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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
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第五幕 その20

「施しなぞ受けない! です!」

 だされたスープと串焼きに高声をあげたのは、魔力封じなる灰色の首輪を着けられた少女である。その額に神族の証、ユピテラと同じ角を輝かせている。

 先刻、ファスにぶちのめされたジラス伯のところの神族ちゃんだ。

「あ、アルマ様! ええっと、ジラス伯は関係ない! です!」

 いや、その反応は言わでもで関係あるって言ってるようなもんだろう。

「う、うるさい! とにかく私は名もなき山賊でアルマ様とは」

「ゼピュロ・タオ・ウロン。現ジラス伯の腹心で、武技は若手の中でも突出して秀でてるって話は聞くね」

 そうアイリス城伯は説明しながら、名もなき山賊ことゼピュロの前に先ほど作っていた魚のスープと木のスプーンを置けば、

「な、なんで知ってるんですか!? 古トカゲの癖に! あ、いや、その、ごめんなさいです!」

「はっはっは、年取ってると遠くの事はよく聞こえるようになるのさ。それに、会議の護衛に連れられてるのをちょいちょい見たしね。それより、食べない?」

 城伯の言葉にゼピュロは困った顔でスープと城伯の穏やかな竜顔を交互に見つめるが、最終的にその両方から目を背けた。

「ほ、施しは受けないと言った、です!」

 そう叫んだ瞬間に彼女の腹がグーと鳴ったので、まぁなんだ、あまり無理しない方が良いぞ?

「う、うるさいです! これはその! ちょっとお腹が空いただけです!」

 正直でよろしい、とでも言えばいいのだろうか?

 さて、現在は食事中である。野営の準備も終わり、周囲にはクモ足以外にちょこちょこと小さなテントが張られていた。皆はそれぞれ焚き火を中心に思い思いに座っているが、その手には共通して城伯特製の魚のスープと串焼き、そして焼き芋が持っている。

 持ってないのは、ゼピュロと村のこどもーー人質に取られていた子だが、ずっと目覚める気配がないので心配だーーだけである。

「うーん、困ったなぁ。せっかく作ったから食べてほしいんだけど」

「お困りのようでしたら、私が首を斬りますが?」

 竜顔の長い顎下をかいてため息をついた城伯に、そんな物騒な言葉を投げかけたのはナディだ。城伯も目をむいて、

「いやいや、首を斬るっていきなり物騒な。もっと穏便にお願いしますよ」

「お言葉ですが、悪魔や死霊術師を使い領内を荒らすだけでなく、ユピテラ様を罠にはめて御本人やその従者を傷つけたのです。穏便に済ませられる道理はありません」

「そ、それはそうなんですけどね。困ったなぁ」

 と、城伯が何故かその切れ長の竜眼で、少し震えつつもきっと目を崩さないゼピュロを見て、それからファスへ視線を向けてきた。正直、こっち見んなつーかなんでこっち見るなんですが、まったくもう。

 まだ胸の中にいるユピテラからーー腕こそ生えたがまだしびれがあり、満足にスプーンも握れなかったーー切り分けた芋を食べるついでに指を舐められながら、

「ええっと、城伯はなんでまた穏便に済ませたいんすか? ぶっちゃけると、ナディ様のご意見に反対する理由無さそうっすけど」

「そりゃあれだよ、自分の腹心を殺されたら、ジラス伯も怒ってケンカになっちゃうじゃないか。そんなの損しかないよ」

「ではやられっぱなしでいると?」

「そんなわけないでしょ。もちろん今後、ユピテラ様に手出ししたり領内を荒らしたりしないように釘は刺すよ。でも、ゼピュロくんの首を斬るとかすれば、どうやっても収まらない話になっちゃうからね」

「収まらなくても良い、と言うのは?」

「ないない。伝統ある伯爵家だよ。配下貴族の数もそうだし、あらゆるものを吸い込む紫銀の大釜を筆頭に、魔法具だっていっぱい持ってるんだ。下手には当たれないね」

「それならば、中央に申し出て正式に裁くべきです! 皇帝陛下の命でユピテラ様のお預かりしているのに、危害を加えようとしたのですから!」

 トマスが声高で主張すると、城伯は渋い顔で、

「ホウイ、皇帝陛下に報告するのはもちろん当然なんだけど、正式にあれこれされるのは困るんだよね。僕の失態が公になっちゃうから」

「失態って、そのようなことは!」

「あるってば。預かってた子がさらわれて怪我したんだから、大失態だよ」

「それは、罠を張られていたからで!」

「そういう経過はあんまり意味がないんだよね、特に僕を嫌ってる人たちにはさ。だからさ、公的にするのはこの通り、勘弁してよ」

 そう力なく笑って頭を下げる城伯へトマスは、で、でも! となにか言おうとて結局、口をつぐむも、再びナディが目を尖らせたまま、

「穏便にしたい、という理屈は分かりました。ですがやはり道理としては納得し難い。失礼ながら、ただ単に臆病風に吹かれて、ことなかれで済まそうとしているのでは?」

「ん、そうだよ。ことなかれにしたいんだよ。僕や領民、現ジラス伯全員のためにもね」

 そうスプーンでスープをずずいっとすすり、うーんちょっと塩っ辛いかなと首を傾げる。

 味はこんなもんじゃないっすかね、と意見しつつファスは問いかける。

「現ジラス伯のためってのは、やりあうと双方被害が出るからってことっすか?」

「それもあるし、ええっと、なんていうかな、建設的な考えってのもある」

「というと?」

「現ジラス伯は先代がお亡くなりになって代替わりしたばかりで若いからね。代々のしがらみを少なくするのに、ちょうどいい時期なの。それを台無しにしたくはないんだよ」

「そうはおっしゃりますが、悪魔や死霊術師をけしかけてくるような相手ですよ」

「それに、釘を刺すとのことですが、ユピテラ様を襲った責任はどう取らせるおつもりですか!」

 ナディとトマス、両方から責められる城伯は、遠慮がないなぁとぼやきつつ、

「一つずつ答えていくね。まず悪魔や死霊使いだけど、ちょっとおかしいと思うんだよね」

「リスクが高いって話っすか?」

「うん、それもあるし、僕が知っているジラス伯は、先代もそうだけど、良くも悪くも誠実清廉かつ質実剛健で策を練るタイプじゃないからね。悪魔や死霊使いをけしかけるタイプじゃとても」

