第四幕 その5
ーー声が聞こえる。
『あなた方の怒りは分かります。ですが、この子はあの人の子、故に私の子でもあります』
『ごめんなさい。でもこればかりはあなたに託すより他ありません。怒りと呪いから生まれた力、背負わせることは決して許されないでしょうが』
時も人も混ざり合った、脈絡のないやまびこ。
『どうか、永き時が、あの人の呪いからあなたを解き放ちますように』
『しかしどんな力であれ、扱うのはあなた。どうかその道行きが善きものでありますように』
でもそれは、誰かへの祈りであることは共通していてーー
ーー目が覚めた。
「な、に!?」
同時に驚愕の声が聞こえる。
「何故、剣が!? 何が起こってる!?」
「何を驚いて、ふぇ?」
胸に刺さっていた剣が、溶けだした。
ちょうど飴細工を火で炙ったかのようにどろどろグニャグニャと、形を変えていく。
そして目が合った。
不定形な鈍色の液体が浮いているだけなのに、何故そう感じるのか、すぐ分かった。
人の形になったからだ。
痩せた小さな子供。紫色に光る眼が印象的な少女、そんな形にその紫と鉛色が混じり合った液体は変化していく。
「な、なんなの!? ていうかなにこれ、あいたっ!?」
そして何故か手足を縛っていた悪魔の触手が外れて、ユピテラはそのまま尻から落下する。一方の触手は、宙に浮いたままの液体の子供にまきつくと、シュルシュルとその水の中に潜って消えていく。
「制御がきかない、いや、食われていくだと! 貴様、何をした!?」
「知ってたら尻もちつかないっての! あんたの神にでも聞いてみなさいな!」
「ユピテラ様!」
気がつけば、羊角の女、ナディがユピテラを抱き起こしてきた。
「あんた、隠れて追ってきてたわけね!?」
「無論、それが役目故。それよりこの様な無茶を!」
「無茶なんてしてない! ただ単に刺されただけだってば! これくらいなら、くぅ!?」
引き剥がして起きようとしたユピテラだが、ふらりと足をもつれさせる。先程の剣で刺されたせいか、体中の魔力が抜けて力が全然入らない。
「ゆ、ユピテラ様!?」
「ええい! 大丈夫よ! これくらい! それよりさっきの剣は!?」
それでも気合で踏ん張ったユピテラが、上を見ると同時に降ってきた。
女の子が。
「ちょ、あぶな!」
慌てて体を割り込ませてキャッチしようとするが、ふにゃりと腰がぬける。
そしてそのまま前へ体が泳ぎ、そこへ女の子のお尻がで、
「ぎゃん!?」
「みっ」
結果、ユピテラは潰れたカエルのようにうつ伏せで、小さな少女の下敷きになってしまった。
「いたた! もぉ! 魔力吸われすぎたのかしら! これじゃ転生すぐ以下じゃない! あんたは大丈夫!?」
「……?」
とりあえずユピテラは声をかけるが、液体から普通の体になっていた少女は、背を向けたままよく分っていなさげに小首を傾げる。
素っ裸の痩せた少女、ユピテラより背丈低く、フィルレくらいか? 肌は生まれたてということなのか傷もシミもなくてきれいで、髪は触手と同じ陶器質、後、やはりというかなんというか、あの大神の剣とやらと同じく、紫色に薄く光っているのが印象的だ。
そんな彼女はこちらに気づいて体を振り返ようとしたのか、ユピテラの腕を無造作につかんで、
「んぎ!!??」
そのまま骨ごと握りつぶした。
(いくら弱ってるからってなんて怪力、ていうかこの子なんなんですか!?)
転生前の仇敵が持っていた剣に刺されたら、その剣が子どもになって悪魔も消えた、意味が分からない。骨を潰すくらいだからやはり悪意が、いや違くて、これ経験ある、ええっと確か、
色々と考えが浮かぶのだが、時間はまとめることを許してくれなかった。
「貴様!?」
何故なら骨が砕ける音に、それまで呆気に取られていたナディが反応し、抜き打ちで女の子の首を狙ったからだ。
躊躇のない一撃に制止をする暇もない。自分の背中で女の子の首が飛ぶとか勘弁してほしいのですけど!
しかし余計な心配だった、と言うか更なる問題が現れた。
「……」
「なに!? っち!」
少女の体から触手、あの花の悪魔と同じ灰色の茎が現れて、ナディの斬撃を防いだのだ。
女の子は少しムッと顔をさせて、そのままお返しとばかりに別の触手が顔面へと振るわれるも、ナディはさっと顔を反らして回避、その勢いを利用して斬撃、斬撃、斬撃斬撃、しかし触手が防いで防いで反撃して……。
「ちょ、やめ、やめなさい……」
とにかくユピテラがなんとか肺を振り絞るも、体中の魔力はすっからかんで虚脱状態、加えて骨を潰された激痛が合わさり、蚊の鳴き声の様な音量しかでない。
そして当然二人の耳には入らなかったようで、ああもう! どうすれば! とりあえず人を押しつぶしたまま剣戟交わすのはやめてください怖いです! 助けてファス!
そんなユピテラの切実な祈りは通じた。
ただし天にでもファスにでもなかったが。
「や、やめてください!」
そんなキョドった声を張り上げたのは、フィルレだった。