第五幕 その7
漂流者の遺跡には様々な仕掛けがあるが、しかしそれを動かすことは難しい。それは古すぎて壊れてるということもあるし、使い方が失伝したということもあるし、あまりに難解すぎて理解ができないということもある。
(なのにあの支部長とやら、どこでこれらの使い方を知ったのやら)
死霊術師エデリグは、管理室というらしい、数千年前の遺跡とは思えないほど異様に整った部屋で、漂流者の技術なのか奇妙な程軽い金属の椅子に腰掛けながら、その死体のように青白く細い首を傾ける。
起動キーとやらを差して、机に置かれたタッチパネルというらしいガラスに出てきた絵に触るだけだから、知れば容易い手順ではあるが。神蹟騎士団は公爵直属だからヘメライ大公経由なのであろうか? 神器収集のついでと考えれば分からなくもないが、しかしあの家が漂流者の技術を研究していたなどという話も、聞いたこともない……。
まぁ一介の死霊術師が首を突っ込むような話でもなし、死霊やゾンビの準備なしに辺りを監視したりゴーレムをけしかけたりできることに感謝するだけにしておくべきか。
(あるいは上手く出し抜いて秘密を探れば、面白いことになるでしょうかね? さて、どういう演目を立てますか)
そうくすくと笑いながら、監視カメラ、と言うらしい光るガラス張りの、動く遠見の絵へと向き直る。ユピテラとかいう神族とその一党がわーきゃーやっているが、緊張感のない奴らだ。
だが、油断はしていない。少なくとも騎士とか兄貴とか呼ばれているあの兵士は。カメラ越しに度々彼と合う視線に、エデリグは自然と微笑んでしまう。
気楽なようで平民らしい小心さ。それでいて鉄火場の度胸と、それを支える技術や魔術の造詣すらある。風采は上がらず魔力も微妙でコレクション向きではないが、獲物としては面白い。
「先の湖では不覚を取りましたが、次はそう上手くはいきませんよ、騎士ファス。この遺跡には色々と面白いものがありますからね」
ゴーレムで奇襲して、あるいは各種のトラップで周りの仲間を殺せば、彼はどんな顔で泣いてくれるでしょうか、それとも突破されてここまで来て……、などと益体もない妄想がとめどなく流れ、死人のような彼女の青白い肌も紅潮していき、
『おい! 死体女!』
スピーカーというらしい細かい穴のある四角い箱から響く、荒々しい胴間声によって中断された。
「また同じことを説明しないといけませんか?」
エデリグはその古びたボロ布のようなフードを深く被り直して、監視カメラを眺めながら声を淡々させ、ため息をつく。
『うるせぇな! けしかけるとかどうでもいいんだよ! さっさとあのクソ生意気な神族のところに案内しろ!』
声の主は、ブラドボ。同じ依頼主に雇われたその場限りの相方。しかし、青成びょうたん以下の小枝体格で、死霊術師という外法を扱うエデリグを露骨に軽視するいけ好かない男だ。
「子供の戯言にいつまでも怒らずともよいでしょう。大神の名誉が、その程度で揺らぐわけもないですし」
『当たり前だ! だがなぁ、俺は俺たちを蛮族呼ばわりしたやつは皆食い殺すって決めてんだよ! それが大神様への信仰の証となる! 食ったもんも試してぇしな!』
「あなたが直接手を下すにせよ、まずはこの遺跡の罠やゴーレムで弱らせた方が楽でしょう。だから」
『ごちゃごちゃうるせえってんだろ! とっととどこにいるか教えろ!』
まったく、だから蛮族なんですよ、とその血の気を感じさせない口の中でつぶやきながら、エデリグはその枯れ木のように白く細い指で、ポチポチとタッチパネルを操作する。
「分かりましたよ。警備ゴーレムに彼女らと対面できるルートを案内させますから、それについて行ってください。ただ、依頼主へはあなたが勝手に行動したと伝えますからね」
『構わねぇ構わねぇ! あんなうさんくせぇ野郎の下につくこと自体が業っ腹だったからな! さっさとあの小娘を解体して、てめぇにも腸くらいは食べさせてやるよ!』
本当に蛮族極まりないと再度、エデリグは舌打ちする。解体なぞしたら人形コレクションに加えられないではないか。
「しかしあの神族様、剣を刺した時、説明通りなら命を吸われて死ぬはずなのに。一体なんであんな触手の生えた少女が? 神族の力なのか、それとも別の原因があるのか」
そういうのを調べる意味でも解体などと言うことはやめてほしいが、と。
監視カメラの絵に映るユピテラたちに動きがあったが、これは、
「なかなかずるい手を取ってくれるじゃないですか。ブラドボ! ブラドボ! 聞こえますか!?」
ユピテラ一党のところへと向かった相方に呼びかけるが、スピーカーの四角い箱からは何の反応もない。
「まったく、てめぇは出ないとギャースカ言うくせに、こっちからの呼び出しには答えないとはね、ま、いいけれど」
これでブラドボとかち合うことはまずない。当初の計画通りとなる。
「とりあえずはジラス伯の子飼い筆頭のお手並、見せていただきますか」
死霊術師は、腰からツマミとエールの入った水袋を取り出してひとりごちる。監視カメラのガラスには、触手で天井の穴を登っていくファスたちの姿が映されていた。