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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第五幕 触手少女と異世界なダンジョン
27/46

第五幕 その1

「おいしい!」

 と鈴を転がす声でユピテラが喜んでくれるなら、高い金出した甲斐があったというものである。

「なんですかこの赤い水! 果汁酒じゃないですよね! こんな甘い飲み物初めてです!」

「砂糖入れた水ですよ。まだ飲みます?」

「もちろんです!」

 ほいほいっと応えつつ、ユピテラの口へゆっくりとファスは水筒を近づけると、母乳を飲む子猫のようにハムっと口をつけ、こくこくと小さな喉を鳴らす。

 ユピテラは力が抜けて、体が思うように動かせないということで、壁にもたれさせてとりあえず口に入れやすそうなものを飲ませている。

 しかし、下敷きから救出した時は、人形のように力なく、ランタンに照らされた顔は泡雪のように儚げな顔色で、冷や汗かかされたが、今は声に元気が戻ってきて何よりだ。

「でもよくそんなもの持ってましたね! しかも赤い砂糖なんて! 聞いたことないです!」

 砂糖、特に質の高いものは貴重だ。ファスも詳しくは知らないが、帝国では、東方の大海谷下にある大沼大陸からの輸入か、さもなければ貴族の魔法農園などでしか手にはいはらない代物である。

「港町で買ったんですよ。城伯様が作らせてるそうですよ。あの栗の形した木の実、竜の木の実でしたっけね、それを砕いて煮詰めるとかで」

 そう袋から雑に砕かれた赤い砂糖を出す。尚、ファスが砂糖は確か白とか黒なのでは? とアイリス城伯に聞いたところ、知らないけど、魔力の関係じゃない? 作って数年くらい食べてるけど大丈夫だよ、たぶんと言っていた。

「すごいですけどいい加減ですね、いい加減ね! ってファス! 後ろ!」

「へ? うお!」

 ユピテラの叫びと共に、いきなり手の水筒が引っ張られてすっぽ抜ける。

「……」

 そして振り返れば水筒には触手が巻き付き、そのままいきなり現れたらしい触手少女の元へ、そのまま口につけてモキュモキュモキュと飲みだした。

 触手が色々なところから生えた少女である。触手以外の体は胸を除いてほっそりとしているが、それなりに健康そうな体型で、齢はフィルレと同じくらいか? 紫の光は収まり、今はフィルレの予備のローブで触手をもぞもぞさせながら、なんとか体を覆っている。

「えーと、うまいか?」

「……」

 ファスは聞いてみるが、うなずくことも首をふることもせず、ただ一心不乱に喉を動かす。

 しかし、そう多く入ってたわけではないので、水筒からはすぐに水がなくなり、空になった水筒へ首を傾げ、何故かファスを睨んできた。

「いや睨まれてもそれが全部だよ。ないもんは、うおっと!?」

 ぶんっと触手を振り回したのをさっとしゃがんで避ければ、後ろのまっ平らな石壁が砕けた。おいおい。

「やめなさい! 恥ずかしい!」

 響いた一喝はフィルレだ。今までのおどおどした姿からは意外な鋭い言葉だが、この石壁をいきなり叩き割るようなやつ相手に大丈夫か? と心配になるも、

「……」

 特に触手少女は反抗することもなく、ただ首を反対に傾けて水筒をぽいっと捨てただけでおわった。ランタンを点けててもあまり明るくないので、探しにくいからやめて欲しいのだが……。

「す、すみません、ファス様。ほらちゃんと返しなさい!」

「……」

 フィルレが自分の子供がやらかしたかのようにペコペコすれば、触手がしゅるりと動いてファス目の前に水筒が握さしだされた。

「お、おう。どうもありがとな。しっかしフィルレ、お前の言うことは聞くってことは、お前さんが封印の一族ってのの信憑性が増すな」

 封印の一族、この地に眠っていた花の悪魔を封印していた一族で、彼女はその一人なのだそうな。

 そして曰く、封印された花の悪魔にはコアとなる剣があり、それが何らかの力で変質したのが、目の前の触手の彼女なのだとか。

「詳しいことはその、私も子どもだから、何も聞いてない、聞いて、聞いていませんが、私たちは、代々そのコアの力を抑える能力を受け継いでいて、だから言うことを聞いてくれるの、くれるんだと、思います」

