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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
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第五幕 その12

「ひ! あれ! な、なんすか!? ぎゃ!」

 慌ててジィーが立ち上がろうとした瞬間、更に触手が彼を吹き飛ばし、同時に引っこ抜かれた剣が鼻先をかすめる。

「ジィー!? 大丈夫!? ジィー!?」

 そのまま近くの岩にぶつかったジィーは、力なく倒れて動かない。

「ユピテラ様!? 増援か!? すぐにおにげ」

「うるせえんだよ!」

 そしてナディより乱暴でうるさい怒声により、ブチンと彼女の魔法も途切れてしまう。

「ったく、女の声ってのはこれだからよ! ビビらせようと思ったのも失敗するし! あのすかし野郎の下についてからとんと運がねぇ!」

 そして、鎖に繋がれ円を描く剣を、魔法なのか軌道を不自然に直線に変えて引き戻した男は、忌々しげに舌打ちをした。

「誰よあんたは!? 私の兵士によくも!」

「あー黙れ黙れ! 直に聞くとほんとうるせぇんだよ! てめぇもよ!」

 そう粗雑に吐き捨てる男は、一見すると優男である。汚れ一つないニキビ一つないツルっとした顔に、丁寧に剃られたアゴ、きちんと現れて固められた光る髪。それこそ役者かなにかのようだが、そんな一部の隙もない顔立ちに宿る瞳には、あらゆるものを小馬鹿にするような嘲笑が鋭く宿っていた。

 その手には鎖付きの剣。魔法具なのであろう、不思議な紋章が刻まれている。一方の鎧は平民の衛兵などが着る無個性な鉄鎧で、紋章どころか装飾もなく、人目を引き付ける容貌には釣り合わず、些か滑稽さすら感じるか。

 もう片方の手には、梟を模した水晶を取り付けた杖が握られていた。

 ぞくりと、ユピテラの背筋に寒気が走る。

(あの杖、なんか嫌な感じがしますわね。梟は邪悪を払うシンボルなはずですが)

 魔法具の知識なんて大してないから、ユピテラにはよく分からないが。

 なんであれ、魔道具を装備しているなら貴族であるのは間違いなく、感じる魔力もナディには及ばないが大分高い。……どう考えても、今の弱った自分では対処が難しい。

「ああほんとついてねぇ! こんなクソガキの相手もそうだし、せっかく地下に潜ってぶち殺そうとすれば、てめぇらは穴掘って地上に出ちまうしよ! 連絡も遅えしあの死体女も気が利かねぇったらありゃしねぇ!」

 焦るユピテラを他所に、男は好き勝手なことを叫んでいるが、しかしこの乱雑な口調に地下、そして死体女という発言から思い当たるのは、

「もしかして大神とか言ってた蛮族!?」

「誰が蛮族だ! 生意気な小娘が! てめぇはやっぱり生きたまま腸を食べてやらねぇといけねぇみてぇだな! しかしまぁチビだがなかなか美味そうな体つきしてるじゃねぇか!」

「気持ち悪! 子どもが趣味なんて!」

「ああ、ちげえちげえ! 腸を食べるってんだろ! ガチで食うんだよガチで! まぁそっちの意味でもいいけどな!」

 そう、全身を舐めるようにねめつけてくる優男へ、ユピテラは先程の寒気とは別種の悪寒を感じてしまう。無理矢理はともかく、ファス以外の人となんて絶対に嫌です! じゃなくて!

「人の腸を食べるってガチの蛮族じゃないのよ!」

「蛮族じゃねぇっつってんだろうが! これだから中央の奴らは! まぁいい! どうせすぐに腸を食われてピーピー泣く羽目になるんだからな!」

「やらせない!」

「っ! だめよフィルレ!」

 槍を構えてフィルレが優男に立ちふさがるが、思わずユピテラは叫んでしまう。頭痛が酷いのか脂汗を浮かべているのは無論、まだ大した訓練もしてないのだ。そもそも封印の一族だかだそうだが、彼女の魔力量は平民より少し高いくらいしか感じず、目の前の貴族相当の男に立ち向かえるわけが無い。

