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第13話 思いがけない提案

 ミレイユと街を散策し終え、帰ってきたエディーナは、夜になってお土産に買ってきたクロワッサンを3人で食べることにした。


「このクロワッサン美味しいわねぇ」

「お口に合って良かったです。フィルも食べて?」

「ああ。食事とも合うな」


 フィルは笑って頷くと、大きな口を開けてクロワッサンを食べた。その豪快な食べ方にエディーナはクスッと笑いながら、自分もクロワッサンをパクリと食べる。


(屋敷に戻る時、お姉様一言も話さなかったな……)


 カフェで女性たちが自分たちのことを噂していたのを、ミレイユもきっと聞いてしまったのだろう。エディーナもまたトレイを持ったままあの会話を聞いていた。

 ミレイユのことを悪く言っていたけれど、やはりもうかなり噂は広まっているのだろう。


(お姉様には痛い言葉だっただろうな……)


 両親からはミレイユの世話をすることが当たり前だと言われ続けてきたけれど、もうそれも終わりにした方がいいんじゃないだろうか。

 エディーナがミレイユのそばにいる限り、きっと妹の恋人を奪った姉と言われ続けるだろう。そして自分も同じように、姉に恋人を奪われた惨めな妹と言われ続けるのだ。


(もう本当に離れた方がお互いのためになるんじゃないかな……)


 ミレイユの世話をどうしたらいいのかは分からない。本当ならメイドに頼めば一番いいのだろうが、それを両親やミレイユ本人が了承するとは思えない。

 それでも酷い噂を消すためにはそうするのが一番いいと思う。


「エディ?」


 名前を呼ばれてハッと我に返ったエディーナは、フィルに顔を向ける。


「どうした? 黙り込んで」

「あ、ううん……、3人でこうしてると落ち着くなって……」

「私もよ、エディーナ」


 ノアが笑顔で頷くと、フィルも穏やかに笑う。優しい空気にエディーナはこの二人とならここでなくても、穏やかに暮らしていけるんじゃないかと思った。


(私も働けば、生活はきっとどうにかなるわ……)


 貴族の生活なんて未練はない。貧しくても穏やかに暮らしていけるなら、その方がよっぽどいい。


「ねぇ、フィル」

「なんだ?」

「こんなことで幸せを感じてる私って、変かしら」

「そんなことはないさ。美味しいクロワッサンを大切な家族と一緒に食べられるなんて、一番の幸せだろう?」

「家族……」


 フィルの言葉にこそエディーナは幸せを感じた。今までの家族はどこか息苦しいものだった。けれどこの新しい家族は、エディーナの心を癒してくれる。

 エディーナは子供が夢を見るように、ここではない場所で3人が穏やかに暮らしている光景を想像して微笑んだ。



◇◇◇



 数日後、夕食の時間、いつものようにミレイユの隣で食事の世話をしていると、ミレイユがケヴィンに話し掛けた。


「ねぇ、ケヴィン。私から提案があるんだけど」

「提案? なんだ?」

「エディとフィルのことなんだけど、独立させてあげてはどうかしら?」

「独立?」


 ミレイユの言葉にケヴィンが怪訝な表情になる。隣で聞いていたエディーナは突然の話に驚き手を止めた。


「お姉様……?」

「独立とはどういうことだ?」

「この家を出て、どこか別の場所で暮らしてもらうのはどうかしらと思って」

「この家から追い出すということか?」

「追い出すなんて、そんな乱暴な話じゃないわ。可愛い妹を路頭に迷わせるなんて酷いことはしないわ。城下町で手ごろな家を見つけてあげるから、そこで家族3人、移り住んだらどうかって言ってるの」


 ケヴィンは動揺したように表情を変えると、ナイフとフォークを置く。


「だ、だが……、そんなことをしたら、ミレイユの世話はどうするんだ?」

「私の世話はメイドでも大丈夫よ。エディができることなら、メイドにだってできるでしょ」

「フィルはここにいる限り従者のままでしょ? それなら外でもっと良い仕事先を見つけてあげた方が、彼のためにもなるじゃない」


 エディーナは呆然とミレイユを見つめる。


(私……、もうお姉様のお世話をしなくていいの……?)


 少し前からそんなことは考えていたけれど、まさかミレイユ本人から言い出してくれるとは思わなかった。そんなことは絶対にあり得ないと思っていたから、本当に驚いた。


「どう、フィル? あなたはどう思う?」


 ケヴィンの後ろに控えて給仕をしていたフィルは、冷静な顔で答えた。


「私は旦那様のご意思に従います」

「ケヴィンはもちろん賛成でしょ?」

「わ、私は……」

「いけません! 旦那様!」


 ケヴィンの言葉を遮ったのは、執事のヘインズだった。厳しい表情でケヴィンを睨んでいる。


「フィルをここから追い出すなんて、絶対にいけません!」

「ヘインズは黙っていなさい!」


 ミレイユがぴしゃりと言うと、ヘインズは一瞬何かを言いたそうにはしたが、顔を険しくしたままそれきり口を閉ざした。


「エディ」

「な、なに?」

「あなたはどう? 私は良い提案だと思うんだけど」

「私は……、うん。それも良いかもしれない」

「本当!? あなたが乗り気で嬉しいわ。お父様たちには私から言っておくから大丈夫よ。私のことは心配いらないからね」


 エディーナが戸惑いながらも頷くと、ミレイユはパッと笑顔になってケヴィンに顔を向けた。


「ほら、エディもこう言っているもの、ぜひ話を進めましょうよ」

「あ、ああ……。そうだな……」


 嬉々としたミレイユとは違い、硬い表情のケヴィンが流されるように頷くと、ヘインズが重い溜め息を吐いた。

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