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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
32/46

第五幕 その6

 さて、そんなこんなのそれぞれはあったにせよ、てこてことファスたちは通路に入っていく。道は先ほどと変わらぬ暗闇とまっ平らな石の壁床天井が続いていたが、少し進むと新しい部屋に出た。

「なんだ、この箱?」

 部屋は子犬くらいの金属の箱が並んだ場所だった。辺りをランタンで照らして回れば、でかい名主の一軒家くらいはある広さである。真っ暗でわかりにくいが天井もかなりの高さで、壁には黒い額縁っぽいものにガラスが大量に貼られているが、中には絵の一つもない。部屋内には机がずらっとならび、壁のと同じくガラスを貼った額縁みたいなものや、鉄の箱のようなもの、鍵盤のようなものがおいてあるが、さて?

「トマス、何か分かるか?」

「え、えーと、テレビ、ていう奴なのかな? 遠くの人や風景を写せるものだそうだよ」

「へぇ、すごいじゃない! どうやって動かすのかしら!」

 ユピテラが興味深げにファスの背中から身を乗り出して、鍵盤のようなものをポチパチ触りだせば、トマスはあわあわと、

「ああいや、その、ユピテラ様? あまりお触りにならないほうが。漂流者の遺跡は、守護者や罠などが残されてて危ないって話が多いですし」

「そうは言うけどねトマス! こういうのは触らないと始まらないでしょう! 私は動けないけど、まぁそこの堅物女だって羽ペン騎士じゃないんだから大丈夫でしょ! あんたも自信がないなんて言わないわよね!?」

「それは……」

 止めに入ろうとしたであろうナディは、騎士の誇りを盾にされて渋い顔をし、ファスを見る。こっちに振られてもな。

「えーと、触った程度で問題は起こらんでしょう、たぶん。転移魔法を仕掛けたやつも出入りしてんなら、罠くらい調べて外してるでしょうし」

「たぶんって。だいたい通路のループの罠はそのままだったけど?」

「解除できなかったんだろな。なんであれ、罠をこれみよがしに机へ置いたりは普通しねぇから、大丈夫だろよ」

「そうかもしれないけど……」

 トマスは尚、不満げでナディも腕を組んだままだが、楽しげなユピテラを止めるのは忍びないので、ファスはとぼけることにする。体が弱ってるせいか他に何か理由があるかは分からないが、酷い顔色で吐くくらいには精神的にも大分、辛いみたいだし。

 一方のユピテラは、そんな3人を余所に鍵盤や箱やらなにやらを触り続けながら、

「どいつもこいつも心配性ねぇ! でも既に調べられてるってことは、もうお宝とかも見つかっちゃってたりするのかしら!? 漂流者のなんかすっごいお宝って見てみたかったのに! こうして触りまくっても何も起こらないし! およ!?」

 ユピテラが箸やフォークを置けそうなよく分からん置物に指で触ると、突如、ぴいんとその置物が光りだした。

『認……神ア……魔……』

 そしてザーザーと虫の羽音をうるさくしたような雑音とともに、何か声のようなものが聞こえたと思ったら、壁のガラス板が突如として光りだした。

「何かしら何かしら! 何か絵が出て来たわ!?」

 ユピテラの言う通り、そこかしこに虫食いのような虹色の線が踊る中、何か紋章を書いた光る絵が現れた。それはしばらくすると消えて、代わりにどこかの地図、図面、絵、謎の文字の羅列などなどが、ぐちゃぐちゃと小さな子供が書いた落書きのように、混じり合って映ったり消えたりする。

「なんだこりゃ? これもテレビとか言う奴か? 遠くのもん出るそうだが、どこが出てんだこれ?」

「さ、さぁ? こんな風景があるとは思えないし、テレビとは違うものなのかな?」

 ファスとトマスは疑問を口にし、最初は面白がっていたユピテラも、ちょっとこまったように、

「うーん、すごいけどぐちゃぐちゃで訳わからないわねぇ! もっとこう、分かりやすくすごいものはないのかしら! 伝説の武器とかそういうの! っと!」

『登……命……検……』

 ユピテラの声に答えるように、先ほどと同じ蚊の羽音をきつくしたような音が響けば、ぐちゃぐちゃだったテレビというらしいものに、実物を完全に書ききったかのような、写実的な絵が表れた。

 武器庫、なのだろうか?

