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第22話 ミレイユの策略

 城から帰ってきたミレイユは自室に戻ると、大きな溜め息を吐いた。


「ミレイユ様、もうお休みになられますか?」

「ええ、あなたたちはもう下がっていいわ」

「では、お休みなさいませ」


 メイドたちは脱いだドレスなどを片付けると、頭を下げて部屋を出て行った。

 静かになった室内で、ミレイユは座っていたベッドから立ち上がると、そのまま歩いて窓辺に寄る。

 この頃はもう杖を突かなくても歩けるのだが、それは誰にも言っていない。足が治っていると知られてしまっては、エディーナに世話をさせる理由がなくなってしまうからだ。


(このままでは本当にエディが王妃になってしまうかもしれない……)


 フィルがあれほどエディーナのことを思っているとは思わなかった。これではいくらエディーナを揺さぶったところで意味がない。


(エディーナは簡単に落とせたけど、フィルは私が何を言ってもだめそうだし……)


 エディーナのことを本気で愛しているのか、それとも一度した婚姻を義理堅く守っているのか。どちらにしろフィルをどうにかしなければ、自分が王妃になることはできそうにない。


「フィルがエディを手放す理由が必要ね……」


 エディーナが庶子だと分かっても、フィルの気持ちは揺らがなかった。これ以上のものがなければ、フィルの心を変えることはできないだろう。

 ミレイユは真っ暗な庭を睨むように見つめると、眠気も忘れて考え続けた。



◇◇◇



 次の日の夜、良い案も思い浮かばず夕食を食べていると、ふと正面で眉間に皺を寄せながら酒を飲んでいるケヴィンに目が行った。

 会話もなく険悪なムードであるのに、まだ共に食事をしようとするのは婚姻関係を続けるという意志表示のように思える。

 ケヴィンは見るからに機嫌が悪そうで、食事はそれほど手に付けず、さきほどから酒ばかり飲んでいる。


「このままじゃ、本当にエディとフィルがエシレーンに行ってしまうわね」

「ふん……、お前はどうにかして阻止したいんだろうが、フィルは頑固だからな。お前の策略は上手くいかなかったな」


 顔を歪めて馬鹿にしたように笑うケヴィンにミレイユは眉を寄せるが、その言葉に言い返すことはせず、一度ワインを飲み込んだ。


「私はエディのことを思って言ったのよ。それよりあなたこそいいの?」

「私? 私は別に……」

「あら、あなたはまだエディのことが好きなのだと思っていたけど」

「それは……」


 ミレイユの指摘にケヴィンは押し黙る。


(やっぱり……。ケヴィンはエディのこと、まだ好きなのね……)


 ケヴィンはエディーナではなく自分を選んだのだと思いたかった。けれどやはり婚約しようとしていた相手をそうそう断ち切れるものではないのだろう。

 ケヴィンの苦しげな表情を見れば一目瞭然だ。以前、エディーナがケヴィンを誘惑していると決めつけたのは、自分がエディーナに負けていると思いたくなかったからだ。


(でも、これは使えるかも……)


 今になってケヴィンの未練が役に立つんじゃないだろうか。

 ミレイユはそう考えると、じっとケヴィンを見た。


「……まだエディと結婚したいと思っているの?」

「無理だな。庶子であることが分かった以上、公爵夫人にさせることはできない」

「そう……、そうよね……」


 はっきりとしたケヴィンの言葉に、当たり前かとミレイユは頷く。


(そうよ。普通はそうなのよ。フィルはずっと使用人として暮らしていたからそれが分かっていないんだわ……)


「エディが庶子なんかじゃなければ……、私は……」


 酒を煽るように飲んだケヴィンは、ぶつぶつとそう言うともうミレイユに目を合わせることはなかった。

 ミレイユはそんなケヴィンをちらりと見ると、食事を終わらせ食堂を出た。

 自室に戻ったミレイユは、身の回りの世話をするメイドたちに目をやる。もうエディーナの代わりは十分にこのメイドたちがやってくれる。

 エディーナの存在意義はもうなくなった。


(あなたがいけないのよ、エディ……)


 本当はこんなことしたくないけれど、もうなりふり構ってはいられない。

 ミレイユは自分にそう言い聞かせると、エディーナを呼んでくるようにメイドに指示した。


「お姉様、エディーナです」

「ああ、入ってちょうだい」


 すぐに部屋を訪れたエディーナは、ぎこちない笑みを浮かべている。


「エディ、ケヴィンの部屋に行ってくれる?」

「え……? な、なんで……?」


 明らかに怯えたような表情をするエディーナに、ミレイユは優しく微笑み掛ける。


「ケヴィンがね、あなたに謝まりたいって。色々あって話すタイミングを逃してしまっていたけど、やっぱりそのままにはできないって」

「で、でも……」

「大丈夫よ。ケヴィンの部屋には今執事もいるから、二人きりじゃないわ」

「そう……」


 エディーナは気が進まないのか、暗い声で曖昧に返事をする。


「エディ、あなたももう間もなくこの屋敷を去るんだから、挨拶はしておきなさい。短い間だったけど、お世話になったんだから」

「そうだけど……」

「心配なら私も一緒に行くわ、ね?」

「……分かったわ」


 ミレイユの言葉に納得したのか、やっとエディーナは頷いた。

 二人で部屋を出てケヴィンの部屋に向かう。


「エディは少し待っていて」

「う、うん……」


 ミレイユはノックをすると、返事を待たずにドアを開ける。すぐにドアを閉めると、室内を見渡した。

 ケヴィンはソファにいたが、かなり泥酔しているようで、グラスを持ったままうたた寝をしている。


「ケヴィン、ケヴィン」


 名前を呼んで肩を揺らすと、ケヴィンはうっすらと目を開ける。


「なんだミレイユか……。なぜ私の部屋にいる……?」

「ケヴィン、エディが会いに来てくれたわよ」

「なんだって?」

「やっぱりエディはケヴィンのことが好きなんですって」

「そ、そうなのか……?」


 ミレイユの言葉に、眠そうだったケヴィンの表情が変わる。


「フィルとは離婚して、あなたの愛人になりたいそうよ」

「愛人……」

「公爵夫人になれないのなら、愛人でもいいって。健気よね」

「愛人か……」


 まんざらでもない顔をするケヴィンに、ミレイユはほくそ笑むと、テーブルに転がっているグラスを直した。


「あなたに直接言うのが恥ずかしくて私に言ってきたの。エディの気持ちを分かってあげて」

「エディは控えめだからな……」


 ミレイユは嬉しげに笑うケヴィンを一瞥すると、車いすを動かしドアに向かう。


「エディ、入ってきて」


 不安げな表情で部屋に入ってきたエディーナに笑い掛ける。


「二人でよく話して」

「え、え? お姉様、いてくれないの!?」

「私はお邪魔だろうから行くわ。じゃあ、ケヴィン、エディのこと、よろしくね」


 ミレイユは含みを持たせた言葉をケヴィンに言うと、部屋をそそくさと出る。

 そうしてドアを閉め外に出たミレイユは、少しだけ湧いた罪悪感に眉を歪めた。


(ごめんね、エディ……。でももうこれしか方法がないの……)


 これですべてが良い方に向かうと信じて、ミレイユはそっと自室に戻ったのだった。

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