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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第二幕 悪魔狩りと再びの出会い
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第二幕 その2

「どおおおりゃぁ!」

 ユピテラの大音声が朝の空気を震わせるとともに、茶色い直線がその声を追い抜いた。

「っぬぉおああああああああっ!」

 そして、米粒みたいに離れていた竜人、マクの大きな体の中心をとらえてせめぎ合うこと一瞬、

「ぬおおお! だ、だべぇ!」

 気合の一声でもってそれを受け止めようとしたマクは、しかし止めきる事はできず分厚い胸板の中から弾いてしまった。

 そのまままぽんぽんぽんっと転がるそれは、子犬の頭ほどの大きさの毬だ。

 ファスが、渡したものである。

「ふふん! 今度はちゃんと真ん中に当たったわよね! ね!」

「は、はい! お、おみごとです!」

「いや、ほんとすごいっすね! あんな離れてんのに、すっげえ威力で」

「あの距離でもマクのおっさんがキャッチできないなんてなぁ、マジすごいべ」

 無邪気に喜ぶユピテラと、素直に褒めそやす兵士たちに、とりあえずファスはホッとする。

 何をやっているかというと、まぁ遠投、キャッチボールである。

 先日、手裏剣術をユピテラに教えたが、その延長としてファスが提案したのだ。

 ユピテラに任せて先日のファスよろしく兵士を滅多打ちにさせたら、最悪、殺しかねなかったので、なればと――本来は自分が殴られないためだったが-――代替案を提案してみたのだが、上手くいきそうである。

「前みたいにぶっ叩かれずに済んだし、なんとかごまかせたって感じかな?」、

「ごまかしてはねぇっつうの、あれも印地打ち、投石術につながる立派な訓練だ。おーい、ふりと声をちゃんとそろえろ!」

「う、うぃっす。わあああああああ!」「あ、あれ、はい。わああ」「ひぃー、ひぃー。わああああ」

 トマスの言葉に肩をすくめつつ、ファスが声をかければ、手前で隊列を組んで盾とそれぞれの武器を構えた兵士たちは、ひょろひょろと不揃いに素振りをしつつ、なんとか声を絞り出してる。

 うーん、限界か。

「よし、やめ! 気をつけ! 休め!」

「はぁ、ふぃ」「う、へ、はぁ」「ぜぇーぜぇー」

 命じると同時に、一様に息を荒げて腰がぬけたかのようにべったりと尻もちをつけば、木製の装備がカランカランと小気味よい音を鳴らす。

 鋲を打ち込み漆を塗り込めた木製の胸板に兜で、アイリス城伯の支給品として簡素な紋章が入っている代物だ。その下の服は各人の平服と思しき代物で、小手や脛当てはあったりなかったり。武器は不揃いで槍鎌ハンマー棍棒にと、各人の持ち物をそのまま使ってる感じ。

 まぁ、平均的な田舎の兵士か。木とは言え鎧兜をちゃんと着けているだけでも、それなりではある。

 その中のひとりのジィーは、若干、顔色を青くしながらも力なく笑って、

「いやっはあ、アレっすね、兄貴、鎧つけて槍ふるってのはあれ、大変なんっすね」

「ま、初めはそんなもんさ。むしろちゃんと規定回数、やりきったんだからお前さんらは見込みがある方だよ」

「そ、そうっすかね、へへへ」

 実際のところ大した回数は出来てないし、本来はさらに別の動きを加えて数周するので体力は並かそれ以下、と言う評価。その上で矮躯のジィーはさらに頼りないが、言ったところで仕方がない。

「そ、それであれ、次はなにするん、ぜぇ、はぁ、すか」

 こうして辛いはずなのに、やる気があるのは大幅プラスであることだし。

「次は行進だ。さっきの武器の素振りと掛け声を同じリズムでやったのと同じように、隊列と歩行のリズムを整えてだな」

「んなことやって何の意味があんだよっ」

 そうビシッと背中に刺さった不満げな女の声に振り返れば、鱗。

 姿形こそ人族に近いが、磨いた石のような鱗が首周りに見える女、恐らくナーガ族とのハーフと思しき中肉中背のファス以上に体格の良い娘が、ファスを睨んでいた。

 名前は、確か、

「ルゥグゥだったか? 不満か」

「当たり前だろう? お嬢様のお遊びかしらねぇが、いきなり最強の騎士団だなんだと意味不明な理由で、きっついことやらされそうになったんだぞ。不満に思わない奴がいるかよ」