「……なるほど、話はわかりますが、しかし」

「すごいじゃない! フィルレ!」

 たどたどしくもなんとか言葉を紡いだフィルレへ、訝しげに眉をしかめるナディとは対照的に、張りが戻った大声をユピテラは出す。

「その力があれば悪魔を上手いこと従わせられるってことでしょ! これで問題の一個が解決したようなもんだわ!」

「あ、いえ、その、あの……」

「しかしあの時、斬らなくて良かったわ! やっぱり短気はダメね! 反省しないと! フィルレも悪かったわね!」

「そ、そんなことは、そんなことはなくて、その」

「む、そうね! 謝っただけでケジメがついたって思うのはいけないわね! なにか考えておかないと! あいたたた」

 大声を張り上げたせいで傷が痛んだか、ユピテラは顔をしかめる。元気が出てきたのはいいが、胸を貫かれて腕を砕かれたという話である。普通なら死んだり切除しないといけないはずのところを、特に問題なく腕も固定は不要なくらいにはすぐ自力で再生したそうだがーーすげえな神族ーー、あんま無茶はよろしくない。しかも、そのコアだかの剣を刺された際に、魔力を抜かれてほとんど力が出ないそうだし。

「分かってるってば! それより他に食べ物はないのかしら! 流石に砂糖水だけではお腹にたまらないわ!」

「あーと、干しいもは固いし、はちみつはあんま変わらんし、んーと、ああ、竜の木の実を切って干したもんがありますな」

「いいわねぇ! 早く早く! あーん!」

「はいはい、ちょっとお待ち下さいよっと」

 ささっと腰の袋から干した木の実を取り出して砂糖をまぶす、ファスはユピテラが雛鳥よろしく開けた口へと入れれば、

「うにゅ!」

「っと」

 パクリと指ごと一口、抜こうとしたところをそのままちろちろと舐めた。とろりとした蜂蜜につけたような柔らかい感触が指先を包む。おいおい、砂糖が付いてるとはいえさ。

「おいしい! 砂糖もいいけどこのじゅっと来る甘みがいいわねぇ!」

「そりゃ結構、でも指舐めるのはやめてくださいよ。手ぇなんてきれいじゃないっすよ」

「はいはい! それよりもっと!」

「こら!」

 ファスのたしなめにユピテラが軽く舌を出した時、フィルレがいきなり声を荒げる。見ればまた触手、今度は腰の袋に伸びている。

「なんだ、ほしいのか? ほれ」

 ぽんっと袋から干した実の板を取り出して触手に乗せるが、触手はそのまま動かない。はてとその元へとたどれば、少女があーんと口を開けていた。

 真似してるのかね? まあ大した手間でもないからいいが、とファスはゆっくりと近づいて、砂糖をまぶした干し木の実を同じように食べさせようとすれば、

「はむっ!」

「っおっと」

 ユピテラと同じように指ごとくわえて舐めだした。おいおい。ユピテラと違って少し硬くてざらついた感触で、飴玉へ丹念に吸い付く様だったユピテラと違って、ガシガシ動かしてきて少し痛い。

「もう! はしたないからやめてよ! 恥ずかしい!」

 ぷりぷりとフィルレが怒り出すとピタッと止め、口を離してじっと彼女を見る。ちょっと不機嫌そうに見えるが大丈夫か? 攻撃されたりしない?