 それは本人も分かっているのか、フィルレは狼に追い詰められた子鹿のように弱々しく穂先を震えさせている。だがしかし、それでもなお彼女は、

「し、死守しろって言われました! だから今度こそ、命に代えてもお守りしま、っ!」

 腹を剣が食い破った。

「てめぇも悪魔か魔物なのかしらねぇが、うぜえんだよ、平民のガキの癖に!」

「フィルレ!?」

「っ、あ……」

 大きく開いた腹からは、どぼりと血と何かがこぼれる。

 そして、剣を腹に刺したまま鎖を振り回されて、小石のように投げ捨てられる。地面に無造作に落ちたフィルレはそのまま力なく転がり、ただ腹から血を勢いよく吹き出させて、

「う! うううううううう!」

 それまで頭を押さえ触手をジタバタさせて苦しんでいたジェニスタが、うめきとも雄叫びともつかない声をあげれば、鉄杭の男の足元四方八方から触手たちが現れた。

 灰色の色合いも合わせてさながら触手の檻、逃げることは出来ない全方位からの一斉攻撃。

「あめぇ!」

 しかしその岩をも砕ける攻撃は、さっと男を取り囲んだ透明な氷の壁に阻まれた。しかも逆に触手は凍りつき、動きが止まってしまう。

 何かの魔法かそれとも魔道具か、ユピテラには見当もつかなかったが、何であれ一瞬であんな魔法を使うとは、厄介な。

「邪神の尖兵の分際で、いっちょ前に怒ってるのか! バカバカしいんだよ!」

 そう男が鼻を鳴らすと同時に、片方の手に持っている杖を掲げれば、先端につけられた梟を模した彫刻の瞳が、紅く鋭く光りだす。

 すると、氷を張り付かせつつもなんとか動こうとしていた触手は、まるで糸が切れた操り人形のように、同時に萎れて倒れてしまった。

 そしてユピテラの頭には、またひどい頭痛。

「つぅ! なんなのよ! て、ジェニスタ!? あたっ!」

「っ! あ、あああああああああああああ!」

 ジェニスタも同じ頭痛を再び感じたのか、叫び声をあげた彼女は、ユピテラと気絶している子どもを放り捨てて、自分を絡めようとする見えない鎖から逃げるように再び暴れ出す。

「静かにしろ! うっとおしい!」

 男は家畜を見るような視線とともに一喝し、手に持った梟の杖の紅い光を更に強める。すると暴れていたジェニスタは、突如として全ての動きを止め、触手たちと同じくただぐったりと力なく地に伏してしまった。

「ジェニスタ!? ジャニスタ!? 何をしたのよ! あんた!」

「うざかったからな、ちょっと操り人形になってもらったってだけだ。ちょうどいいしな!」

「操り人形って! っくあ!」

 男の言葉とともに、ユピテラの体に灰色の触手が巻き付き締めあげてくる。

「あ、う、あ……」

 その触手は当然、ジェニスタのもの。しかしぐったりとしたままの彼女の瞳には、無感情ながらも柔らかく灯っていた生気の光はなく、ただ何かに耐えるような浅い呼吸を繰り返すだけ。

「この、くそ、こんなので、うぐぅっ」

「は、無駄無駄。平民並み程度に落ちてる力でどうにかなるもんじゃねぇんだよ」

 なんとか触手から逃れようともがくユピテラだが、男の言う通りただもじもじと毛虫のように体を揺することしか出来ない。

「だ、まれ。この、蛮族、がっ」

「その生意気な口、どこまで持つか楽しみだな! まずは手足をもいで」

「やめ、てっ! ユピテラ様を、離してっ!」

「ふぃる、れっ」

 自分であげたせいいっぱいの大声に顔をしかめつつも、フィルレは立ち上がっていた。だがやはり、その腹からは未だに赤い血が流れ落ち、足は震えて槍を杖にしてなんとか立っているような有様で、あまりに痛々しい。

「にげ、なさい。むり、よ」

「聞けません! 絶対にお守りします! ジェニスタ! 起きなさい! 起きるのよ!」

「ふぃる、れ」

 フィルレは、腹の血が迫り上がったのか、口から血を吐きながらも叫ぶことを止めない。そんなことをすれば、どうなるのかなんて……!

