第一幕 その2
騎士というものは戦う貴族である。
乗騎を持つ権利とか、最下級の貴族位だとか、色々と意味はあるのだが、ユラシアの地では大体にして、そういう意味で使われている。
最近では戦わない人族などでも、頭の回る官僚や大富豪が、文官としてあるいは金の力で、騎士位を叙任することもある。しかし、由緒正しい貴族たちにとってそれらは所詮、羽ペン騎士に成金騎士と嗤われるまがい物、正しい騎士の在り方ではない。
槍をかざし剣を振るい、各々に伝来の魔術で以って戦場を疾駆し制圧する。
それが騎士。
貴族の花形であり、彼らの誇りでもある。
「だから、あんたも強く、かっこよくなるのよ! 誉れある私の騎士団の一員としてね!」
「は、はぁ」
優美な装飾を子供らしい少しだけの膨らみで曲げて、キラキラと眩しい鎧の胸を張る少女の前で、片膝をつかされたファスは、ただただ頷くばかりである。
さて、さっきの少女がした騎士にする宣言の後、ファスは彼女に引きずられるようにして、倉庫の裏手までやってきた。
城壁のやや広がった部分と土蔵に挟まれた、ちょうど裏庭のようなスペースだ。刈り取られた雑草が、緑の絨毯かなにかのようである。
「え、えーと、それで、その、何とお呼びすれば、よろしいのでしょうか」
色々と意味不明な状況だが、とりあえず、名前を尋ねてみる。前述の通り、何の情報もない謎のお嬢さまなのだ。
が、えへんと咳払いした彼女の回答は、
「団長よ! 当たり前でしょう!」
「そ、そうではなくてですね、えーと」
「ああ、騎士団の名前ね! うーん、まだ特には決めてないけど、どんなのがいいと思う?」
「ど、どんなのと言われましても」
「グレートデラックスウルトラナイツとかはどう!? あるいは、ミラクルスーパーライオンドラゴン騎士団とか!」
こういう子供な発想は、身分の上下に関わらないらしい。
もっとも大人は大人で、特に青くないのに地獄の蒼兵隊とか、代々村の薬屋だった癖に、滅んだ国の貴族を僭称してロイヤルナイツとか、別に巨人族もいなければ体格が大きいわけでもないのに巨腕同胞団(尚、現在のファスの所属である)とかケッタイな名づけをやったりするが。
「……団長ご自身の名前を、お使いになられるのはどうですか? そうすれば、団の勇名と共に、ご自身の名も広まりますし」
「ふむ、となると、ユピテラ騎士団とか、ファイレード騎士団になるのね。いまいち派手さに欠ける気もするけど……」
ユピテラというのは、確か古帝国の神さまの名前なので、ファイレードが姓と当たりが付く。ただ、貴族事情なんぞ知らないファスには聞いたことがない姓であり、彼女の素性は、いまいちハッキリしないが。
「そういえば、聞き忘れていたけど、あんたの名前は!」
「ファスと申します、だ、団長」
「……ファス?」
ばっと宝石のような瞳が、自分の目の前に来た。
「確かに顔形はそのままで、あの時より若いけど、当たり前か、昔だもんね。顔の傷はないけど、これからつくのかしら?」
「え、えっと、なにか?」
「あ、いや、その!? 頭が近いわよ!」
そっちが近づいて来たのでは? という疑問が浮かんだ瞬間、ファスはどんっと地面に押し倒された。理不尽だ。
一方のでかい木刀の少女ことユピテラは、ファスへビシッと指差しをして、
「あ、あなた、確認なんだけど、る、ルーク村のふぁ、ファス、なのよね!?」
「へ、あ、いや、確かにルーク村出身ですが……」
「じゃ、じゃあ! 城塞破りの!? ネルダ川の100人のファスでいいのよね!?」
自分から離したくせに、またもユピテラは勢いよく覆い被さって顔を寄せて来た。鼻先がふれて、荒い吐息が唇をくすぐって来る。
「は、はぁ、そうですが、えっと、どこでそれを?」
「それは、それ、は……」
何故か何かに耐えるように目を伏せて、ユピテラは黙ってしまう。暖かな陽の光に照らされているというのに、彼女だけが置いていかれた石像のようで、はぁまったく、なんなんだ?
(……しかし、妙に俺の経歴に詳しかったな?)
