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第25話 別れ

「お前、私がそれを許すとでも思っているのか!?」

「俺たちのことに関して、あなたの許可は必要ない」


 フィルは完全に敬語をやめてしまっている。それを見てエディーナはフィルが本気でここを出て行くつもりなのだと理解した。


「勝手なことを……! お前たち親子を匿ってやった恩を忘れたのか!!」

「恩を返してほしいのなら、カルドナでもミランの国王でも申し出ればいい。俺たちの身元は二国の王が保証してくれるだろうから、金銭でもなんでも要求すれば、きっと欲しいだけ貰える」

「な、なんだと!?」

「だがそれをしたら、あなたの品位は地に落ちるだろう。それでも見返りが欲しいなら勝手にすればいい」

「き、貴様……」


 蔑むような言葉と視線に、ケヴィンは怒りでぶるぶると拳を震わせる。けれどふっと歪んだ笑みを浮かべると、握り締めた手を緩めた。


「……勝手にすればいいさ。どうせ上手くいくはずがない。泣いて逃げ帰ってきたところで、二度とこの家の敷居は踏ません。それだけは肝に銘じておくんだな」


 捨て台詞のような言葉を吐いたケヴィンは、踵を返すと部屋を出て行った。

 静かになった部屋でエディーナがフィルを見上げると、視線が合った。


「すまない。声を荒げてしまって」

「ううん……。本当にここから出て行くの?」

「もうここにはいられない。城に行こう」

「私は……」


 エディーナは言い淀むと下を向く。


(私は行けない……)


 ミレイユや父の言葉を真に受けた訳ではない。自分でもそれが一番いいと思うのだ。

 フィルとノアに迷惑を掛ける訳にはいかない。


「私は行けないわ」

「エディ……」

「私の身分では社交界にも出られない。そんな者がいずれ王妃になるなんてあり得ないわ」

「気にする必要はないって言ったじゃないか!」

「フィルがそう言ってくれて、とっても嬉しい。でも、エシレーンの人たちがきっと良い顔をしないと思う。私が悪く言われるだけなら、幾らでも耐えられる。けど、フィルやお義母様が悪く言われたり、立場が悪くなってしまうのだけは絶対に嫌なの」


 エディーナがそう言うと、ノアは優しく微笑んでエディーナの手を握り締めた。


「エディーナ。あなたが色々考えてそう言うのは分かるわ。でもきっとそれは杞憂に終わる」

「杞憂? でも……」

「不安なのは分かるわ。でもきっと良い方向へ行く。私はそう感じている」

「俺もそう思う」

「フィル……」


 フィルはエディーナの肩に手を置くと、顔を覗き込む。


「俺と母さんを信じてほしい」


 何を根拠に二人は大丈夫だと言っているのだろうか。だがそう思う反面、信じたいと思う自分がいる。


「本当に……、迷惑じゃ、ない?」

「ああ、もちろんだ」


 おずおずと訊ねると、フィルは大きく頷く。ノアもまた同じように頷くと、エディーナの手を両手で包み込んだ。


「さぁ、荷造りをしましょう。ね?」

「はい、お義母様……」


(二人を信じて、進んでみよう……)


 こんなにも自分を望んでくれる人はいなかった。だから信じてみたいと思った。

 いつか迷惑を掛けてしまう時がきたら、その時こそ潔く身を引こう。そうエディーナは心に誓うと、二人に微笑み掛けた。



◇◇◇



 荷造りといっても3人の荷物はトランクにひとつずつ程度しかなく、1時間ほどで終わると離れを出た。


「忘れ物はないわね?」

「はい、お義母様」


 フィルはノアの分のトランクも持って前を歩いている。エディーナも自分のトランクを持って歩くと、庭を横切り正門へ向かった。


(お姉様に何か言ってから行った方がいいかな……)