「剣とか槍みたいのとか平たい亀みたいのとか鉄の馬車に大砲付けたのとか蜘蛛巨人みたいなゴーレムとか、いっぱいあるわ、すごい!!」

「漂流者の魔道具か? あの平たいのは亀っていうか円盤みたいっすけど、結構でかいしなんですかねぇ? 風車ついてるけど、あれで粉挽くわけじゃねーでしょうし?」

 近くに描かれた白いロープをまとった人が、乗れそうなくらいの大きさ。材質は金属で、風車みたいのが横向きに付いているが、何に使うかファスにはよく分からない。

「あれ、トマスはこういうの、なんか知ってるっすか?」

「ええっと、あの槍はドリルってやつかなぁ? 人型のゴーレムにつけて、回転する穂先で相手を貫いたり穴を掘ったりできるんだって。剣みたいのはチェーンソーってやつかな? 神や海の化け物を殺せる伝説の武器だとか。平たいのは、UFOって奴かな? 鳥みたいに空を飛べて、その果てまで行ける乗り物らしいよ」

「へぇ! 神殺しの武器に空飛ぶ乗り物かぁ! ぜひ欲しいわね! あのかっこいい竜の頭の鎧もいいわねぇ!」

「たしかにかっこいいけど、ユピテラ様、ありゃ城伯様の竜甲冑だぞ。祭りん時に見たことあるぜ、ありますぜ」

「あれ、確かにそうっす! 俺もあれ、山車に載ってるの見ました見ました!」

 ルゥグゥとジィーが言う竜甲冑とは、アイリス城伯の家宝である。邪神帝戦争で竜兵団とともに、アイリス城伯の勇名高らしめた魔法具で、名前の通り様々な竜の力を使えるのだとか。ファスも名前だけは聞いたことがある。

「城伯の家宝があるってことは、この絵は実際にあるものなのね! すごいわ!」

「そして、既に外部にこの絵のものがあるということは、もう昔に調べられた後なのでしょうね」

 ナディが素っ気なく推論を述べるが、ユピテラは特に気を削がれた風もなく目を輝かせたまま、

「そうかもしれないけどさ! まだどこかにこんな感じの手付かずものがあるって考えると素敵じゃない! 他にはなにかないかしら!? およ!?」

「だから無闇に触るのは、これは?」

 机の上にあったガラスをはめ込んだ筒、なのか遠眼鏡のようなものをユピテラが触っていたら、何故かユピテラの姿が中空に現れた。

「なにこれ!? 私がいるけど、ドッペルゲンガーってやつ!?」

 ドッペルゲンガー、他人の姿をコピーする魔物だ。眼の前の空中のユピテラは、本物のユピテラが手を伸ばして触ろうとしてもスカリとすり抜け、かつ本物と同じように手を伸ばしている。

「鏡みたいに今のユピテラ様が映ってるだけの、幻影魔法の類みたいっすね」

 更に色々と試すと、どうやら遠眼鏡みたいので指した人間が、脇にあった水晶の光によって映し出されるらしい。

「すごいわねぇすごいわねぇ! 大きくもないし持ってきましょう! ルゥグゥ! 壊さないようにね!」

「うーす。しかしすげえにはすげえけど、声は出ねぇし人の姿写すだけってのはどうなんだ? 何に使えんだ?」

「テレビだっけ、離れてても姿が見えるってんなら、文字で連絡とか出来んじゃね。それに使えなくても、漂流者の遺産で珍しい魔道具ってんなら、好事家に売りゃいい金になるぜ」

「まじか! そいつあいい! なんなら他のものも持てるだけ持ってこうぜ!」

 ファスの説明に露骨にテンションが上がるルゥグゥへ、トマスが苦笑しながら、

「興奮してるところ悪いけど、この鉄の箱とか動かない魔道具は、いくら漂流者の遺産でもそんな高く売れないよ」

「なら動く奴を探そうぜ! 罠もなさそうだし! 背嚢にももうちょい入るからな! いいっすよね! ユピテラ様!」

「もちろんよ! 忠誠にせよ何にせよ、世の中の基本はお金ってファスも言ってたしね! いっぱい稼いで騎士団の原資にしましょう! 城伯殿の持ち出しばかりじゃ悪いしね!」