先程、マクたち3人の兵士とだべっていた通り、ファスは別に有名人ではない。傭兵仲間なら知ってる奴もちょっとくらいいるかも知れない、程度の知名度だ。
それなのに武張っているとはいえ貴族の子供が知っているなんて、まずありえないと思うのだが……。
「覚えてない、ですよね。でもそれなら、運命、なのでしょうか、い、いやでもこいつ、生意気だったし、平民で、勝手に死んだし、だけど、だけど、じゃなくて……」
ユピテラは、ミミズよろしくブツブツうねうね悶えていたが、ファスが訝しんでいるのに気づいて、
「だ、だから近いって言ってるんです!」
「ったぁ! 押すのは止めてください押すのは! 二回目ですよ! 頭打つの!」
「う、うるさい! とにかく、あなた、あんたは私の騎士なんだから! ええっと、とにかく! 忠誠の誓いをなさい!」
「いや、忠誠の誓いとか言われても」
「っ! い、いいから! 早く、早くなさい!」
ええ……と言うのが正直なところなのだが、ユピテラの丸い瞳が、何故だがすがるようにこちらを見つめていて、真面目にやらないとまずそうである。
ええっと、よく芝居でやってるあれでいいか、そうファスは片膝をついて、
「あなたが私を知ってくれたというのなら、この身、この力を我が生の果まで、あなたに捧げましょう」
帝国で演じられる劇の中でも定番中の定番、帝国の始祖とその最古の忠臣の物語で、忠臣が始祖に見いだされ、騎士へ叙勲する時に行われたと言われる、忠誠を誓いだ。
田舎の祭りや遍歴の吟遊詩人から帝都の大劇場まで、様々な場所で詠われる有名なセリフで、些か陳腐なくらいの引用なはずなのだが、
「っ!」
ユピテラの瞳からぽろりと、涙がこぼれた。
「え、ちょ、ど、どうしました!?」
なにかまずいことが? と慌てるファスだが、ユピテラから右手を差し出されて止められる。
「待って、待って、まさかと思いましたけど、本当に、待って、落ち着きなさいユピテラ、偶然ですよ、こんなの。それとも、覚えて……?」
「だ、大丈夫、です、か?」
「…………」
「あ、あの?」
じいっと盗人でも検分するかのように、ユピテラの艷やかに潤んだ瞳はファスに突き刺さってくるが、そこから言葉はない。
な、何をやらかしたんだろうか? もしやトラウマか何かがあったのか? いやしかしそんなの気づけと言われても、いや機嫌を損ねたらまずいしとりあえず謝るなり靴をなめるなりするか、でも何のアクションもないしえーと……。
とファスが悩んでいると、ちっとでかい舌打ちと共にそっぽを向かれた。
「……こんな馬鹿面じゃ、覚えてないか、もう! 期待させて! あなたはやっぱり最悪です!」
「いや最悪って、んないきなり……。そもそも、なにか約束とかしましたっけ?」
「なんでもないからいいんです! それより! 頭が高い! さっきの続きするからひざまずけ!」
横暴がすぎる。がまぁ貴族様のやることである。気にしてもしょうがない。そう殊勝な面を整えて、先程と同じようにひざまずく
そうして少し上目遣いに観察すれば、ユピテラは何故か緊張した面持ちで、軽く深呼吸していた。
……奇妙なほどの真剣さ。何故だ、という理由への答えはファスにはない。覚えてない、のではなく、ないはずだ。
ないはずなのだ。
それでも、静かに、穏やかな陽光を祝福として、彼女は誓うのだ。
「……なれば、その忠に応えるため、私はたゆまぬ努力でもって徳を積み、知を育み、赦しを覚え、勇を貫き……」
繋がれた言葉はどこまでも芝居通りで型通り。でも空を見上げていた。
ただ青く、どこまでも果ての無いはずのものの先へ向けて、ユピテラは最後に、彼女だけの言葉を紡ぐ。
「今度は、私が守ってみせます。誇れる主として」
ーーもう三年前、否、まだ8年後の未来の話か。
あの時ファスが死んでから、ユピテラが未来から過去へ戻って経った、あるいは近づいた時間は。
『あなたが私を知ってくれたというのなら、この身、この力を我が生の果まで、あなたに捧げましょう』
覚えている。
そう膝を折って、ちょっと照れくさそうにしていたファスの姿を。
ユピテラにはあの時、何もなかった。神族は超常の力があると崇め奉られるが、当時、未覚醒でただ単に深窓の令嬢だった彼女にはそんな力はなく、ただ藁にもすがる思いで助けを求めてきた人々が魔族に殺されるのを眺めてるしかなかった。
『だから! あなた達はもう私のために死ぬ必要はないのです! 私を囮にして逃げればそれでっ!』
そうユピテラが半狂乱に叫んだあの時、いつものように困った顔で首を傾けていたファスが、ぽんっと手を打ってやりだしたのが先程のセリフである。
逃亡の中で演劇のアレコレが好きだとか話したからか、旅の無聊を慰めるためにちょっと小芝居やったりしてたからか、あるいはどうなだめるかに窮したためなのか。
『だから、俺が守ってみせるさ。正しくは、俺達が、な』
ただ、そんな陳腐な素人演技が、無力感で壊れかけていた自分を救ってくれたのだ。
『な、なにそれ、全然、似合わない、大根役者も、いい、ところ、ですよ』
そりゃ失礼。なら逃げ延びたらご教授でもしてくださいよっとっと答えるファスに、周りもそれなら俺も、いやお前は役者ってガラじゃないだろなどと、明るく唱和して、それより続きをお願いしますと誰かが促して、
『……なれば、その忠に応えるため、私はたゆまぬ努力でもって徳を積み、知を育み、赦しを覚え、勇を貫き……』
あの時は、この言葉の先を言うことは出来なかった。どうせ何一つとして出来はしないと、思ってしまったから。
『ーー皆殺しにせよ』
ちりりと胸が痛む。記憶が混ざり合い、浮かび上がる。
『早く逃げろ! 姫さん! がは!』『うわあああ! 助け、助け、が!』『畜生! 強すぎ、ぎゃあ!』
腕がちぎれ飛び、胴がひしゃげ、頭が砕かれる。巨大な灰色の、陶器質の植物のような灰色の悪魔の触手と、それを率いた銀髪の魔族の剣が、ユピテラの大事なものを全て壊していく。
そして、
『その言葉だけは、聞けないな』
胸を貫かれ死の淵にあって尚、そう最後まで変わらぬ優しい笑みを浮かべた彼は、白い光に飲み込まれた。
ーーそんな未来は、もう、ありえない。
「今度は、私が守ってみせます。誇れる主として」
忘れ得ぬ記憶とともに、ユピテラ・アマツ・ファイレードは、やり直しの道を歩む。