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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
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第五幕 その18

(やっぱりすげえぜ、騎士さんはよ)

 岩陰からファスの戦いを固唾を飲んで眺めていたルゥグゥは、肺の奥から深くため息をつく。

(今回はジラスんとこのクソ貴族二人をぶちのめしちまったしよぉ。バケモンかよ)

 魔力、まとっている気配こそ同じ平民だというのに、自分たちの数倍以上の重い気配を感じる貴族たちを倒すなんて。

 俺も、魔法さえ使えれば、傭兵なり兵士なりで経験を積めば、あいつに付いていけば、あんな風になれるのだろうか?

 そうすれば……。

「……とと、ボーとしてる場合じゃねぇな。フィルレとユピテラ様、やばかったしな。あそこか」

 そう気を失っている神族の娘を担ぎ直して、ルゥグゥは二人を回収して近くの岩陰に隠れていたトマスへと近づく。

「おう! トマス! あっちは全部、ぶっ倒したぞ! そっちは!?」

「あ、うん、終わったんだね。こっちはその、フィルレが……」

 トマスが痛ましげな表情で、軟膏を塗りつつ魔法陣なのか文様の入った包帯を巻きつけているのは、ぐったりとしたフィルレ。マントの上で服を脱がされ横向きに寝かされた彼女は血は拭き取られこそいしているものの、青白く明らかにやばい状態だ。大穴が開けられていた腹には包帯とともに大きな砂時計、いや液体時計のようなものを付けているのだが、魔法具なのか横向きに付けているのに、ヘソへ向かってポタポタと液体が垂らしている。

「なんだそりゃ? 騎士さんの魔法具か?」

「ああいや、これは僕がへい、ええっと、傭兵団の方の団長さんに念のためで持たされてた奴だよ。治癒力を高めつつ、魂の形から肉体を読み取って」

「細かい説明はいい。治療具ってわけだな。助かるのかよ」

「……傷は戻せるよ、その前に死ななければ」

「じゃあ、死なせないでください……」

 そう苦しげに呟いたのは、ユピテラである。こちらも足が融けたままだけでなく、両腕も変な煙とともに消えかけている

「ったく、話してる場合じゃなかったな。トマス、何すりゃいい?」

「ええっと、ユピテラ様は魔力切れだから、マナポーションを大量に飲ませればいいはず。ファスが背嚢にマナポーションあるって言ってたからそれを」

「私は、いいから、フィルレを……」

「アホか! いいわけねぇだろが!」

 思わず怒鳴ってしまって、ふぇっと怯んだユピテラに思わず舌打ちもしてしまう。死にかけの相手に自分は、というのもそうだし、彼女がいらん責任を感じて自分を蔑ろにしていることも苛立たしい。

「でも、でも、また、私のために誰かが、死ぬのは、嫌なんです、だから……」

「こっちだってあんたに死なれたら寝覚め悪いっての。分かれよな、それくらい」

 また舌打ちが出そうになるのを我慢して、ルゥグゥはファスの背嚢を漁る。

 中身はロープや大きめな布、食料といった日常的なものから、盾のようなものや鎖や何かの鉱石、部品のようなよく分からないものが入っていて、マナポーションというものがどれだか分からない。

「緑色の液体だ。下の方の木製の薬箱に、っとどうしたジェニスタ?」

「おう、おつかれさん騎士さん。そっちはだい、ってジェニスタがどうし、うお!?」

 ファスに返事をしようとしたルゥグゥの顔を、ジェニスタの触手がかすめた。思わず触手の付け根にある彼女の顔を見ると、変わらぬ無表情だが、さて?