「同じことを繰り返すつもり! あなたには伝えたでしょう! 私たちは、絶対にあんなものになってはいけないの!」

「う、うううう、ううううう!」

 だが、自身の身を省みない故にフィルレの叫びは届いたのか、ジェニスタは苦しげに呻きながらも僅かに瞳の生気を戻し、ユピテラの拘束を緩める。

 が、

「っち! 絆ってやつか。だがなぁ!」

「あああああああああああ!」

 梟の杖が更に更にと剣呑な紅い光を発し、頭痛、再びジェニスタは絶叫する。どれほどの激痛なのか、流れ落ちる涙が血に代わり、激しい嘔吐を繰り返して痙攣する。

 だが、今度はそれでもその丸い瞳から、生気の光は失われることはなくて……、

「やめ、ろ。 がっ」

 力ない足取りではあるものの、必死の形相で駆け寄ろうとしたフィルレの足へ、再び剣が突き刺さる。

「ったく、めんどくせえめんどくせぇ。とりあえずてめぇを殺したら、そのクソ悪魔は諦めるのか?」

「このっ、ジェニスタ、を、ユピテラ様を、苦しめ、つあ!」

 無造作に引き抜かれた剣が今度は頭へと迫り、フィルレはなんとか体を倒して避けるも、蛇のように動く鎖の剣は、その小さな肩へと突き刺さる。

 そして切り飛ばした。

「あぐっ」

「なんだぁ、ちったあいい悲鳴を聞かせてくれると思ったらよぉ」

 男はそれこそ悪魔のようなあざ笑いを浮かべる。一方のフィルレは倒れ伏し、ポテリと落ちた自分の肩を呆然と見送って、その先にいたジェニスタは、悲鳴を止めて荒い呼吸をくり返していた。

 ……フィルレは、またも無理やり腹に息を入れて、吐き捨てる。

「うるさ、い、この、蛮族め!」

「……つまんねぇしさっさと殺そうと思ったが、生意気なガキはやっぱり徹底的に苦しまさねぇといけねぇな!」

「っ! ぎっ」

 投擲された剣が、再びフィルレの切り飛ばされた肩の跡に刺さると、そのまま器用に釣り上げ、同時に鎖が首を、手足を、全身を縛り上げる。

 そして、まずは残った手が鎖で強引に伸ばされ、バキバキと音を立てた。

「っ!?」

 指の一つ一つがねじれて爪を手の甲とは逆の内側に向き、そうしてちぎれ折れた肉と骨が皮膚を破り吹き出して血を撒き散らす。

「あ、あ、あ……」

「ったく、やっぱり悲鳴はデカくねぇと楽しくねぇ。まぁいい。平民とはいえ、その苦しみは大神様への供物になるんだ。すぐには死なないでくれよ」

 呟く言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべる男へ、フィルレはただ目を閉じて呻くばかりで、そんな彼女を今の力がないユピテラでは救うことが出来ない。

 何も、出来ない。

 ……本当に?

 励ますような、ドンッという音が聞こえた。

「ん? 今の太鼓、誰が打ちやがった!」

「……ジェニ、スタ、痛いかも、しれませんが、我慢して、下さい、ね!」

 びしりっ、と体を頭から足まで一気に氷で串刺しにされたかのような、冷たい痛みが背筋を貫いた。

 でも無視する。眼の前の彼女たちが受けた凄惨な責苦に比べれば、この程度がなんですか! ユピテラはそう胆に力を込める。

 そして燃やす、いつも通りに、自分の体を!

「はああああああああ!!」

 ぷしぃ! という音とともに、触手を千切リ捨てた。そうしてユピテラは、体を取り囲む陽炎のような魔力とともに、地面に降り立つ。そして、

「て、てめぇ!? 力が出ないはずじゃ!」

 男が驚愕した瞬間には、ユピテラは既にその手前まで踏み込んでいて、

「フィルレを!!! 放しなさいっ!!!!」

 鋼鉄すらも穿つ拳が、慌てて掲げられた鎖剣の柄もろとも、その気障な顔面を撃ち抜いた。

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