「……何をさもしいこと教えているんですか」

 ナディ睨んでくるが、そんなことを教えた覚えはないっすよ。

 さて、そんな感じでワーワーと景気が良く部屋の中を探索しても、案の定と言うかなんというか、ほとんどなにも見つからなかったが。

「うーん、机を開けても空っぽ、箱を開けても空っぽねぇ! 清々しいくらいなにもないわ!」

「そりゃ金目のもんがあったら、先客であるあのシャレコウベの死霊術師なりに持ってかれてるでしょうからな。そもそも、その前に盗掘されててもおかしくないっすし」

「ち、しけてやがんなぁ。それでもちっとは残ってたからいいけどよ。これなんて俺の槍よりは頑丈そうだし、ま、生きてりゃ最高だったんだがな」

 ルゥグゥがそう、手に持ったドリルというらしい槍を振り回す。渦巻く溝が彫られた三角錐に長い柄をーーというより複数の横穴があるからナカゴっぽいがーーつけた、ランスのような代物だが、彼女の言葉通り壊れていて回ることはない。

「後はあれ、この手鏡みたいな円盤っすかね。真ん中に穴が空いて角度によって虹色に光ったりするから、あれ、鏡にゃ不便だけど、なんなんすかね、トマス?」

「漂流者の遺跡で大量に見つかる奴だね。用途は、教授たちも誰も知らなかったなぁ。キレイで見た目以上に頑丈だけど、いっぱい見つかってるし飾りくらいにしかならないから、価値としては低めかな」

「ま、大してかさばんねぇから運びやすくていいけどよ。価値低いらしいけど、こいつら売ったらどれくらいになるんだ」

「量があると言っても帝都じゃ見たことないし、宝石くらいの価値はあるわよね!」

「ええっと」

 ユピテラが兵士3人とああでもないこうでもないと話すのを、敵地で脳天気なとでもいいたげにナディが睨んでいるが、まぁいいじゃないっすか、敵も動きはないようですし。

 それとも羨ましいっすか?

「……ぶち殺しますよ、騎士ファス?」

「おお、そいつは失礼した。失礼ついでに独り言ですが、あんま杓子定規にならんでもいいと思いますよ」

「余計なお世話です」

 プイッとすねた子供のように顔を横に向かれてしまったが、梨のつぶてでない辺り少しくらいは覚えておいてくれるだろう、っと。

 軽く腕を引かれたのでファスが振り返ると、フィルレだ。

「あ、あの、ファス様すみません」

「どうした?」

「な、何か音がします」

 フィルレの言葉に耳をすませば、確かに静かで少し高い、だが唸り声のような音が聞こえる。

「やれやれ、今度はゾンビってわけじゃなさそうだが、何が来たのやら」

「ど、どうしましょう、ファス様?」

「まぁ戦うしかないわな」

 弱ってるユピテラと子どもがいる以上、何が出るにせよ危険は最小限にしたい。しかし、未だ光ったままのテレビに照らされた部屋には、出入り口はファスたちが来た方以外は1つしかない。

「あなたたちは元の通路まで下がりなさい。騎士ファス、何かあったら障壁で通路を塞ぐように」

「はいはい、了解ですっと」

 ナディの指示に従い、ファスたちは入ってきた通路まで戻る。

 フィルレがその幼い少し痩せた顔を不安げにして、

「お、お一人で大丈夫でしょうか、な、ナディ様」

「まぁ大丈夫だろ。自称騎士とか田舎の小貴族の郎等とかじゃなくて、騎士学校卒業らしいし」

「騎士学校、ですか?」

「帝都にあるマウォルス騎士学校だね。帝国初期からある伝統あるもので、ナディ様は第三席で卒業しててね」

 トマスがペラペラと解説してくれている間に、ナディはユピテラの大剣を床に突き刺し、片手を中段に構え、

「ヴォルト、ルデ、コアグ、ブレイ、剣をここに、我が炎をここに」

 紡ぐ言葉とともに、突き出した無手には蒼い光が揺らめき伸びて、ロングソードほどの長さへ、そしてぱっと暗闇を光で満たした次の瞬間には、蒼く輝く宝石のような剣が現れた。

「おお! 剣を作る魔法! くやしいけどかっこいいわねぇ!」

「あれ、そういえばユピテラ様はあれ、魔法とかできるんすかね?」

「実は出来ないのよねー! 私、覚醒したの最近だからさぁ! その前までは魔力もそんなにで、無理に使おうとして倒れたり血反吐したりを繰り返しちゃって、厳しく禁止されてたのよ! 今なら色々と使えると思うから、うーん、炎を剣にする魔法! いいなぁ!」

