第五幕 その11
「はぁぁぁぁ……」
ファスたちを見送った後、ジェニスタに運ばれて両方の戦場からそれなりに離れている岩陰に隠れたユピテラは、思わず大きなため息をついてしまう。
「ゆ、ユピテラ様? な、何か粗相ありましたか?」
「ああいやいや、違う違う、そんなもんあるわけないでしょ!」
フィルレがビクッと反応したのへ苦笑をして、彼女の頭をなでながら、
「自分の無様さ加減に呆れたってだけよ!」
まるで前世の時みたいで、自分の頭を自分でかち割りたくなってるのだ。
(ゾンビは楽勝だと調子に乗って捕まり力を奪われた挙げ句、またファスを死地に見送るだけになるなんて。本当に私は何をやってるのですか)
そうならないために剣を振り続けるなどの努力をしてきたというのに。フィルレたちがいなかったら、せり上がってくる涙を押さえきれず、前世みたいにわんわん泣いてしまっただろう。
それが容易に分かってしまうことも情けなくで、もう情けないことばかりだ。
「ゆ、ユピテラ様は無様じゃありません! そ、その! 今回は卑怯な罠に嵌めた奴らが悪いんです!」
「そうっすよ! それにあれ! 俺なんて悪魔の時も何も出来なかったし、ゾンビと戦った時も兄貴に助けられてでだし、なんとか役に立ちたいってここに来たのにあれ、今も大したことできてねぇしで、あれ! ユピテラ様は全然マシっす!」
ユピテラがガックリ来てるのを感じ取ってか、フィルレとジィーが必死になって慰めてくれるが、そんな風に気を使わせることすら……、
(はぁもう、まったく! 反省するふりして甘えるのも大概にしなさい!)
感情が下へ下へと落ちていっているのに気づき、ユピテラは自分自身をどやす。反省するのはいいが、それで悲観的になって他人を心配させたり動けなくなったりしては元も子もないのだ。
(自分勝手に嘆いて、前世でも今生でも何人に余計な心労をかけましたか! 苦しくてもあの時のファスのように笑いなさいな! どんな時でも明るく元気に振る舞うのは、転生して一番始めに誓ったことですよ!)
さっき吐いたのといい今といい、あまり守れてはいないにせよね! そんな自虐と自分への怒りを発火点として、ユピテラは無理やり笑顔を作る。
「ありがとう! ウジウジしてたらだめよね! でもウジウジすると言ったらフィルレもだけどジィー! あなたも卑下する必要はないわよ! 私のために危ないところに来てくれて荷物運びや遺跡脱出の案を出したんだから! 今は言葉だけしかできないけど、感謝するわ!」
「……っ! あ、あれ、あ、ありがとうございます。今度こそもっと上手く、ぐす」
ユピテラがそう目を見開いたジィーは、言葉を詰まらせて抱えていたルゥグゥの背嚢に顔を埋める。
「え!? ちょ、大丈夫!?」
「あ、いえ、あれ、す、すんません、ユピテラ様。俺、あれ、チビで、ビビリで、あれ、しゃべるのも上手くねぇし、頭もだから、なんで生まれたんだって、だけど褒められるなんて。俺、今度こそちゃんと役に、うひゃ!」
悲鳴とともに上へ下へとジィーが上下する。何故かジェニスタが彼に触手で絡めてぶんぶんと動かしたのだ。
「じ、ジィーさんになにやってるんのよジェニスタ!」
「それって、胴上げのつもり!? めでたいと言えばめでたいから間違ってないけど!」
「ちょ、あれ! もうちょっとあれ、ゆっくり! ゆっくりお願いっす!」
ジィーの懇願が分かったのか、ぶんぶんがぶーんぶーんと言う感じに触手の上下は変わる。聞き分けはいいが、突拍子もない子ではある。
「まぁ私たちのことを思ってやってくれてるのは分かるけどさ! 前より何か教えるのは大変かもしれないわね!」
「す、すみませんすみません、ほんとお手間を、ひゃ!?」
どどどどどどんっという腹に響く音が、ペコペコしてたフィルレを驚かせる。音の方を向き直れば、大型蜘蛛が背中の砲台からひっきりなしに光弾を発射している。狙いは当然、前に立つナディだが、彼女が渦巻かせた風を越えるに能わず、逸らされた光弾はただ地面を耕し小さな穴ぼこを作るのみ。
そして、
「しゃっ!」
と突進したナディが剣を振り下ろして蒼火を飛ばせば、命中した鉄蜘蛛の全身は一瞬にして蒼い輝きに包まれる。
