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閑話 クラシーナ

三人称視点


 オーラフ・ファン・ハール。

 デ・ブライネ家の擁する騎士団の副団長を務め、陪臣筆頭のファン・ハール子爵家の当主であり、辺境領きっての勇士としても知られる男だった。

 彼はまた、妻であるフェリーネを溺愛する愛妻家としても広く、知られていた。


 きれいに反り上げられた頭髪の無い頭。

 両端が跳ねた特徴的な口髭を蓄えた顔は厳つく、立っているだけでも団員に威圧感を与えられるほどだ。


 ところがこと、妻のこととなると声色すら、変わってしまうくらいに豹変するほどの愛妻家である。

 この溺愛されている妻フェリーネは夫と対照的なたおやかで美しい女性だった。

 美女と野獣などと揶揄される儚げな雰囲気を漂わせたフェリーネだが、その内面は夫と同じ激情家であると知る者は少ない。


 オーラフとフェリーネは一男一女に恵まれていた。

 息子クルトと娘クラシーナは母親譲りの美貌を受け継いだ有名な兄妹として、知られている。


 クルトは母親似の緑色の髪と整った容貌をした美男子である。

 長身で均整の取れた肉体はしなやかな肉食獣を思わせ、実際に騎士団の第一部隊長を務めるだけの確かな剣の腕と人をまとめる力を持っていた。


 クラシーナもまた、美しい少女に育った。

 ゆるやかなカーブを描く、癖のあるストロベリーブロンドの長い髪は父親譲りのものだった。

 その髪色もあって、母親に似た整った容姿は兄と並ぶと一枚の絵姿のように現実離れしたものを感じさせるのに十分なものだ。


 クルトがそうであったように同じ剣の道に進んだクラシーナは才能を開花させた。

 クラシーナの剣術は兄のようにオーソドックスな長剣と盾を構えない。

 レイピアのような細剣を片手で構え、刺突を重視した戦い方を旨とするいわゆる軽戦士のような剣術だった。


 見た目の愛らしさもあって、半ば好奇の視線で見られることの多かったクラシーナだが、その全てを実力でねじ伏せていく。

 やがて、第三部隊長の地位にまで上り詰めることになるが、それが自らの運命を大きく捻じ曲げることになろうとは思ってもいなかった。


 第三王子カスペルとの出会い。

 彼女がもし、ファン・ハール子爵家の令嬢として、生きていたのならその出会いはなかっただろう。

 なまじ騎士として、地位を持ったことが皮肉な運命に繋がったのだ。

 主の供として、王城に向かい、そこで出会ってしまった。


 そして、恋をした。

 別の()()を愛するカスペルに……。

 例え、振り向いてくれなくても構わない。

 彼の為になら、我が身がどうなろうとも構わない。

 恋の炎で自らを焼き尽くさんとばかりにその身を焦がす。


 そう決意したクラシーナは敬愛する主(ヴィルヘルミナ)を裏切ってしまう。

 彼女の中で主よりも恋する者(カスペル)への思いを取ってしまったのだ。


 クラシーナはカスペルに命じられるまま、その駒のように動き、主の婚約者である第五王子リュークへと巧みに近づいた。


「殿下は辺境伯となられる御方ですから、もっと色々と知らないといけません」

「ふむ。そういうものなのか」

「はい。殿下はまだ、()()()を経験されていませんでしたよね? それではいけません」

「そうなのか? 私は()()()()()()()()()()と聞いていたのだが」


 カスペルに聞いた通りだと内心、ほくそ笑みながらもクラシーナの心は引き裂かれそうなほどに軋みを生じさせていた。

 思い人の力になれるのが嬉しい。

 それなのに辛い、悲しい。

 誰か、助けて。


「わたしが教えるようにとお嬢様も仰ってました」

「そうか。ミナがそう言うのなら、そうなのだろう。宜しく頼む」


 同じ顔をしているのにどこまでも素直でそして、何と愚かな人。

 でも、その無垢というほどの素直さがあの人にあれば。

 そう叶うことの無い願いを胸に抱きつつ、クラシーナはその純潔を思い人の弟に捧げた。


 もう後戻りは出来ない。

 彼女の心は血の涙を流しながら、それでも体は動き続ける。

 まるで呪われたように……。

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