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第20話 フィルの気持ち

 自分の部屋に戻ったエディーナは、呆然としたままベッドにゆっくりと座ると、ポケットからノクスを取り出した。


「ノクス……、私……、お母様の子供じゃないんだって……」


 言葉にすると、また悲しみが溢れて涙がこぼれてくる。

 なぜずっと母が自分に厳しく接するのかやっとわかった。自分の見た目や性格とか、そんなことじゃなかったのだ。ただ単純に母の子じゃなかったから、冷たく扱われていたのだ。


(だから私はお姉様の世話係だったんだわ……)


 エディーナは手の甲で涙を何度も拭う。


『大丈夫かい? エディ』

「……うん。ありがとう、ノクス」


 優しく声を掛けてくれるノクスに微かに笑い掛けると、指先で頭を撫でる。


「私の本当のお母様って誰なのかしら……。まだ生きているのかしら……」

『どうだろうね……』

「まだ街にいるのかしら……。私のこと、どこかで見守ってくれているかしら……」


 エディーナは見たこともない母を思い胸が痛くなった。病気で自分を預けたと父は言っていた。自分で育てられないくらい具合が悪かったのだろうか。それとも伯爵家なら良い暮らしができると思い預けたのだろうか。

 どちらにしろ、自分の子供を手放すのは辛かっただろう。


『エディ、君は、』


 ノクスの言葉の途中で、ドアからノックの音がした。返事をすると、フィルがドアを開けた。


「エディ、落ち着いたかい?」

「フィル……」


 フィルは部屋に入ってくると、エディーナの隣に座る。その手にノクスを見つけ、手を伸ばした。


「お守りに話し掛けていたのかい?」

「うん……。ノクスに話したら少し落ち着いたわ」

「そうか……」


 フィルは一度じっとノクスを見てから、視線をエディーナに向けた。


「エディ、君の出生のことは君自身も知らなかったんだね?」

「うん……」

「君が使用人のように扱われている理由がやっと分かった。辛かったね」

「うん……。でも少しすっきりした。なんで私だけっていつも思ってたから。お姉様と私、何が違うのって……。でも簡単な理由だったのね」

「エディ……」


 エディーナがそう言うと、フィルが優しく肩を抱き寄せてくれる。その温もりが嬉しくて微笑んだエディーナだったが、ゆっくりと体を離した。


「フィル……、さっきはああ言ってくれてありがとう。でも、私は王妃にはなれないわ」

「どうしてだい?」

「私は庶子だもの。王族にはなれない」

「それはさっきも言っただろ? エシレーンでは気にしなくていいって」

「でもやっぱり無理よ。本当に私は何もできないの……。王妃なんて大役、できる訳がないわ」


 母の言葉は酷かったけれど、的を射ていて何も言えなかった。18年間、自分を育てただけのことはある。確かに自分は姉の世話くらいしかできない人間なのだ。


「私が一緒に行ったら、きっと足を引っ張ってしまうわ。私は、あなたに相応しくない……」

「そんなこと言わないでくれ」


 フィルはそう言うと、突然ギュッと抱き締めてきた。あまりにも強く抱き締められて、エディーナは驚いてしまう。


「……フィル?」

「……君は確かに親の命令で俺と一緒になったかもしれない。だけど、俺は君が妻になってくれて、本当に嬉しいんだ。君とならきっとどうにかなるって思えるんだ……」

「フィル……」


 初めて聞くフィルの気持ちに、エディーナは心の底から嬉しく感じた。


(私のこと、そんな風に思っていてくれていたのね……)


 けれど、今はそれを素直に受け取ることはできそうになかった。


「フィルの気持ちはとっても嬉しい。けれどあなたは国王になるんでしょう? これから国を復興させて、皆を引っ張っていかなくちゃいけない。私はただあなたの隣にいるしかできない。でもそれじゃ役立たずだわ」

「それでいい。そばにいてくれるだけで」

「でも、」

「俺は、俺だって、国王になれるなんて思ってない。色々なことは母さんから学んだ。でもそれを勉強したからって、国王になんてなれないんだ」

「フィル……」


(フィルも不安なんだわ……)


