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第10話 最低な誘惑

 次の日になってもミレイユの怒りは治まっておらず、エディーナは何度も呼びつけられ、色々と仕事を押し付けられた。


「エディ、それが終わったら、書斎から何か面白い本を持ってきてちょうだい」

「面白い本……、どんな話が読みたいの?」

「そんなことは自分で考えなさい! とにかく私は本が読みたいの!」

「分かったわ……」


 エディーナは帽子に羽飾りを付け終わると、書斎に本を取りに行った。

 書斎の壁には本棚がずらりとあり色々なジャンルの本が並んでいる。それらを端からゆっくりと眺めながらエディーナは首を傾げた。


「お姉様が好きそうな本か……」


 たぶん恋愛小説のようなものを持っていくのが無難だろう。だがこの膨大な本の中から、恋愛小説を探し出すのは相当骨が折れる。

 執事にでも聞いた方がいいかと考えながらも、しばらく本の背表紙を目で追っていると、突然背後から抱き締められた。


「エディ」

「ケヴィン!? は、離して!!」


 突然のことに混乱しながらも離れようとするが、ケヴィンは余計に腕の力を強くする。密着する体に鳥肌が立った。


「一昨日はフィルに邪魔されたからな」

「ケ、ケヴィン……、お願いだから、離して……」


 逃げたいのに身体が硬直してしまって、指さえ上手く動かせない。震える声でそう言うのが精いっぱいだった。


「エディの気持ちは分かっているよ。ミレイユに遠慮して気持ちを押し殺しているんだろ?」

「な、なにを言って……」

「でもせっかくこうして暮らせるようになったんだ。仲よくしよう」


(仲良く? 仲良くってどういう意味?)


 エディーナはケヴィンの言葉にますます混乱した。


(お姉様と結婚するつもりなのに、私とも……ってこと!?)


 あまりにも不埒な考えに、エディーナは唖然としてしまう。


「エディだって使用人となんて一緒になるつもりはないだろ?」

「あ、あなたがフィルに結婚しろと命じたくせに……」

「それが一番丸く収まると思ったからね。でも形だけだよ。本気であんな奴と結婚する必要なんてない」

「あんな奴って……、ずっと仕えてくれている従者でしょう!? それをそんな言い方、酷いわ!」


 フィルのことを蔑むように言われて腹が立ったエディーナは、やっとお腹から声が出た。

 ケヴィンの腕を掴んで振り解こうともがくと、ケヴィンは強引にエディーナの体を回転させ正面を向かせた。


「まさか……、フィルのことを好きになったのか?」

「そ、それは……」

「あいつはお前が思っているような人間じゃない!!」


 突然顔を険しく歪ませると、ケヴィンが叫んだ。


「あの親子は私の父をたぶらかして、この家に寄生する最低な奴らなんだぞ!!」

「たぶらかす?」

「あんな奴らはすぐに追い出してやる! だからエディは私のことだけを思っていればいいんだ。な?」


 ケヴィンは引き攣ったような笑みを見せると、エディーナを抱き寄せようとする。

 エディーナは逃げようとしたが、その瞬間、ケヴィンの顔色が変わって動きが止まった。


「何をしているの……」


 背後から声がして振り返ると、書斎の入口の前で車いすに乗ったミレイユが、突き刺すような目をエディーナに向けている。

 ケヴィンはさっと手を離すと、距離を取るように後ろへ下がった。


「ミレイユ、これは、その……」

「……私があれだけ言ったのに、あなたはまた……」

「お姉様、違うの、これは……」


 エディーナは誤解を解こうと慌てて口を開いたが、ミレイユのあまりの形相に、それ以上言葉が出てこない。

 何事かと使用人たちが集まってくると、ミレイユはそちらに目を向けた。


「誰か、エディを地下の野菜倉庫に連れて行って」

「え……、ミレイユ様、それは……」

「命令よ! 連れて行きなさい!!」

「は、はい!」


 ミレイユの剣幕に押されて動いた使用人二人がエディーナの腕を取る。


「お、お姉様!!」

「早く連れて行って! 明日まで外に出しちゃだめよ!!」

「話を聞いて、お姉様!!」


 無理矢理腕を引っ張られ、慌ててミレイユに訴えるが、まったく目を合わせてくれず、そのまま連れて行かれてしまった。

 キッチンまで行くと、働いていたメイドたちが何事かとこちらを見る。その視線に晒されながら野菜倉庫の扉の前まで来た。

 連れてきた男性が床にあるドアを開けると、中からひやりと冷たい空気が流れてくる。


「申し訳ありませんが、中へお入り下さい」

「お願い、お姉様と話をさせて!」

「申し訳ありませんが、私にはどうすることもできません」


 困ったように首を振ると、男性はやんわりとエディーナの背中を押し、地下へ入らせた。


「じゃ、じゃあ、ケヴィンに伝えて! ミレイユの誤解を解いてって!」


 エディーナは必死で頼んだが、男性は頷くそぶりも見せず地下から出て行くとそのままドアを閉めた。

 ドアが閉まった途端、野菜倉庫は真っ暗になってしまう。エディーナはドアの隙間から漏れるほんの少しの明かりだけを頼りに、そばの壁に背を寄せると床にしゃがみ込んだ。


(なんでこんなことになるのよ……)


 エディーナは膝を抱えて俯くと、涙を堪えて目を閉じた。

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