 ユピテラは普段の対立はどこへやら、蒼炎を固めた剣を構えるナディへ目を輝かす。一方のナディは、はっきり聞こえ出した静かな唸り声に、その鷹のような瞳をより鋭くして、あ、ちょっと頬がピクついてますな。

「べ、別に喜んでなぞいません! 敵が迫ってるというのに緊張感のない!」

「へいへいっと。別に頬が赤くなってたりしませんしね」

「騎士ファス! あなたと言う人は!」

「騎士さんのことはいいから! 来たぞ、ナディ様!」

 ルゥグゥの叫びとともに、空気をかき乱す唸りは入り口の手前で響き、ギギギギギっと両開きに金属の扉は動く。

 と同時に、

「ヴォルト、ルデ、アニマ、バイル! 怒りとともに爆ぜよ蒼炎!」

 ナディが雄叫びのような呪文とともに炎の剣を振り下ろせば、剣から生じた青い炎の斬撃が、大鷹のように飛んで扉から入ってきたものへと襲いかかり、大爆発を起こした。

 出会い頭の強襲だ。戦術としては正しいが、ここは出口も分からぬ埋まってるらしい遺跡だぞ。

「崩落には気をつけてくださいよ!」

「分かっています! 心配無用です!」

 ファスの注意を切り捨てつつ、未だ炎が蒼くゆらめき煙立ち込める中へ、ナディは一気に踏み込んみ、

「しゃ!」

 片手袈裟斬り、剣が何かを捕らえてちぃん! という耳障りな金属音、同時に沸き立つ煙の中から、金属の丸太のようなものが飛び転がる。

「なんじゃこりゃ、ええっとゴーレムなのか?」

「え、ええっと、たぶん漂流者が作ったゴーレムで、警備ロボットとか言うやつなはず」

 転がった筒状のものは、爆発のせいか表面がドロリと熱した飴細工のように溶けているが、人の腰くらいの円柱に手甲のような腕が生えた代物だ。それが斜めに切られて中身、謎の線と鉄片をさらし、ところどころからバチバチと火花を散らしている。

「せいやぁ!!」

 一方、煙は晴れ、青い炎とテレビの光が照らしているのは、ナディが縦横無尽に剣を振る姿。爆炎でとろけつつも鈍い動きでその金属腕を振るわんとする鉄柱を、粘土細工のように次々と切り飛ばせば、生まれるはバチバチと火花に彩られた中身を晒す鉄クズの山。

「あれ、流石に貴族様っすねぇ! あれ、お強い!」

「ちげぇねぇが、喜ぶのはまだ早いみたいだぜ」

 ファスの言葉に応じるかのように、通路の奥で爆発を逃れたのか、静かな唸り声とともに円柱を保ったままの警備ロボットなるゴーレムと、宙を浮く円盤が複数現れる。

 それに取り囲まれないよう、ナディは大きく飛び退き、更には蒼剣を再び上段へ構えて、腹に響くような低い声で詠唱する。

「ヴァルド、ルデ、アニマ、パイル、っち」

『スタンコード、発射』

 が、そうして再び爆炎で薙ぎ払おうとしたところを、高速で近づいてきた円盤が小さな銛のようなものを射出して妨害。それをナディは詠唱を中断して避ければ、更に更にと円盤は蜂のように群がり、同じように細い紐のついた針を飛ばして追い立てる。

「あの円盤! さっきのテレビってので見たUFOってやつ!? 本当に飛んでるわ! 羽もないのにすごい!」

「サイズは大分小さいっすけどね。大丈夫っすか! 手助けは!?」

 ファスが提案する間にも、発射した銛を巻き取っている円盤の隙を、他の円盤がカバーするように銛を発射する。まるで組み討ちだ。更に円柱のゴーレムがその頑丈そうな体と腕で、取り囲む円を作って狭めていく。訓練された熟練の兵士か何かか? しかも数は円盤と円柱が合わせて十数体、貴族とは言え骨折る量で、加えて円盤は見ての通り俊敏である。