 苦しげな表情にフィルの苦悩が見て取れて、エディーナは思わず手を伸ばすと、その手に触れた。


「カルドナの言うことは信用できない。でもエシレーンを取り戻したい。父と兄のためにも、苦しんでいる国民のためにも……」


 フィルは吐き出すように言い募る。


「私は、あなたなら国王になれると思う」


 エディーナはフィルの手を握り、優しく言った。

 使用人として暮らしてきた人が、国民のことを思って苦しみはしないだろう。その苦しみこそが、王になる資格があるとエディーナは感じた。


「俺こそ、君は王妃になれると思う」


 フィルはエディーナの手を握り返してそう言うと、もう一度エディーナを抱き締めた。


「二人で乗り越えて行こう」

「フィル……」


 フィルの言葉に頷きたいと思いながらも、エディーナはどうしても頷くことはできなかった。



◇◇◇



 昨日は結局ミレイユとは一度も顔を合わせずにいたが、次の日になって朝から呼び出しを受けた。

 行きづらい気持ちを押し殺してミレイユの部屋に行くと、ミレイユはすでに支度を済ませていた。


「……おはよう、お姉様」


 とりあえずいつものように挨拶してみたが、ミレイユは一瞥するだけで口を開かない。

 ミレイユが口を開くまで居心地の悪い時間が過ぎた。たっぷり3分ほど沈黙が続いた後、大きな溜め息を吐いてミレイユはエディーナを見た。


「エディ、あなた、まさか王妃になるなんて思ってないわよね」

「え……?」

「フィルはあなたに気を遣って言っただけで、本心は違うわよ」

「そ、そんなこと……」


 エディーナは昨日のフィルが嘘を吐いているとは思えず首を振る。けれどそれを見てミレイユは哀れな者を見るような目をして肩を竦めた。


「あなたとそれなりに長く一緒にいたから情が移っただけよ。フィルはあなたが辞退するのを待っているはずよ」


 ミレイユの言葉はなんの根拠もないけれど、それを完全に否定できるほどエディーナは自分に自信がある訳ではない。

 何も言えず、動揺した顔を向けると、ミレイユは呆れたように溜め息を吐いた。


「あなたが王妃になりたいのは分かるけど、ちょっと考えれば分かるでしょう? 王妃になるにはそれなりに教育をされた女性がなるのよ。亡命しているとはいえ、これから国に戻って国王になる人の相手が、あなたでいい訳ないじゃない」

「それは分かっているわ……」

「私が結婚するって言ったのは、あなたのためを思ってなのよ? 王妃を夢見てエシレーンに付いて行って、恥ずかしい思いをするのは目に見えているわ。泣いて帰ってくるくらいならいいけど、最悪国王をたぶらかした罪で投獄されてしまうかもしれないわ」


 つらつらと言われた言葉は、妙に具体的で信憑性があるように感じてしまう。


(投獄なんてことあるのかしら……)


 確かにエシレーンにいる貴族たちからしてみれば、これから国王になる人のそばに、貴族でもない者がいれば胡散臭く思うかもしれない。

 いくらフィルが妻だとかばってくれたとしても、貴族たちの不信を増大させるだけになるだろう。


「あなた、庶子だと笑われても人前で毅然とした態度でいられる? おどおどしている王妃なんてみっともないものよ。いつもフィルが助けてくれる訳じゃない。あなたは自分で自分の立場を確立していかなくちゃいけない。そんなことできるの?」

「わ、私は……」

「私にだって言い返せないのに、他国の誰も味方のいない社交界で生きていける?」


 ミレイユの言葉はエディーナの胸を抉るようだった。ぼんやりとした不安が言語化されると、怖さまでも具体的に思えて足が竦んだ。


「あなたが行くくらいなら私がと思ったけれど、国に戻ればあちらにいる王族に近い貴族の令嬢が王妃に名乗りをあげるでしょう。貴族たちもその子をこぞって推薦するでしょうし、他国からたった一人付いてきた娘なんて、勝ち目はないわ。それになにより、あなたが王妃じゃ、国民が喜ばないでしょう」


 エディーナは何も答えられず押し黙ってしまった。


(本当にそうだわ……。庶子の私が王妃だなんて、誰も喜ばない……)


 フィルと心が通って嬉しかったけれど、感情だけでどうにかなる問題ではないのはよく分かっている。

 フィルは国王になるのだ。物語のように国に戻って『めでたしめでたし』ではない。そこから難しい政治をしていかなくてはならないのだ。まったく知識のない自分が、そこにいられる訳はない。


「お姉様……、私が……、離縁するって言った方がいいのかな……」

「そうね。それがあなたのためね」


 ミレイユが優しい声でそう言うと、手招きする。部屋に入ってきてずっと距離を取っていたけれど、やっとそばに立つと手を握られた。


「私はあなたが心配なの。あなたはきっと苦しい思いをする。そんなの悲しいわ。半分しか血が繋がってなくても、あなたは私の可愛い妹なんだから」

「お姉様……」


 ミレイユの久しぶりに見た優しい笑顔は、小さな頃を思い出させた。子供の頃は不思議に思うこともなく、ミレイユの世話をしていた。手助けすればミレイユは笑顔で「ありがとう」と言ってくれて、それだけでエディーナは嬉しかった。

 大きくなるにつれミレイユとはぎすぎすしてしまったけれど、エディーナは本当はずっとミレイユと昔のように仲良くしたいと思っていた。


「フィルも国王になるのを不安だと言っていたわ。でも私と一緒ならやっていけるって……」

「そう……。でも現実的な話ではないわ。それは分かるでしょう?」

「うん……」


 エディーナは素直に頷くと、ミレイユは満足げに笑う。

 その時、ドアからノックの音が響いた。


「失礼致します」

「どうぞ」


 顔を出したのはメイドだったが、その後ろに父が付いて部屋に入りエディーナは驚いた。


「お父様?」

「エディーナ……」


 父は悲しげな目でエディーナを見ると、小さく名前を呼んだ。

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