「なんだよいってぇ、なんか敵がいたのか?」

「ちょ、ちょっとジェニスタ、何を、きゃあ!?」

「あん?」

 トマスがいきなり女丸出しの甲高い悲鳴にルゥグゥが振り向けば、伸びた触手は横向きに寝かされたフィルレの胸を貫いていた。

「って、え!? なんでだよ!? おいジェニスタ!?」

「ま、まだ操られてるのか!? おいちょっと!?」

 流石にビビってるファスが、左手で乱暴にジェニスタを揺するが、彼女は表情を変えることなくそのままフィルレを触手で滅多刺しにする。

「介錯かなんかか!? だからってそんなぶっ刺さんでも!?」

「いや、もう無理やり止めろ騎士さん!? 介錯とかしたらユピテラ様がガチ凹んで!」

「ふ、ふたりとも! 待って落ち着いて見て!」

 混乱するルゥグゥとファスに、同じく呆気に取られるしかなかったユピテラが、声をあげて指差す。

 そこには、何本もの触手が刺さったフィルレ。だが、不思議なことに血は流れておらず、逆に青白かった顔がみるみる血の気が戻ってきて、

「は?」「ええ!?」「おいまじかよ!?」

 ぼこんっと斬り落とされたはずの腕も、包帯をちぎって生えてきた。そして、

「ん、く、あ……」

「フィルレ!? おい、大丈夫かよ!?」

「あ、はい……、あの、え、これ、なんですか!? ええ!?」

 ルゥグゥの呼びかけに寝ぼけたように答えたフィルレだが、触手で針山みたいになっている自分の有様に、吃驚仰天としかいいようなく覚醒する。

 酷い絵面にせよ、痛みなどはなさそうだが……。混乱する皆を落ち着けるように、ファスはごほんと咳払いして問う。

「見ての通りジェニスタがお前を滅多刺しにしたんが、それで怪我とかが治ったみたいでな。痛いところとかは?」

「あ、はい、触手が刺さって変な感じですけど、痛いとかはないですが……」

「な、なるほど。じゃあジェニスタの触手は、治癒効果もあるってことかね?」

「す、すごいね。へ、じゃなくてええっと、この魔法具でも助かるかわからなかったのに」

「あ、いや治癒効果じゃなくて、たぶん、ええっとその」

 トマスの疑問に答えて曰く、フィルレは封印の一族故に、ジェニスタと親しい存在なので、生命力を分けてもらったのではないか、ということらしい。

「だからって、死にかけがすぐ元気になったり、腕が生えたりするもんなのか? どう思うよ騎士さん」

「騎士さんはやめーや。普通の貴族様だと斬ったばっかの腕とかはくっつくけど、生えてくるってのは聞いたことがねぇんだけど」

 ファスと話していると、ジェニスタの触手を抜かれ、地面に下ろされたフィルレが、足腰に力が入らないのか、うひゃっと尻もちをつく。それでも見たところ触手を抜いた部分も特に傷跡もなく塞がっていて、生えた腕の方も普通でむしろきれいなものであるが……。

