第7話 果報は寝て待つ
その男の顔に見覚えがあるどころの騒ぎではありません。
男の名はクルト・ファン・ハール。
デ・ブライネ騎士団の第一部隊長であり、殿下の腕に引っ付いている第三部隊長クラシーナの兄です。
さらに言及すれば、二人の父親であるオーラフは騎士団の副団長……。
一体、どういうことなのでしょうか?
「お嬢様。ここは俺に任せて。おとなしく。お願いしますよ?」
立つようにと促すクルトの顔はいつもと違って、無表情でしたが、手に縄をかける際、そっと小声で伝えてくれました。
そうなのです。
何と言っても気になるのは殿下にべったりとくっついているクラシーナの優れない表情でした。
おかしいのです。
私を陥れようとしているのであれば、なぜあんなにも思い詰めた表情をしているのでしょう。
しかし、両手に縄をかけられて、まるで罪人のような扱いです。
その割に急かされる訳ではなく、ゆったりとしたペースで歩いてもいいのだから、おかしな話ではあります。
デ・ブライネ家の邸宅を出ると目隠しをされ、揺られている感覚がしました。
恐らくは馬車で移動していると考えるべきでしょうか?
意外と遠くに動かれたということでしょう。
思っていたよりも面倒なことに巻き込まれたようですね。
私はただ、祈るばかりです。
どうか、ユリ達が無茶をやらかなさいように、と……。
そして、今、私は海からの心地良い風を受けています。
海風が気持ちいい。
……なんて、悠長な感想を述べている場合ではないのは分かっています。
そうです。
ここはいわゆる牢屋。
頑丈な鉄格子がはめられた覗き穴から、磯の香りがする潮風が入ってきます。
「意外と快適なのよね」
「そうですな。複雑な気分ですぞ」
向かい側の牢に悄然とした様子で椅子に座っている中年男性が私の言葉に相槌を打ってくれます。
反り上げられて、つるつるの頭。
両端が跳ねている特徴的な口髭。
間違いありません。
この人こそ、件の人物の父親であり、騎士団副団長として実質的にデ・ブライネの騎士をまとめあげる指導者――オラーフ・ファン・ハールです。
彼がここにいて、クルトが下手に動かないように釘を刺す。
これは面倒どころか、厄介なことになったと考えるべきでしょう。
「よし。とりあえず、寝ましょう」
「お嬢はいつも通りですな」
慌てない、慌てない。
こういう時はじっくりと構えていれば、どうにかなるものです。
一休み、一休み。
ベッドは牢獄には不釣り合いなほどにきれいに整えられていて、快適そのもの。
横になった私が眠りの国の住民となるまでは本当にあっという間でした。