 が、ナディは言下に、

「不要です! そこで見ていなさい騎士ファス!」

 そう断れば、彼女の側に蒼い炎による魔法陣が現れた。

「ベイト、イコボ、ディフジア! 風の矢よ!」

 唱え終わると同時に、どどどんっと言う音が鳴ったと思ったら、円盤が石でも当たったかのように、次々と弾かれて壁に叩きつけられる。

「おおすっげ! 何もあたってねぇのにぶっ壊れやがった!」

「見えない弾丸ってやつか、やべぇな」

 どうやら詠唱の通り、風を矢として打ち出しているらしいが、ボンッという何かが破裂する音はすれど、薄闇とはいえ視覚的には小石の一つも飛んでいない。にも関わらず円盤が吹っ飛ぶ様は、妖精にでも化かされてる気分だ。実戦で相対すれば、かなり厄介だろう。

「ま、何個か手はあるかねぇ。ああそうそう、フィルレ、やっぱり何かあった時のためにジェニスタに準備だけはさせとくか。ユピテラ様の二の舞いの失敗は避けたいからな」

「あ、はい! 分かりました!」

「ちょっと私は別に失敗してないし! ええっと、その! 失敗じゃないから!」

 ユピテラがそう主張するが、なるほど言い淀んだ辺り、ご自身の失敗はご理解いただけてるようで何よりで、って、

「耳を引っ張らんでくださいって」

「うるさいです! ファスが意地悪するのが悪いんですもん!」

 子どもっぽい責任転嫁だが、大分、気にしてるようなのはファスだって分かる。

「ま、そう気落ちせんでもよいですよ、勝負事は勝ったり負けたりするもんです」

「……本当に覚えてないんですよね?」

「? 何がっすかね?」

 それこそユピテラは何を思い出したんだかだが、

「……別に、なんでもないです」

 露骨に気落ちした様子を示すが、ファスには理由が見当もつかない。体が弱っているせいだけにしていいものか。先程、吐いたこともあるし心配ではあるが、励ましの一つも思いつきもしない。もどかしい。

 まぁそもそも戦闘中にそんなことを考えるのも悠長であるが、

「はああああああっ!!」

 乱舞するーーと言っても見えないのだがーー風の矢とはっきりと見える蒼い炎が、金属のゴーレムたちを文字通りに蹴散らすナディによる奮迅の様を見れば、ファスの念のためなぞ杞憂か。

 もっとも、ユピテラがゾンビを相手にした時もそう思ったのであるが。

『ぴぴー、周囲確認完了、該当地域に登録者なし。広域攻撃に移行します』

 空飛ぶ円盤ゴーレムが人の声よりも妙に平坦な声を出したと思ったら、プシューという音とともに部屋が白いモヤに染まりだす。

「っち、障壁展開!」

 さっとファスは障壁を作って通路を遮断するも、少し遅かったか薄く白いモヤが鼻先をかすめ、

「げほげほげほ! 毒かよ!」

 軽く流れ込んだだけなのに、喉と鼻に焼けるような痛みが襲いかかり、通路にいたジェニスタ以外の全員が鼻先が外れんばかりのくしゃみを連発する。

「げほがほ! あれ、漂流者ってのは、がは! おっそろしいもん作るっすね!」

「がはごほ! 技術に比例して武器も凶悪って話は聞くね!」

「はふがほ! な、ナディ様は、わわ!?」

 がんっと障壁に円盤が当たり、驚いた全員が視線を前へ向ければ、渦が巻き起こっていた。

 テレビの薄明かりに照らされるは白いモヤの竜巻。それがゴーレムたちどころか机や漂流者の鉄の箱すら巻き込み吹きすさぶ。

 その中心にいるのは、ナディだ。

「ツゥボ、ベイル、ブラ、飛べ!」

 彼女がそう気勢を一つ上げれば、背中に背負った蒼い炎の魔法陣は複雑に変化する。その変化に応じて白モヤの竜巻も激しく吹きさすび、巻き込んでいたもの全てを宙高くへと打ち上げる。それらは天井にあたったのか、ががががんっと頭上で凄まじい音を鳴らし、漂流者の守護者も机も金属の箱も、砕かれ割れて天井の破片とともにボロボロと砕けて落ちてきた。

 一方の白い竜巻は、するすると収縮していき、ナディの手の中で小さな白いモヤモヤした玉になる。

 残るは、元の微かなテレビの光だけが照らす薄闇のみ。

「おおー」

 ファスたちは、ただただ感嘆するより他ない。竜巻で守護者をまとめて倒したのもさることながら、ナディはそのついでに部屋中に満ちていた毒の煙を、白い玉として掌中にまとめてしまったらしい。