「そいつは買いかぶり過ぎってもんでしょうよっ!」

 そう吐き捨てたのはルゥグゥ。自分の声が、静かな月夜に予想以上に響いてしまったからか、気まずそうにうつむくが、城伯は特に気にした風もなく、

「どうしたのかな? 存念があるなら聞くよ?」

「……城伯様だって分かってんだろ、ジラスの奴らがどんなことしてるかなんて」

「湖に行く前に兵士たちがそんな話してたわね! ジラス伯のせいで色々と迷惑してるって!」

 ルゥグゥとユピテラの言葉に、なるほどなるほどと城伯は頷き、

「うん、ジラス伯の配下は正直、大所帯なのを割り引いてもどうしようもないのも多いよ。でもジラス伯本人は別だ。そこは分けて考えないといけないよ。今回の襲撃にしてもね」

「つまり家臣が勝手に動いて主導した、と? しかし現にジラス伯の腹心にも襲われておりますが?」

「そこは、どうなのかな?」

 ナディの指摘を受けて、城伯はじっと静かに城伯を見つめていたゼピュロに問いかける。

「……私は先走っただけです。アルマ様は今回の件はご存知ではない、です。首謀者は……」

 そこまで言ってゼピュロは口を閉じるが、

「企んだのはワム家のご長老辺りでしょう? それと逗留してる新しい客人、神蹟調査騎士団の支部長のスート・アマツ・メィティさんかな?」

「な、なんでそこまで!?」

「年を取ると耳は遠くまで聞こえるっていったよね? 存外、年季はバカに出来ないのさ」

 驚くゼピュロに微笑みかけた城伯は、瞳を閉じてなにか考えるように、

「ワム家なりは僕の足を引っ張りたいだけなのは分かりやすいんだけど、神蹟調査騎士団の人が何を考えてるのか分からない。特に悪魔の件は、些か大事になりすぎるし、そもそも僕すら知らない話をどうやって動かしているのか。そういう不安要素のためにも、ジラス伯とここで完全に対立するのは避けたいんだ」

「ですが! ユピテラ様への危害は」

「ほんにゃことどふでもいいじゃない!」

 トマスが再び糾弾を開始しようとしたとこを、割り込んだのはユピテラだ。それはいいんだが、食べてから叫んでくださいよ。

 とりあえずファスは、水筒を口につけてあげると、ユピテラはモキュモキュと喉を鳴らして改めて、

「そんな私のことなんてどうでもいいじゃない!」

「ど、どうでもいいことなんてありますか!」

「別に死人が出たわけじゃないでしょ! フィルレや他の兵士が死んだりしたら許せなかったかもしれないけどそうじゃないし!」

「し、しかし!」

「本人がいいって言ってるの! ごちゃごちゃ言うな! 城伯殿!」

 トマスが不満げに口を尖らせるを無視したユピテラは城伯へと向き直り、ファスの胸から離れて改まって手だけでも礼を取る。

「私の希望は、悪魔を倒し邪神の影をこの地から払うこと! そのために今回の件を上手く利用できるなら利用してください! 私も及ばずながら全力で協力します!」

「お言葉、しかと受け止めました。このアイリスの地を任された城伯として、五つの竜爵たちの年長者として、ご希望を叶えることをお誓いいたします」

 城伯もまた、姿勢を正して頭を下げる。と、邪神、か……、という微かな城伯の呟きがファスの耳に聞こえた。

「ということで、この話は城伯一任! あんたたちも文句ないわよね!」

「……ユピテラ様のお望みのままに」「はぁ、もう、御意の通りに。なんて報告しよう?」

 ユピテラの宣告を、ナディとトマスは渋々という感じはまだあったものの、これ以上の言葉はなく受け入れた。

「ええっと結局、どうなったのですか、ファス様?」

「ま、あんま大事にせずに、ジラス伯様本人と城伯様が話あって内々で済ますって事になったんだよ」

 ファスの答えにフィルレはほへぇと言う顔で脇の鍋からスープを汲もうとしたが、

「あ、こら何してるのジェニスタ!」

 シュルシュルーと触手が伸びていくのに気づいて、ジャニスタを叱りつけるも、時すでに遅し、

「あっ!?」

 ゼピュロの目の前に置かれていた串焼きは触手へ絡め取られて、哀れジャニスタの口の中へと収まった。

「す、すみませんすみません! ジェニスタが無作法を!」

「い、いえいいのです! 施しは受けないといいましたし! 大丈夫です!」

 と叫ぶと同時にゼピュロの腹はグーとなる。いいからもう食えよ?

「つーか、ゼピュロ様はどうするんすか? 穏便に済ますってことですが、解放するんで?」

「うーん、そこまでは信用出来ないからなぁ。とはいえ、捕虜とかあんまり無碍な扱いもしたくないし、どうしよう?」

「どうしようと言われましてもね」

 城伯から逆に問われたファスだが、もそうそう案なんて思いつかないわけで、

「なら私の騎士にしましょう!」

 なんとか案をひねり出す前に、ユピテラはそんなことをいいだした。

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