「それは大丈夫だと思います。このくらいの時だと、そんなに分別があったわけじゃないので。ただ見ての通りあまり加減は分かってないので、気をつけてください」

「はーん? それならいいけど、あんま怒ってやるなよ。赤ちゃんっつうか、生まれたてっぽいしな」

「それよりファス! もっとよこしなさい! あーん!」

「ん、あーん」

 ユピテラが口を開けると同時に、触手少女の方も口を開けてきた。やれやれ。

「あ、こら! 私が先よ! あんた食べたでしょう!」

「あーん」

「無視すんな! あーん!」

「あーん」

 雛鳥に対する親鳥の気持ちがちょっと分かるな、めんどくさい。張り合うな。

 そんなこんなでしばらく人の餌やりで、大きくもない袋がからっけつになった頃合いに、

「ダメだ! マジでねぇ! 本当に戻れねぇぞ!」

 ルゥグゥがため息とともに報告してきた。

 戻れない、というのは湖へ向かうであろう転送用の魔法陣や装置が探しても見当たらないからだ。

「こっちに出た場所に、魔法陣みてぇのとか何もないから嫌な予感がしたが、マジで一方通行ってやつだったか」

「だね。でもゾンビを大量に送ってたし、恐らくこちらから湖に行く用と湖から来る用で別々の魔法陣を2つ、張ってるんだと思うけど……」

「近くにその行く用のはねぇってわけだな」

「そういうことだね、それで部屋を調べた結果だけど」

 トマスはじりじりと少し長めの前髪をいじって、命じていた部屋の調査を報告してくれるが、内容的には空振り。経年劣化か少しボロボロになってたものの、妙に整った石畳の部屋で、天井がやたら高そうなのと、扉が3つあるくらいしかわからなかった。

 ルゥグゥも竜人とのハーフの証である首の鱗をガシガシかいて、報告を続ける。

「後、二つの扉は使えねぇぜ。開けたら土で埋まってたからな。この遺跡みてえなの自体が地下に埋まってるっぽいぞ」

「てぇと、壁を壊して外に出るってわけにゃいかねぇか」

「それと人質になってた子だけど、変な魔術がかかってるからしばらく目は覚まさないかな。命に別状はないし、罠の類もなさそうだけど」

「それならそれで構わんさ。運ぶのがちと手間だが。魔術と言えば、ええっと、ナディ様? そっちのシャレコウベはどうですかね?」

「……魔法陣と魔法石を確認できましたが、それ以上は分かりません」

 思い出してナディに声をかければ、口調は淡々としていたが渋い顔。貴族ということで魔法にも明るかろうと思い、床に転がってた罠に嵌めた魔術師のであろうドクロを調べてもらったのだが、大した情報はなしか。まぁ専門の魔術師というわけではないだろうし、仕方ないが。

「あ、でも魔法陣は僕もわからないけど、魔法石はへメライ加工だね」

「なんじゃそりゃ?」

 トマスの言葉にファスが首をかしげれば、そのなよっちい顔が得意げになり、

「魔法石っていうのは加工法で色々と流派があるんだよ。へメライ加工っていうのは、先々代のへメライ公爵様配下の魔術師、ドーキョー様が始めたもので」

「分かった分かった。お前は詳しいんだな。しかしへメライ公爵様って、どっかで最近、聞いたな」

「あれっす、ベルゼさんの元いたっていう」

「ああ、神跡調査騎士団だっけか。あれを支援してんだっけかな」

 変な線がつながったが、とはいえ偶然の可能性なども大きいし、仮に意味があったとしてもよくわからない話だ。

「……未来の帝都で悪魔と一緒に襲ってきた奴らもあのなんとか騎士団ですし、じゃあやっぱり邪神と関係あるんでしょうか? だけどへメライ公爵なんて立派な方がが、いやでも、私が倒した方も侯爵だったし、どれだけ邪教徒は帝国に浸透してるのですか」

 なんか深刻そうな顔でユピテラが、空になった木の実の袋をいじりつつブツブツ言ってるが、何であれ、状況証拠がちょこっとあるかもしれない程度で考えたって意味ないし、そもそも今はまだ敵地である。