 ファスも訝しげに首を傾けつつ、

「まぁ、神族様とかは何でもありだし、ジェニスタは有名な悪魔っぽいからいけるの、か? どう思うよトマス?」

「僕に聞かれても分かんないよ。上位の治癒魔法具だって、こんな簡単に死にかけた人をもどせないはずではあるけど……」

「……なんであれ、助かったのなら良かったです、本当に」

 そうほっと呟いたのはユピテラで、気がぬけたように目を閉じて、そのまま体から出ていた煙が強くなり腕が本格的に融けだして、

「って、やばいやばいやばい!? ユピテラ様! ホッとするのはいいけど気ぃしっかりしろ! 死ぬな!」

「と、とりあえずマナポーションだポーション! 薬箱からさっさと出せルゥグゥ! トマスはなんかねぇのか!?」

「な、なんかって言われてもええっとええっと!?」

 てんやわんやに背嚢をひっくり返しの木箱を開けぇので、なんとか異様に濃い黒緑色な液体が入った小瓶を取り出す。

「緑っってたけどこれか!? なんかやべぇ色してるけど!」

「それそれ! とりあえず全部口にぶち込め!」

「う、うん! ま、魔力切れってだけだろうしそれでなんとか、ってちょっと待って今、何色って言った!?」

 トマスが疑問を言い終わる前に、ルゥグゥはユピテラの小さくて今は紫色の唇を軽くこじ開け、小瓶をとりあえず逆さにして全部どばっと喉へ入れてしまう。

 しまった、もっとゆっくり入れないとまずいか? などとルゥグゥが気づいた時には、

「ふぎゃーーーーー!!!!!!」

 という聞くとショックで死ぬという野菜の断末魔もかくやな、ユピテラの金切り声が響いた。ぴゅっと緑色のヤバげな液体が吐き出される。

「ひ、は、ふ、へ」

「す、すんません! ユピテラ様! 焦って強引になっちまって」

「気にすんなルゥグゥ! どんどん強引に入れてけ! それよりもう2本あったろ! 続けろ!」

「お、おう! これだな! 今度はゆっくり行くぜ!」

 半目になって舌をだしてあえぐという、人様には見せられない表情をしているユピテラの顔を起こして、もう一つの瓶を口に今度はゆっくり入れる。

 と、

「!!!??? あぶ!? うげ! べぇ!?」

「ちょ、ユピテラ様!?」

 激しく咳き込んで吐いてしまった。

「だ、大丈夫なのかよ!? なんか様子やべえぞ!? 薬間違ってんじゃ」

「間違ってねぇ間違ってねぇ! だいたい予想の範囲だ! いいからさっさと続けろ!」

 ファスが叱咤してくるが、流石に気管に入ったわけでも無さそうなのに、げはげはと咳き込むユピテラに、ルゥグゥは躊躇してしまう。

 その間に、脇からトマスがおいておいた小瓶を確かめて、目をむいた。

「これマナポーションの原液じゃない!? なんてむごいことを!」

「な、なんだ!? やっぱやべぇ薬なのか!?」

「やばかぁねぇよ! ただ単に」

「まずいーーーー-!!!!!!!」

 咳き込みが落ち着いたらしいユピテラが、聞き慣れた大音声でそんなことを叫んだ。

「はぁ?」

「何なんですか!? 今の飲まされたのは!? まずすぎて苦いとか辛いとか気持ち悪いとか超越してます!」

「よし、大分、元気になったな」

 ファスがちょっとホッとしつつ述べる通り、ユピテラの体の煙と融解は収まり、顔色も大分、良くなってはいるのだけれど。

「よくないです! 幾ら何でもこんなもの飲ませるなんて酷いです! もっと別のものないんですか!」

「ありません。続けろ」

「いや続けろって」

「い、いや! お願いだから止めてください! もう無茶しませんから!」

 フィルレが死にかけてた時以上にボロ泣きのユピテラを見れば、ルゥグゥの手も止まらざる得ないわけだが。

 するとファスがため息一つとともに、ルゥグゥから薬瓶を奪ってユピテラの口へ近づける。

「や、やめ、やめてください! 私の騎士なら、そんなひどいことしませんよね!? ね!?」

「あなたの騎士だからこそ命の危機は看過できないので。お覚悟を」

「ひ、ひぃ!? ええっと! そ、そうです! ジェニスタ! ジェニスタの触手で刺せば私も元気になるのでは!? できますよねジェニスタ!?」

 懇願とともに視線を向けられたジェニスタは、無表情のまま、ではなくなんと首をぷるぷる横に振った。その初めてとも言うべきジェスチャーに一同驚いたが、当然、ユピテラは血の気が戻っていた顔を真っ青にしつつ、

「そ、それはできるってことですよね! 首を振ることが肯定のジェスターだと思っているんですよね!」

「いやそれ無理あるっしょ。まずいくらい我慢して飲んでくださいよ。まだなんか手足に煙立ってますし」

「あなたは飲んでないからそんなこと言えるんですルゥグゥ! あんなの昔食べた雑草の根やウジの湧いた肉のほうがまだましです! 地獄の劇物です!」

 なんかすげぇもん食ってんなこの人。それはさておき、残念ながらジェニスタはぷるぷる子供の揺れるおもちゃみたいに首を振り続け、フィルレも「ええっと、無理かと……」と申し訳無さそうに具申しているわけでありまして。

 ファスは有無を言わさぬ無表情のまま、

「往生際が悪いですよ。いいから飲んでください」

「うぐぐぐぐ! せ、せめて口移しで! 口移しでお願いします!」

「まずいからいやです」

「自分だってそうなんじゃないですかぁ! いやーーーーーー!!!!!!」

 なんとか逃れようと体をジタバタ、顔をブンブンと振り回す。しかし、多少元気が出た程度なのは変わりがないようで、ファスに組み伏せられて動きを止められてしまう。

「や、やだぁ、やだよぉ、助けて、ファスぅ」

 ついに幼女化してユピテラは助けを求めるも、その相手は加害者?のファスである。そして当然残念ながら、当のこいつは涙目泣き言にも一切動じることなく、凌辱の手を緩めない。

「よいしょ」

「そんなテキトーじゃなくてせめて雰囲気を! ふぐぅ!?」

 どういう雰囲気で飲ませろと? というボヤキとともに、そのまま容赦なく口へ地獄の悪魔も逃げ出す毒薬を流し込む。そして更に吐き出さないように抑えれば、ユピテラの方はふぐ、ふぐ、とうめいたと思ったら、白目になってピクピクと痙攣してしまった。

「……やべぇ反応だけど、大丈夫なんだよな、騎士さん?」

「まぁ死にはしねぇよ、うん」

 死にはしないけど発狂して二度と正気に戻れない、とかそういうレベルに見えるのだが、本当に大丈夫なのだろうか?

 トマスも同じことを思ってるのか、ファスを残虐な狂人を見る目で睨みつけながら、

「おいたわしや、ユピテラ様。ていうか、なんで加工したものじゃなくて原液なのさ。せめて無臭加工とかの持ってないの!?」

「貴族でもねぇのにたっかい加工品なんて買えるか。飲めればいいんだよ飲めれば」

「飲めればの範疇なのか、これは?」

「感覚と思考を分離できるようになってりゃ飲める」

 そんなよく分からんこと言い出す奴、ファスくらいしかルゥグゥは知んねーんだけど。

「難しい話じゃねぇんだけどな。要は慣れと気合だ。平民が魔法使いたいならどうせ飲む羽目になるし、何なら試してみるか?」

「いやいい。できれば飲まないよう努力するわ」

 無駄な努力だと思うけどねぇ、という不吉極まりないことを言いながら、ファスはまた禍々しい緑の小瓶を出して、

「ん、完全に気絶したみたいだし、今のうちに飲ませておくか」

 そう一切の慈悲を持ち合わせない宣言をして、白目をむいたままのユピテラへ地獄の劇物ことマナポーション原液を流し込むと、びくんっと彼女の体が跳ね上がった。

 ……本当の本当に大丈夫なんだろうか? と改めて心配するとともに、頼むから飲むような羽目にはマジでなってくれるな、と心の底から願うルゥグゥであった。

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