「精度、威力共に一級品だね、流石は騎士学校10年に一度の天才」[戦場の武闘派貴族様でもなかなかできねぇ技だ、すげぇな」「むぅ、認めたくないけどやっぱりすっごいわねぇ!」「やっぱ魔法だよなぁ魔法! すげぇ!」「あれ、とにかくすげぇとしかいいようがないっすね」

「ごほん! 騒ぐようなことではありません」

 とにかくやんややんやと拍手喝采なファスたちへ、通路へ来たナディは咳払いを一つして謙遜するが、口が勝手にニヤけそうになってるのは、まぁご愛嬌というところか。

「騎士ファス、あなたは本格的に鉄拳で分からせたほうがよいでしょうか?」

「そいつぁご勘弁を。殴ったところでナディ様がかわいらしいのは変わらんことですし」

「殴りますね」

「ああところでユピテラ様、武勇を示した騎士へお言葉をどうぞ]

「む、そうね! うーんと、やるじゃないの!」

 ユピテラは、少し首をひねったが、ふっと肩の力を抜いて、パンパンパンっと拍手で以って素直に褒めれば、

「……もったいなきお言葉」

 少し目を見開いた後、ナディはそうゆっくりと片膝をついて礼をした。

 やれやれ、これで少し仲良くなってくれれば、アイタっ!

「殴るにしても顔はやめてくださいよ、ナディ様。後が残ると大変なんすから」

「俳優の類じゃあるまいし、気にすることですか。ああそうそう、瓶か何かありますか? これを封じてしまいたいなので

 そう片手の白いモヤモヤした玉、警備ロボットがさっき発した毒霧を差し出してくる。

「密閉瓶の空きはありますが、魔法の瓶とかでなくても大丈夫なんで?」

「強度は多少必要ですが、この玉より大きいなら問題ありません」

 ふむなるほど、そうファスはうなずきつつ、背嚢から金属の瓶を取り出してナディに手渡せば、彼女はひょいっと白モヤ玉を入れてフタを締めた。

「呪文なり儀式みたいなのはいらんっすのな」

「特には。ただ、フタを開けたり瓶がわれると一気に飛び広がります。気をつけて持っておきなさい」

「ほいほいっと、まぁ爆弾みたいなもんすね」

「そういうことです。しかし、厄介なことになりましたね」

「厄介って、何が!?」

 割い込んできたユピテラの問いに、ナディが真面目な顔に戻って曰く、

「この遺跡のゴーレムが、毒霧のような広範囲な攻撃を使うのが、です。倒すだけならこの通り難しくありませんが」

「奇襲などで上手いこと避難できない場合、あの毒煙まかれるとユピテラ様をお守りするのが難しそうっすからねぇ」

 なら遭わないように隠れながら進みたいところだが、構造がわからない建物の中では難しい。

「シャレコウベのやつが動かしてるのかは分からないけど、地の利は向こうにあるっていうことだね。でもどうしよう?」

「それこそどうしようもねぇなってところなんだが。地面に埋まってなけりゃ壁をぶっ壊して進むなりで無理やり突破もできるだろうが。下手すると崩落するからな」

「こいつが動けばいけたりしねぇかなぁ。穴ほって進めば警備ロボットとかいうのにもあわねぇだろ」

 ルゥグゥがそう渦巻き槍のドリルをなでるが、壊れてるらしく動かないのは確かめたばかりである。

「そもそもいくら漂流者の技術がすげぇって言っても、その大きさじゃな]

 普通の槍よりちょっと大きい程度だ。仮にそれで穴が開けられても、人が通れる通路を作れるかというと、である。

「後は、ナディ様に掘ってもらうとかかね」「無茶言わないでください」「壁をちょっと壊して確かめながら進むとかどうよ?」「そんな障子紙じゃないんだから」「風の魔法で探知とかできないの!」「あれは攻撃くらいにしか使えないので」

 と、少し考えると無理だと分かる思いつきばかりが湧いて出てくるのだが、そういうものが繋がって光が差すこともある。

「そうっすよねぇ、あれ、そういえば、穴ってぇとあれがあったすよね、ジェニスタの」

 今回は、ジィーがふと思い出したことが、突破口となった。

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