞きましょうか」
ノアがそう言ってフィルに視線を向けると、フィルは腕を組んで難しい顔をした。
「……俺はどうしてもカルドナを許すことはできない。……けれど残された国民を放っておくことはできない」
「そうね。私も同意見だわ」
「カルドナの皇太子が嘘を吐いていないか、見極める必要がある。確証がない内に帰国を急ぐのはあまりにも無謀だ」
フィルの言葉にエディーナは感心しながらも、どこかフィルが遠い存在に感じた。
国民のことを思う気持ちも深い考察も、エディーナには到底できないことだ。二人はやはり王族であり、一般市民ではないのだと強く感じた。
「皇太子を信じるためには、私たちも情報を集めなければね」
「ミランの国王にそれとなく聞いてみましょう。カルドナとは同盟関係があるとはいえ、属国ではない。今回の件では中立の立場になってくれるはずです」
「そうね。そうしましょう」
二人の話に入れるはずもなく、エディーナは疎外感を感じ俯いた。
その日の夜、早速国王と会食となった。晩餐会とは違い身内のみの食事だと知らされたが、エディーナは緊張せずにいられなかった。
久しぶりにメイドに髪やメイクをしてもらい、華やかなドレスに着替える。強張った表情のままで支度を済ませフィルの部屋に行くと、フィルもまた以前と同じように貴公子のような姿になっていた。
「フィル、お待たせ」
「エディ」
エディーナはフィルのそばに立つと、テーブルの上に置いてあったカフスを手に取り、フィルの袖に付けた。
「顔色が悪いな。大丈夫かい?」
「緊張しているだけよ。陛下と一緒に食事なんて、何を話していいか分からないから」
「大丈夫さ。俺も母さんもいる」
「そうね……」
優しく言うフィルに、エディーナは無理に笑顔を作ると小さく頷いた。
メイドの先導で向かった食堂は城の奥にあり、室内もそれほど広くもなく華美な装飾もない落ち着いた雰囲気の部屋だった。
円卓には4人分の食事の準備しかなく、エディーナの緊張はさらに高まる。イスに座ると気持ちを落ち着かせる間もなく、国王が現れた。
「用意した部屋で不自由はないかね?」
「十分です。メイドまで付けて頂いて、ありがとうございます」
「いやいや。エシレーンの王族なのだから、あれくらい当然だ。城に移ってもらえて良かった。色々と話したいことがあったんだ」
食事が始まり、国王との会話は主にフィルがしていて、エディーナは少しだけ安堵した。
(当たり前よね……。私はただフィルの妻というだけだもの。私と話すことなんてない……)
きっと国で一番美味しい料理を食べているのだろうけれど、味わう気にもなれずエディーナはただ静かに食事を続けた。
「陛下、私も陛下にお聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「カルドナの真意です。陛下はカルドナの話をどう受け止めているのでしょうか」
「そうだな……。確かに皇太子の言うことを鵜呑みにできない気持ちは分かる。余も初めて聞いた時は、中々信じ難かった」
「カルドナの新皇帝はどのような方なのでしょうか」
フィルの質問に、国王は食事の手を止めると、ワインのグラスを手にする。
「新皇帝には一度会ったが、温厚な方のように感じた。前皇帝が戦争によって領土拡大したのは間違いだったと、真正面から言われて驚いたものだ」
「間違い……」
「戦争に負けカルドナの民となった者たちは、何度も反乱を起こしている。カルドナは外へ向かう戦争よりも内乱を治めることに手を焼くようになった。そんな折に前皇帝が逝去し、息子が新皇帝となった。新皇帝は国の平定のためには、支配した国を独立させる必要があると考えたようだ」
「それで……」
「エシレーン以外の国もすでに独立の話は進んでいる。余はそれを知り、エシレーンの話も信じようと思ったのだ」
フィルは国王の言葉に眉間に皺を寄せ押し黙る。イザークが屋敷に来た時と同じ内容を話しているということは、内情に間違いはないのだろう。
「ミラン王国としてはどうお考えなのかしら?」
「カルドナの考えに余は賛同しておる。今まで同盟国とはいえ、カルドナがいつ心を変えるか気が気ではなかった。カルドナが落ち着いてくれれば、周辺国はどこも安心して暮らせるようになる」
「なるほど……」
ノアは深く頷くと、フィルと視線を合わせる。
エディーナはちらりと二人を見ると、また視線を下げただ静かに会話を聞くしかなかった。
「二人がカルドナを信じられないのは分かる。皇太子が戻ってきたら、同行者に話を聞くのがいいかもしれん」
「同行者、ですか?」
「ああ。聖女の捜索をしている者たちだ。数名いたが、全員エシレーンの者らしい」
「エシレーンの!?」
「同郷の者たちの話を聞けば、祖国の内情も分かるだろう」
国王はそう言うと、少し間を置いてから、少し明るめな声でまた話し掛けた。
「皇太子は今、必死に聖女を捜しているらしいが、聖女とはどういう存在なのだ? 魔法使いとどう違うのだ?」
「……聖女とは我が国をその強い癒しの力で守ってきた者のことです」
「癒しの力?」
「はい。我が国は悪しき魔力が淀む土地で、何もせずにいると木々も動物も人も徐々に病んでしまう。それを聖女が常に守っていたのです」
「自然にまで及ぼす力があるとは……。聖女とは相当な力の持ち主なのだな」
感心したような国王の言葉に、エディーナも内心で頷いた。
(魔法使いも会ったことないけど、世の中にはそんなすごい人がいるのね……)
その聖女という人が見つかれば、自分も会えるかもしれないと思うと、こんな時に不謹慎だと思いながらも少しワクワクした。
「聖女はその力も重要ですが、我が国の民にとってはその存在自体が心の支えになる者です。ですからフォルトゥナが生きていてくれればどんなに嬉しいか……」
「ああ、だから皇太子は必死に聖女を探しているのか……」
ノアはそれまで国王の方をずっと向いていたが、ふいにエディーナの方に顔を向けた。
「エディーナ、エシレーンの都はね、大きな湖の畔にあるの」
「湖ですか」
「ええ。そして聖女がいる花の神殿は、その湖の対岸にあるの。神殿の周囲は聖女の力によって、冬でも花が咲き乱れていて、とても美しいのよ」
「冬でも花が……、不思議ですね」
気を遣ってノアが話し掛けてくれて、エディーナはホッとしながら相槌を打つ。
「あなたもきっと気に入ると思うわ」
「はい、お義母様」
優しい心遣いに笑顔で頷く。フィルに視線を向けると、同じように笑顔で頷いてくれた。
「まもなく皇太子も城に戻ってくるだろう。エシレーンの者たちとよく話し合って、今後のことを決めればいい」
「そうですね」
国王の言葉に、少しすっきりとした表情になったフィルは頷くと、それからはそれほど難しい話にはならず、エディーナはほんの少しだけ、この時間を楽しむことができた。




