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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
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第五幕 その3

「握りこぶしがグーで、こっちの二本指がチョキで勝てて、そしてこの手のひらのパーに負けるの! じゃんけんっていうのよ! 分かるわね!」

「……」

 ファスの背中に寄りかかりながらユピテラは賑やかに説明しているが、分かってるのか分かってないのか、向かい合ってる触手の少女はぼんやりとただ首を傾げるばかりだ。

 尚、背中、と言っても描写の通りファスが背負ってるわけではなく、触手少女の触手で支えている。ファスの背中に一本触手が巻き付いて、一応、支えには使ってるみたいだが、重みを感じないため不要なはずではある。

 なら背中貸さなくてもいいのでは? と言う当然の意見は、うっさいいいから背負え! というユピテラのガチギレによって取り下げられた。何故だ?

「それでじゃんけんに勝ったほうがこの干し肉を食べるの! いいわね!? ほらこうして手を出して、じゃんけん、ぽん!」

 興味なさげな反応にもめげず、向かい合った少女の手をつかんで無理やりグーにしつつ、ユピテラはチョキを出して、

「あちゃー! 負けたかー! じゃあ勝ったあなたが干し肉を食べなさい! はい、あーん!」

「! はむっ!」

 今までほぼ無反応だった触手の彼女は、あーんを無視して獲物をぶんどるカラスよろしく、ユピテラの手から干し肉を食いとってもぐもぐする。おいおい、食欲旺盛なのは結構だがな、現金すぎるぜ?

 ファスは肩をすくめるが、意図を無視された形のユピテラの方は、特に気にした風もなく、

「これがじゃんけんよ! 覚えたかしら!? それじゃもう一度、じゃんけんぽん! て手を動かしなさいよ!」

 そう殊更に黄色くした声で、少女のグーのままの手を再びチョキにしたりパーにしたり。一方の少女は、やはり特に何の反応もないが、どこか楽しげに見えなくもない、か?

 さて、現在は転送された部屋から石扉を開けて少し歩いているのだが、特に何もない暗闇の通路である。まっすぐ直進が続いているだけで、ランプの弱々しい灯りが照らす周囲は、単なるまっ平らな石の床や壁で、何の変哲もなくずっと続いて、

「って、平らすぎて変哲なさすぎだ。ここまでまっ平らなもんは見たことねぇぞ」

 ファスの疑問が平坦な闇にこだまする。漆喰などを塗り込めればきれいになるが、そういう様子もなく石としてまっ平らなのだ。継ぎ目らしき凹凸はあるが、それも石で繋がっているから、やはりこれは一枚の岩でできているのか? いったいどんな岩なんだ?

「いやファス、これは一枚の岩から作ったんじゃなくて、塗り固めたやつだよ、たぶん」

「塗り固めたって、そんな様子には見えねぇが、まさか岩を溶かして塗ったとでも言うのか、トマス?」

「うん、そう。石を溶かして固める技術があったんだよ。確か、えーと、コンクリートとか言うのだっけな」

 トマスが得意げに説明する。子供を背負って背嚢を前、というファスと同じスタイルだが、闇の中を微かに揺らめくランプで照らされた女みたいなやさ顔、いやまぁ女みたいというか、それはいいとして、何であれ疲れは見えずまだまだ大丈夫そうではある。

「コンクリートねぇ、すげぇな。どうやるんだ」

「いや、そこまでは分からないよ。確認できる一番新しいの漂流者の事績は、数千年前の第一期古帝国時代だし」

 だいいっきこていこく? ひょうりゅうしゃ? と疑問符を頭に生やしたのはファスだけではなかったらしく、ユピテラの鎧をガッチョガッチョと持ち直しつつ運ぶジィーが、少し興奮した様子で問いかける。

「あれ、漂流者ってなんすか?」

「漂流者って言うのは、異世界からこっちに何らかの事情で流れ着いた人で、ええっと、その、なんかすごいらしいよ!」

「なんかってなんだよ、なんかって。いきなり言いよどむな」

 ルゥグゥがあん? と舌打ちとともに突っ込む。こちらは槍を持って一応、後ろの警戒をさせているが、ふぁあと欠伸をして退屈そうだ。それはさておき、喋りすぎたとでも思ったのか、トマスは曖昧に笑いつつも、しどろもどろに宙を見ながら、