 ぺっと吐き捨ててくるが、内容的にはその通りとうなずくしかない。が、それを認めてしまうと兵士をまとめるのに困る。

 ので、

「何言ってやがる、伯爵令嬢だぞ、遊びなわけあるか。中央の貴族のご子息なら普通、直属の従士をウン十人と率いるもんだぞ」

「だったらなんで俺らみたいな素人の平民に任せるんだよ。おかしいだろ。だいたい、平民なんて魔法も使えねえし力も貴族様にゃかなわねぇんだから、平民の兵士なんていらねぇだろ」

 まぁ戦場では、貴族に草でも薙ぎ払われるように蹴散らされるのが平民の兵士ではある。が、それに同意してはで。それに、

「そいつァ色々と心得違いだな。ルゥグゥ」

「ああん? どういうこったよ」

「何、分かりやすい話だ。なんで俺のような平民が、長年、傭兵できると思うよ?」

「それは、数合わせ、だけじゃねぇよな」

 竜人のハーフのためかなかなか太い首の鱗をいじりながら、ルゥグゥは神経質そうな切れ長の目を閉じて頭をひねっている。言葉は荒いが真面目な奴だ。

「それももちろんあるが、平民だって訓練したり工夫すりゃ強くなれるって話さ。こんな風にな。刻印、起動っと」

 そう言って、ファスはジャンプして、ルゥグゥの頭上を取った。

「え、あ、な、飛んでる!?」

「ま、こんな感じでな、色々とできるようになるわけだよ」

 そのまま何もない宙に留まり、浮いているように見える自分へ、呆気に取られる竜人。その人よりいかつい体格の割には幼い顔を空中から見下ろしながら、ファスはせいぜいクールに見えるよう、ニヤリと笑う。

 やってることは単純で、以前にナディの火球を防いだ透明な障壁を作り、その上へ体に刻んである身体能力強化の魔法刻印でジャンプ力を強化し飛び乗ったけである。魔法としても基礎、貴族なら鼻で笑う程度だし、実はこれだけでも数秒ほど全力疾走したくらいには疲れるのだが、顔に出さなければ何も知らない平民を説得する分には問題ない。

 実際、ルゥグゥは荒く、でも戸惑いからか勢いは弱く、

「っち。でもそれはあんたが出来るだけだろうが」

「お前らも出来るようにするのが俺の仕事だ。まぁ形は違うがな」

「……けっ。嘘くせえな」

 何か顔に揺らめきを感じたが、そうかい、とファスはただ肩をすくめるだけにしておく。

「すかしやがってよぉ。だいたい、俺らを仮に強くなれたとして、何するってんだよ」

「さあてな、ただ今は都の方もきな臭いからな。色んなところで色んなことがあるさ。あお嬢様も何かご内命、お仕事があるって感じだったぜ?」

「ホントかよ。こんなクソ田舎にいったいなんの、えーとご内命ってのがあるってんだ」

「流石に平民には話してくれなかったよ。ただまぁ、兵士ぶちのめしてたろ? アレから分かるように、貴族様ってのは子どもでもクソ強いから、色んなことを任されるもんなのさ」

 訳知り顔でファスはうそぶいてみると、どこかで鳥がぴーと笑うように鳴いた。今日も暖かで快晴、見慣れ始めた固い土の中央広場では、ユピテラと兵士たちが楽しげにボール遊びを、じゃなくて投擲術の訓練に励む声が続いている。

「そんな様子にゃ到底見えないが。くっそ脳天気な感じだし」

「ま、そこはご性格ってやつさ。何なら立身出世のいい機会だと思うぜ? 城伯様が俺みたいのでも騎士のお墨付きくれるんだ。お気に召されれば、お前も正式な郎等とかに取り立てられるかもよ?.」

「……郎等、郎等ねぇ」

 未だ瞳に不満を隠さないルゥグゥだが、これ以上文句を言うつもりはないようで、少しホッとファスは胸をなでおろす。

 実際のところ、中央の伯爵令嬢に直属の従士がウン十人必要なのかとか仕事を任されるのかとか貴族の子供の事情なぞ、ファスも知らない。

 そして当然、ルゥグゥという田舎の人間も知るわけもないので、テキトーに御託を並べてみただけである。平民も強くなれるという話も合わせて、表面上、従ってくれる程度には上手く行ったようだ。

 ひねてるようでも素直な方で、ありがたいことである。

 それに、

『……あんたは、帝国が滅びるほどの災厄が起こるって言ったら信じる?』

 子供が思わせぶりなこと言ってるだけ、と判断するのが普通だが、しかし相手は神族、本当にお遊びかどうかは分からない。

「何であれ、別にお前らいじめたくて訓練してるわけじゃないぜ? 武器を振るのは無論、掛け声ともどもリズムを合わせるってのは、戦闘時の隊列や魔法的な意味があるんだよ。次やる行進も」

 それに例えデタラメでも、基礎は真面目にやって損なことはないわけで。そうしてファスは、説明しつつ剣を構えて範を示すことにする。

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