 でもきっと話しに行ったら、引き留められる。そうするとまた心が揺れてしまう気がして、ミレイユの部屋に行くことはできなかった。

 正門に近付くと、数人の使用人たちとヘインズが待っていた。


「ヘインズさん」

「フィル……、いや、もう殿下と呼ばなくてはいけませんね」

「いえ……、フィルと呼んで下さい。俺にとってヘインズさんは父のような人です。こんな風にお別れになって、本当に申し訳なく思っています」

「いや……、いずれこういう日がくると思っていたよ。先代が亡くなられてどうなることかと心配していたが、どうやら私の役目は終わりのようだね」


 ヘインズはそう言うと、いつもは厳しい表情を崩して微笑む。


「長い間、本当にお世話になりました」

「私からも感謝を言わせて。ヘインズさん、今までありがとう」

「ノア様……」


 ノアの言葉にヘインズは目を細めて首を振る。


「いえ、いえ……。私は何も……。お二人が国に帰るということは、本当に喜ばしいことです。先代もきっと喜んでおります」

「ヘインズさん……」

「フィル、君は必ず良い国王になる。苦労を知り、民の辛さを知る君なら、国民の心に寄り添える心優しい君主になれる。私は信じているよ」


 そう言うと、ヘインズは右手を差し出した。


「お別れだ」


 フィルは眉を歪めると、涙をぐっと堪えてその手を握り返した。


「必ずまた会いに来ます……!」

「ああ、楽しみにしているよ」


 二人はそうして握手を交わすと笑い合った。


「馬車を用意したから、乗っていきなさい」

「ですが……」

「旦那様には私から言っておくから大丈夫だ。ノア様とエディーナ様がいるんだ。城まで歩く訳にはいかないだろう?」

「……ありがとうございます」


 ヘインズがそう言うと、メイドたちはトランクを預かり馬車に乗せてくれる。


「ありがとう、ヘインズさん」

「エディーナ様もお元気で」

「お姉様のこと、頼みます」

「はい、承知致しました」


 快く頷いたヘインズだったが、少し何かを考えるとエディーナの目をじっと見つめてきた。


「……エディーナ様」

「なに?」

「どうかご自身の幸せをお考え下さい」

「私の、幸せ?」

「誰かの幸せではなく、あなたの幸せに目を向けてみて下さい」

「ヘインズさん……」


 ヘインズは優しく笑うと、ゆっくりと頭を下げた。


「さぁ、馬車にお乗り下さい」

「待ちなさい!!」


 笑顔でヘインズが言った瞬間、玄関ドアが開いてミレイユが走り出てきた。

 驚いたことに杖もなくしっかりと走っている。


「お姉様……、足……」

「城に行くなんてだめよ!!」

「お姉様……」

「家に帰るって言ったじゃない!!」


 ミレイユはエディに走り寄ると、両肩を掴んで揺さぶる。


「城に行ったら恥をかくって言ってるでしょ!? フィルにだって迷惑がかかるって自分で言ってたじゃない!! あれは嘘だったの!?」

「私は……」

「自分のことしか考えていないの!?」

「自分のことしか考えていないのは君だろう」


 二人の間に割り込んだフィルが、ミレイユの腕を取ってエディーナから引き剥がす。

 ミレイユはフィルを激しく睨み付ける。


「君の小賢しい企みで、エディはさんざん傷付いた。もうそばには置いておけない」

「エディは私の妹よ! 私のために生きるの!!」

「エディの人生はエディのものだ! 君のものじゃない!!」

「違うわ!!」


 ミレイユははっきりと否定すると、エディーナに掴み掛った。


「私はあなたの姉なのよ!? なぜ言うことを聞かないの!!」

「お姉様、私は……、私はフィルと生きたい……」


(やっと言えた……)


 今までずっとミレイユや家族のことを思って言えずにいた自分の気持ちを、初めて口に出すことができた。

 それはきっとフィルやノアがそばにいてくれたから、新しい家族が勇気をくれたからかもしれない。


「何を言っているの!? そんな我がままが許されると思っているの!?」

「もういい加減にしなさい!!」


 突然、ノアが鋭い声を発した。ミレイユがビクリと体を竦ませ、ノアに顔を向ける。

 ノアがつかつかと近付いてくると、ミレイユは怯えたようにエディーナから手を離した。


「エディーナはもう私の娘よ。たとえあなたが姉だとしても、もう娘に手出しはさせないわ!」

「な、なんですって……?」

「フィルとエディーナの婚姻は何があっても破棄されることはないわ。あなたはもう諦めなさい!」


 ピシャリとノアがそう言うと、ミレイユは顔を真っ赤にして震えた。


「なんなの……。まるで私が悪いみたいじゃない……」

「母さん、もう行きましょう」


 さきほどの勢いがなくなって黙り込んだミレイユを一瞥して、フィルが二人を促す。

 ノアに手を引かれてエディーナが歩きだすと、ミレイユが追い掛けようとする。その前にフィルが立ちはだかった。


「どいて!!」

「君の足はもう介助は必要ないだろう。エディの仕事は終わった。これでお別れだ」

「う、嘘よ……」


 フィルは低い声でそう言うと、踵を返し馬車に乗り込む。


「では、ヘインズさん、いずれまた」

「ああ。上手くいくことを祈っているよ」

「はい」


 ヘインズに短い挨拶を交わすと、馬車はゆっくりと走り出す。

 窓から外を見たエディーナは、ミレイユががっくりと地面に膝を突くのが見えたけれど、隣に座るノアに名を呼ばれそれ以上見ることをやめた。

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