「ああ、いやその、そ、そこまで詳しくなくって。ちょっと教会の古本を写本してたらそんなこと書いてあったかなぁってだけで」

「まぁ学者先生でもないと詳しいことは分からんわな」

 そんなもんかねぇとルゥグゥは訝しげな顔を隠さないが、うん、そういうことにしといてやれ。建前ってのは大事だからな。身分を隠したいならもうちょい慎重になれとは思うが。

 そんな感じに話をまとめようとしたのだが、

「……異世界というのは、異なる世界。神々の領域を超えた先にあると言われる、チキュウだとかアースだとか言われる世界です。創地の五神もこの世界からやってきたという説もあります」

 むっつりと黙って先頭を歩いていたナディが、淡々と割り込んできた。空気がぴしりと凍り、ファスたちだけでなくユピテラもぎょっと黙り込む。

「何か?」

「ええっと」

 まさか普通に雑談に混ざってくるとは思ってなかった、とは言えんよな。

「まさか普通に雑談に混ざってくるとは思ってなかったわ!」

 まぁユピテラがそのまま言ってしまったので無意味な気遣いだったが。

「敵地なんだから静かにしてくださいとか怒鳴りそうなのに!」

「敵地なんだから静かにしてください。なんでいつも大声なんですか」

「うっさい! 指示を出す良い訓練になるでしょ!」

「はぁまったく! うるさいのはどちらですか! 何度も申し上げますが、あなたは宮廷伯のご息女ですよ! 世に出るにしても文官や侍従で、前線に立つご身分ではないのです!」

「それだと遅すぎるの! だいたい私は前と違って覚醒してるの! あんたよりずっと強いのよ! それをっ!? ナディ!」

 ユピテラの叫びとと同時に、突き出された触手がナディの背中へと迫るが、

「やめなさい!」

 フィルレが割り込んだことで、彼女の喉元寸前でその触手の槍は止まった。

「……いきなり立ちふさがるのは危ないですよ?」

 ついでに触手を切り払おうとしたのか、ナディが手にしていた大大刀ーー動けないユピテラから預かったものだーーが、フィルレの脇腹の辺りで止まっていた。

「気、気をつけます。それよりいきなり攻撃しないの! もう! こんな乱暴なはずじゃないのに!」

「ナディは堅物でムカつくけど、攻撃したりするのは困るわね! だめよ! そんな乱暴しちゃ!]

 ユピテラがバッテンを作って説教するが、当の触手少女はボヘーとしている。

 ルゥグゥがランプを細かく揺らめかしながら、

「たく、力はすげぇけど、頭は動いてんのかすらわかんねぇな」

[悪口を言うものじゃないわよ! こういうのは人それぞれだし、ゆっくり教えればいいのよ! 昔も似たような子の世話したことあるけど!」

「というと?」

 問いかけると、少し困ったようにユピテラは首を傾けるが、

「まぁ話しても大丈夫でしょう! いやね、こんな感じのぽやっとした子を世話したことあるのよ! その子もよく楽器を加減間違えてぶっ壊してたわ! 同じように灰色っぽくて、瞳の感じもよく似た、よく似た!?」

 滔々と語ろうとしてたところを、何故かユピテラは絶句して息を飲んだ。

「た、確か肌とかもこんな感じで髪も陶器の質感もそうですし、大きさはちょっと小さいけど、ええ、まさか、ええ!?」

「ど、どうしたんですか?」

「あなた! 名前なんていうのですか!? 名前!」

 トマスの問いを無視して、かぶりつくようにユピテラは少女へ問いかけだが、しゃべれないのでは? それに、

「そもそも生まれたばっかなはずですから、名前もないはずですよ」

「そ、そうですね! 確かにあの時はもっと大きくて生まれたてじゃなかったですし、今聞いても分かるわけ」

「フィフス」

「「「は!?」」」

 その場、全員の声がハモる。

「あ、あれ、名前を、あれ、名乗ったんですかね?」

「い、いやどうなんだ? ただ単に意味のない音を出しただけじゃねーか? どう思う騎士さん?」

 ルゥグゥが聞いてくるが、ファスだって分からん、こんなこと。

「ただ、意味があるなら五番目ってことなのかね? でも生まれたばっかだしなぁ、いや剣から変化したんだっけ? 剣の名前がフィフスだったりしたんかね? 何か知らんか、トマス?」

「さ、さぁ? 一応、神代には神器三十八剣とかそういうのはあったみたいだけど……」

「フィフス」

 混乱するファスたちの疑問に答えるかのように、彼女はフィフス、という言葉を繰り返す。

「そう、あなたはフィフスで、あなたが……」

 そして、ユピテラは、なにかの痛みに耐えるように呟いた。

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