第五幕 その5
さて、ユピテラの調子が戻ったので、背負い直してーーユピテラの強弁により、またファスの背中でジェニスタがユピテラを支えるというスタイルになったーー真っ暗ながら異様に整った道をずっとまっすぐ歩いていくのだが、
「……いくらなんでも変じゃねぇか?」
「変って、なんで?」
トマスがぽやっと気の抜けた声が癪に障ったか、ルゥグゥは舌打ちを鳴らし、ランタンの光で顔に不気味な影を作りながら、
「さっきからまっすぐ一本道じゃねぇか。そこそこ歩いてんのに、分かれ道どころか曲がりすらしてねぇだろ。どういうことだよ」
「ど、どういうことっていわれても。普通に真っ直ぐな道じゃないの? そりゃ、ちょっと長いかもしれないけどさ」
「いくらなんでも長すぎだろうよ! 外歩いてんじゃなくて建物の中だぞ!」
「でもお城とかだったらないわけじゃ……」
「ああ、いや、そこはルゥグゥが正しいみたいだな」
「あん? なんか分かったのかよ、騎士さんよ?」
騎士言われると小っ恥ずかしいんだが、とファスは思ったが口には出さず、黒しかない暗闇の片隅をランタンで照らせば、四角い鉄片があった。
「これを少し前に目印として置いておいたんだが、進んでたはずなのに何故かここにあるな」
「なんじゃそりゃ、まっすぐ歩いたのに戻ってきちまったっていうのか? 曲がってねぇから円の形で戻ったってわけでもねえだろ」
「ああ。恐らくループ空間ってやつだ。ナディ様、ちっとこいつを投げていただけますか?」
「……ふむ」
小石を渡されたナディが、一つうなずき軽く正面へ投げれば、石はそれでも唸りをあげて闇を切り、少し待って後ろからカンっという音がなった。
更に別の石を今度は後ろへ投げれば、前から音がなりで、ナディはほぉっと感心の声を漏らす。
「なるほど、投げた石が反対から出てくるということは、前と後ろが繋がってるということですか」
「不思議ねぇ! これも異世界の技術ってやつなのかしら!? トマス、あんたなんか知ってない!?」
「い、いや、どうなんでしょう? ただ文献によると、異世界ではどんなに離れていても一瞬で届く手紙などがあるみたいですから、空間をいじるくらい簡単にできそうですね」
「おおー! 異世界すごいわ! 他にどんなものがあるのかしら!?」
「そ、そうですねぇ。確かえーと、地を走る鉄の猪や何もないところから像を生み出す机、巨大な天まで届く塔とか、ええっと、後は胸から火を吹く鉄の巨人に小さな箱に異世界を作る技術、空の果てまで飛べる船とか……」
トマスがしどろもどろに語っているのを、目を輝かせてユピテラが聞いてるのは微笑ましいが、まぁ愛でてばかりもいられない。
ファスは心配そうな顔を並べる兵士たちに問いかける。
「さて、どうすっかね。このまままっすぐ行っても単なる徒労、後ろも戻れないとくれば、隠し通路なりループを解除できる装置なりを探さねぇとならんけど」
「でもアレ、ここ結構広いっすし、あれ、真っ暗っすから」
「加えてまっ平らな石壁ばっかで、さっき歩いた限りじゃ怪しい跡とかも見当たらねぇ。普通に探してたら手間がかかりすぎんぞ、騎士さんよ」
「と、言われてもな。俺の刻印は探索とかには意味ねぇし使える道具もねぇから、ええっと」
ちらりとファスはナディへと視線を向けるが、堅物脳筋そうだし探しものみたいなマメな魔法はもってないだろうなと、すぐ視線を外す。
「……口に出さずとも何を考えてるのか分かりますからね、騎士ファス」
無駄に察しがよろしいことで。ちなみに実際には?
「……役に立つような魔法や技能はありませんね」
「ですかい。となると、どうしたもんか」
「ふぁ、ファス様! あ、あの! ええっとええっと!」
「落ち着けフィルレ。深呼吸3回」
「は、ははははははい!」
すーはーすーはーすーはーすーはーすーはー……、3回どころではない数を繰り返した後、すうっと息を吸い込み気合いを込めるが、
「な、なんとかできる! かもしれませ、ん!」
「……何を企んでいる?」
「ひぅ!?」
ナディの低くなった声に、あっさりすくみあがる。子どもを怖がらせるのはやめてくださいよ?
「ふん。胡乱な輩に子どもだのなんだの関係ありますか」
「いや、そうは言ってもですね。別になんか悪いことしたわけじゃないっすし」
「そうよ! 胡乱だの何だの言ってるのはあんただけでしょう! 私の従士にケチつける気!?」
「お言葉ですが! 従士と言ってもその辺りで拾ってきた浮浪児でしょうが!」
「はいはい、ケンカはおやめなすって。またジェニスタが暴走しますよ」
実際、ランプの光の影で触手がまたぞろ剣呑に構えられていていて、それに気づいたユピテラとナディは流石にうっと黙るも、それでもプイッと互いに顔を背け合う。
仲が悪すぎる。が、当面はどうしようもなし。
「そ、その……、意見言って、申し上げて、大丈夫でしょうか?」
「ああうん、大丈夫だ。どうするんだ?」
「えっと、フィフス、じゃなくてジェニスタを使ってですね」
ちょっとこぼれていた涙を拭きつつ、フィルレはつっかえつっかえ一生懸命、説明してくれ、
「すごいことできるのね! やってみなさい!」
というユピテラの鶴の一声ですぐ決まった。
「は、はい! がんばります! ジェニスタ! お願いね!」
ぴっと意外と堂に入った敬礼をしたフィルレは、ジェニスタを呼ぶとその額と額をピトリと合わせて目を閉じた。
と、ずりずりずりっと地面から何かをえぐるような音が鳴った。見れば、ジェニスタの触手が地面に突き刺さっている。
そこに皆が固唾を飲んだ次の一瞬には、音は地面から壁へ、天井へ、通路全体へと広がっていき、ところどころで傷一つなく真っ平らだった壁や地面が天井がボコボコとひび割れ盛り上がる。
(ジェニスタの触手を通路全体に張り巡らして、出口を探るって聞いた時にゃ力技も過ぎると思ったが、マジで出来るのか)
かなりの広さの通路なのにな、なんちゅう化け物、いや悪魔か? 今はどうなんだろうか? ファスが少し混乱していれば、
「ここ!」
パンッという音と共に、壁の一部が弾けた。
「……なるほど、確かに通路がありますね」
すぐに先行して弾けた部分を確かめたナディの言葉通り、そこにはやはり真っ暗闇ながらも確かに別の道が存在していた。
「すごいじゃないジェニスタ! フィルレも! よくやったわ!」
「は、はい、きょきょ、恐縮です」
「……」
大はしゃぎなユピテラに、フィルレはちょっと頬を赤らめつつも挙動不審にぴくぴくと頭を下げ、ジェニスタは黙ったままだが、じっと対面するユピテラを見ている。
「……本当に魔法を使った様子もなしに命令した? 一体どうやって? そもそも……」
一方、ナディは眉間を押さえているが、出口を見つけたのは事実なので、それ以上の言及はしなかった。