が、
「ナディ! 危ない!」
「っ!」
思わずユピテラが叫ぶ。その見るからに硬そうな外殻の輝きをまったく歪めることなく、蜘蛛は逆に突撃してきたのだ。それを小癪にも横に飛んで避けた獲物に対し、蜘蛛はそのまま回転して、その巨人の大鎌のような前足での切り払い。だが、それも剣でなんとか受け止めたナディだが、押しこまれて吹き飛ばされるような後退は余儀なくされ、そこへ更に砲台の、先ほどよりも数倍大きい光弾が襲い、
「っすぇいやぁ!!」
否、上段に構え直したナディが蒼炎の剣を逆に叩きつけ、文字通り光の球をぶった切り、同時に飛ばした炎を再び直撃させる。
だが、やはり、
「あれ、あれくらって無傷っすか……」
ジィーがブルリと震えて呟く。夕焼けの闇夜すら煌々と跳ね除ける蒼い炎ですら、蜘蛛にダメージを与えられず、その装甲は傷の一つもなければ融けた様子もまったくないのだ。
「遺跡の筒なゴーレムとは別物ってこと!? なんて化け物! こんな時に動けないなんて!」
「な、ナディ様! う、く、うう……」
フィルレがナディとジャニスタを見比べながら呻く。苦戦を強いられているナディだが、ジェニスタがそこへ参戦すれば、とはその場の誰しもが思うことだ。
(だけど暴走、ってフィルレは言ってましたわよね)
この緊急時にファスの言を遮ってまで進言されたことだ。無根拠な不安ではないのだろう。そもそも可愛らしい見た目にこそなっているが、ジェニスタは帝都を滅ぼした悪魔という特大の危険物である。
それに、今のところナディは装甲を破れこそしないが、攻撃を受けたわけでもなく苦戦であっても劣勢とは言い難い。だから焦る必要はないという判断は合理的なはずだ。
そのはずなのだが、しかし、万が一はあるわけで……、
「援護をお考えでしたら不要です!」
ユピテラが思い悩み始めたところを、いきなりナディの声が近くから響いた。
「え、ちょ! 何!? 魔法!?」
「風の魔法で声を届けてます。それよりジェニスタを使うことをお考えなら短慮が過ぎます! フィルレの進言もそうですが、ご自身の守りをどうするおつもりですか!」
「そうは言うけどあんた苦戦してるじゃないの! 死なれたりするのは嫌よ! 話す余裕はあるみたいだけど!」
遺跡で吐いた通り、自分のために死を選んだファスたちを思い出せば、今でも胸が苦しくなる。況んや、自分のポカで陥った窮地でなればだ。
心が軋み勝手にまた涙が迫り上がってくるのを感じ、あーもうと目の周りを揉むふりをして力ずくで涙腺を抑えていると、
「向いていませんね、やはり」
「え!? 何が!?」
唐突な言葉にユピテラは聞き返すが、ナディが続けた言葉は許し難いものだった。
「戦士であることに。そして戦士の上に立つ将であることに、です」
「なっ! ふざけ」
「将であるならば! 己の責で人が死ぬことを省みても、恐れてはなりません! それが出来ぬのなら戦士でなく女官なり楽人なり別のものを目指すべきです!」
「う、うるさい! ちょっと弱気になっただけじゃないの! そこまで言われる筋合いないわよ!」
そもそも心配してやったのに! 出てくるのは苦言とかこいつほんとにさぁ!
ユピテラは歯噛みするが、しかしそんな怒りはドンッという打撃音に遮られた。
「っ! ジェニスタ!?」
突如としてジェニスタの触手が無秩序に暴れ、周囲の岩や地面を叩き始めたのだ。
「う! うううううう!」
「ちょ、ちょっと大丈夫ジェニスタ! て! アイタタタタタ!」
苦しそうに顔を歪めるジェニスタを心配しようとしたユピテラだが、彼女にもいきなり頭を中から裂くような頭痛が襲いかかった。
「っう! な、何よこれ!」
「くぁ! こ、これ、まさか、ぐぅ!」
「フィルレにユピテラ様まで! あれ! どうしたんすか!? うわっと!」
フィルレもまた頭を押さえてうめき声をあげ、ただ一人平気そうなジィーが慌てて近づくも、触手が追い払うように襲いかかってきて、なんとか避けて尻もちをつく。
それが、幸いした。あるいはジェニスタは気づいていたのか。
がんっと鎖の付いた剣がジィーの足元へめり込んだ。