第五幕 その9
そんなこんなで壁に天井に穴を開けて触手で登りに登って上を目指せば、
「外だー!」
ついに地上へとたどり着いた。
「ああ、もう夕日が真っ赤ねぇ!」
ユピテラの言う通り既に大太陽も地面へ伏せ始めた夕刻の終わり、辺りが黒ずみ星が夜を告げ始める頃合いである。
「ま、登った感じかなり深い遺跡っしたからね。普通に登ってたら数日かかってましたから、早い方だと思いますよ」
「そうね! 何階あるんだって感じだったし! これもジェニスタとフィルレ、それにえーと、ん、その、ナディのお陰ね!」
ナディへはやはり言い淀んだが、結局素直に褒めるユピテラ。変な片意地が取れてきたようで何よりである。
「何であれおつかれさん、ジェニスタ」
ジェニスタの顔が近くにあったので、せっかくだからとファスはゆっくりと手を近づけて、なんとなくあごの下辺りををなでてみると、
「みっ」
と鳴いてジェニスタは目を細めた。うん、OKということでいいんかね?
「ふふふ、そうですね。ファス様もお疲れ様です、あ、降ろしますね」
フィルレが微笑んでジェニスタの手を握ると、彼女はゆっくりとユピテラと村の子ども以外を全員、降ろしてくれた。
「あれ、結局、遺跡登りはだいたいジェニスタに運んでもらっちまいましたね」
「だな。お陰で疲れはそんなにだが、同じ姿勢だったせいで体がなんか固いな。ところで、ここはどこだ?」
ファスが肩や腰を回しつつ周囲を見渡せば、まぁ荒れ地。岩と小石に苔が装飾されてるくらいの灰色空間で、今は夕日で赤っちゃけているか。なんであれ、周囲に人の手が入ったものは見れない。見覚えのある山頂が普段より近いため、それなりに高地にいるらしい。
「あの山が竜の尾っぽで、北太陽の夕日があっちにあるんだったら、ったく、ジラス伯様んとこかよ」
ルゥグゥが鱗手でドリル槍を軽く振りつつ所見を述べてくれる。えーと確かジラス伯というと、
「仲悪いっていうアレか」
「そーだよ。場所はたぶん、あの湖からかなり北西に行ったところだ。悪魔が出たところからなら更に北だな。山は越えてねぇから未開拓地域でジラス伯領じゃねぇけど、巡回とかはしてるから見つかるとめんどくせぇぞ」
「状況を鑑みると、めんどくさいを通り越しそうだけどな」
「あー、だよな。ったく、陰険な山猿がやりそうなこったよ」
「どういうこと?」
トマスと共にユピテラにジィーとフィルレ、ついでにジェニスタも首を傾ける。ナディはふん、と鼻を鳴らして、
「あくまで可能性ですが、ジラス伯の領地近くまで連れてこられたのですから、かの家の計略でユピテラ様がさらわれた、とも考えられるでしょうね」
「ええ!? なんで伯爵様のようなお方が!? 陛下への反逆ですよ!」
トマスが周囲の岩に反響するほどの甲高い叫びをあげるが、ナディが口にしっと鈍色に光る手甲で覆った人差し指を立ててたしなめつつ、
「遠方故に中央の管理が及びにくい辺境です。加えて中央は今、派閥争いでゴタゴタしているのは、あなたなら知っているのではないですか、トマス?」
「ええっと、それはそのぉ、で、でもなんで来たばかりのユピテラ様をさらうなんて」
「ジラス伯だっけか、城伯様と仲悪いんだろ? 中央から貴人を預かったのをチャンスとして、足引っ張ってやろうって考えても不思議じゃねーだろ」
「それにしても死霊術や悪魔を使うなんて、幾ら何でもな方法でもありますが、ね」
ファスの補足に、ナディがその整った口へ考えるように手を当てる。当然だが、死体を操る死霊術や邪神由来の悪魔といったものは厄ネタで、下手すれば貴族であっても帝国教会の審問官など司法が動いて、死罪もありうるレベルである。
もっとも、死霊術の方は隠れてではあるにせよ、それなりに使われてたりするのだが、それでも人の死体でゴーレムを作るのは間違いなくご法度だ。そんなやばい方法で、中央が関わってるユピテラを誘拐する、というのはいくらなんでも軽率だとファスも思うが……。
「なすりつけようとしているものがいるのか、それとも、使わざる得ない理由があるのか……」
「っと、考えてる暇はなさそうですぜ、ナディ様」
「……そのようですね」
少し遠くから砂塵があがり、騎馬の数名が駆け寄って来るのが見えた。
「そこの貴族! 止まれ! 逃げると容赦しませんよ!」
叫んでいるのは先頭の貴族、布で顔を覆っているが、額に角が生えてるのが見えるからユピテラ様と同じ神族か?
「面倒なことになりそうっすね」
「今更です、騎士ファス。私が殿として相手をしますから、あなたはユピテラ様を連れて逃げて、っ!?」
地響きが、そして聞き慣れ始めた静かだが唸るような音が後ろで広がり、ナディの指示を中断する。
「あー! テレビに映ってた蜘蛛巨人じゃない!」
そんなユピテラの驚きに迎えられたのは、カーキ色の蜘蛛、のようなゴーレム。しっかりした家くらいはある大きさで巨大な大砲を背負い、瞳と思しき部分が剣呑な赤い光を発している。彼女の言葉通り、先程、遺跡のテレビに映っていたのと同じ代物だ。
それが、ファスたちのそれなりに離れているにせよ、走ってくる騎馬と挟み撃ちにする形で、ちょうど劇場のセリのようにパッカリと両開きに割れた地面から迫り出してきたのである。
「うわぁ! 本当にあったんだ! すごい!」
「喜んでる場合じゃありませんよ、ユピテラ様! 騎士ファス! 騎馬の方を任せます! あちらのゴーレムは私が! 話が聞きたい! 殺さないように!」
そう叫んだナディは、蜘蛛の巨大ゴーレムへと蒼い魔法剣を片手に躊躇なく駆け出していく。その揺るぎない鎧姿の背に、心配は不要、か。
「つーか自分の心配だな! 神族相手に殺さないようにってなぁ! しゃーね! トマスたちはユピテラ様の守護! フィルレ! ジェニスタを」
「そ、その! ジェニスタに戦闘は、えっと殺してしまうかもで、あ、悪魔の血が暴走してで! だから!」
フィルレが言葉足らずな早口で、ジェニスタが戦わないようにとまくし立てる。いまいち理由などは要領を得ないが、ジェニスタに詳しいのはフィルレだけだし、いちいち説得してる暇もない。
「わーたよ! ならユピテラ様の守護を任すぞ! 死守しろ! ジィー! フィルレたちとユピテラ様の避難! 俺たちの事は気にしなくていい! トマス! ルゥグゥ! 行くぞ!」
「よっしゃ! やったろうじゃねぇか! ジィー! 背嚢!」「う、うん! がんばるよ!」「ととと! 投げんなって! そうそう兄貴! 何かあったらあれ! 太鼓で合図しますんで!」「わ、分かりました! この身に代えてでもお守りします!」
それぞれがそれぞれの言葉で、ファスの指示に応えてくれて、
「ファス!」
最後にユピテラが、心配そうにファスの名前を呼ぶが、すぐいつもの溌剌とした声で、
「私の代わりにぶちのめしてきなさい! できるわね!?」
「無論、お任せあれってな!」
ファスはそう、前を向いたまま片手で答えた。