「とりあえず、この部屋には何も無さそうですし、移動しますか。人質の子供はトマスが運んでくれ。ユピテラさまは」

「あ! そうだ!ファス、あなたが運びなさい!」

「っと、はいはい、了解ですよっと」

 命令に従って背嚢を前に抱え直しつつ、そのまま壁にもたれてるユピテラへファスが背を向けしゃがめば、ふわりと乗っかってくれた。鎧を外した彼女は羽のように軽くて上等なベットのように柔らかで、花蜜のような甘い香りが微かに薫る。

「えへへ、懐かしいわね! こういうの!」

「懐かしいですか。お父君、いや貴族様なら乳母とか教育係の方ですかね。こうやって背負ったりするのは」

「……違いますよ、私の騎士」

「っと」

 何故か寂しげに呟いたユピテラは、子猫のように頬をこすりつけてきたが、ぷにっとした感触ははっきり分かるくらいには冷たかった。

 何が違うのかは分からんが、声こそ張りを出せるもののまだ弱ってるのは確か、か。落ち着けるところについたら、もうちょっと栄養のあるものを食べさせて、

「うお!?」

「うにゃ!?」

 いきなり後ろから突き飛ばされてつんのめるものの、なんとかファスは倒れずに耐えるが、な、なんだ? 体に触手がって、おいおい。

 背中を確認すればユピテラの更にその背に、何故か触手少女が張り付いていた。

「ちょ、ちょっと何やってるのよ!」

 フィルレが泡を食って叫ぶのも当然な突拍子もなさだが、まぁやりたいことは分かる。

「なんだよ、お前もおんぶして欲しいのか?」

「おんぶってあんた! 重! くはないけど!」

 ユピテラの言葉通り、重さは殆ど変わらないどころか少し軽くなったくらいで、よく見ると地面へ触手が伸びて体を支えていた。便利なもんだがおんぶする必要ないよな?

 あるいは、形だけでも真似するというのは、子どもっぽいと言えばぽいのだろうか?

「折角の良い機会だったのに邪魔すんじゃな、ふにゃ!?」

 そしてこれも真似なのか、怒鳴っていたユピテラへ、触手少女はさっき彼女がファスにやってたように頬ずりする。

「あわわわわ! ごめんなさいごめんなさい! こら! 離れなさい! わ!?」

 フィルレが少女の小さな人間の手を掴んで引っ張るも、やっ、とでも言うのように触手が一閃して近くの壁を砕く。うーむ、赤ん坊みたいな子が怪力持つと大変だな。あ、ナディ様、剣を抜こうとしないで。フィルレもちょっと眉を緩めろ、カリカリするな。

「でもどうするの? それで歩けるの?」

「ん、大丈夫そうな感じかね」

 トマスの疑問に答えつつ、ファスが2、3歩進むと、器用に触手もてこてこと合わせて動いた。

「もう! でもよく分かんないけど、しかしすごいわね、この触手! こう手を離しても落ちないし! なんか固いけど柔らかいし!」

 ユピテラも感心して自分の体に回された触手を触る。彼女の言う通り、花の悪魔と同じ陶器質の灰色の触手は、固いのにそれなりに柔らかい、まるで金属がそのまま筋肉になったようである。

「一体どんな材質なんすかね。じゃ、このまま行きますか」

「ええ!? でもこのままだとせっかく色々とやろうにも、にゃにゃ! 首を舐めるんじゃない! それはまだやってないでしょうに!」

「……はぁ、やれやれ、緊張感のない」

 賑やかな背中のユピテラに、ナディがため息を付くが、ま、変に暗くなるよりいいんじゃないですかね?

「ふん。それより騎士ファス。しっかりユピテラ様をお守りするのですよ。床に落としたりしたら首を斬りますからね」

「へいへい、気をつけますよっと。それじゃユピテラ様、行きましょう!」

 背中でまだわーわーやってたユピテラにそう声をかけると、はぁもう! と一際大きなため息をついてから、

「忘れ物はないわね! それじゃ遺跡探検隊! 出発よ!」

 いつ探検隊になったんだという、細かい突っ込みがファスたちから浮かんだのはさておき、ユピテラのいつも通りの大音声の下、ルゥグゥが石の扉を押し開いた。

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