第四幕 その3
「うわっ!」「ひぇ!」「げぇ!」
さて、移動中にファスの所見を伝えておいたのだが、実際に見ればやはりビビるのも分かる
なぜなら、ひしゃげているからだ。
頭が。
右上四半分ほどごっそりと凹み、脳だったものなのか、黒ずんだ何かをハエにたからせながら、白く濁った瞳をバラバラにあらぬ方向に向けている。
死体、本来ならば肉塊として横たわり虫食い苔むしるに任せるはずのそれは、何故か二本の足で立っている。
「ゾンビ……」
ポツリとトマスが呟いたその忌まわしき名称、歩く死体ことゾンビは、ユラシアの民で知らぬものはいないほど悪名高く、そして一般的な代物だ。
一般的、というのは即ち、死体を放置していると一定の確率で自然に生まれてしまうからである。
何故か、と問われても分からない。邪神が神代の時代に死した人々を自分の兵士にするためにかけた呪い、雑霊がとりついてしまった、などと言われたりするが、実際のところは不明だ。
原因はさておき、そういうわけでユラシアでは火葬が基本とされ、一般的とは言ったものの普通の村や町の近くでゾンビを多数見るのは稀だ。
そのはずなのだが、
『魔物が気づいたらいきなり村の近くに現れまして、それで大慌てで守り固めたんですが数も多いし子どもも一人いなくなってるしで、とにかく城伯様にご報告しないと遺憾だべと急いで……』
という村人からの情報提供を元に、たどり着いた湖にはかなりの数のゾンビ、湖の中と周りにいるのを合わせて30以上はいるだろうか?
「水葬でもしてたのか? この辺りで?」
「そんな水が汚れることせんだべよ。最近じゃ疫病とか合戦とかも縁遠いだべですから、あんな数の死人が出ることもないだべですし」
ファスの質問にマクは首を捻る。小高い丘の上に陣取りつつ、他の兵士たちと一緒に周りを見ても、ゾンビ以外の異常はないが……。
「村の奴の話じゃ城伯様のお達しで見回りに来た時には、こんなのいなかったそうだべだが……」
「何だっていいわよ! ゾンビって大して強くないんでしょ! 子供も行方不明だって言うんだし! 何かある前にとっとと倒しちゃいましょ!」
「ああいや! それは構わないんですが!」
「行くわよ!」
「もう少し様子を見てから、てもう!」
言い終わる前にユピテラは駆け出してその背が小さくなり、ファスは思わず舌打ちが出る。
「ったく! やる気があるのはいいことだけどさぁよ! 追うぞ!」
ファスは号令をかけて追いかけるも、馬も追い抜くであろうユスピードについていけるはずもなく置き去りにされる。一方、ユピテラはそんなことは気にせず、単騎駆けにゾンビのど真ん中へと切り込んでは、
「どおおりりゃあああー!」
気合一閃、剣戟がうなればまずは一体、腐った肉体が両断され、更に白刃がきらめけば、その近くにいた呪われた身体は粉砕された。
「!!!!!!!!???!!!?」
叫びなのかなんなのか、意味不明な音を鳴らしたゾンビたがユピテラに群がるも、
’「どりゃっさぁ!」-
横薙ぎに回転して両断、叩きつけに吹き飛ばして粉砕と、七面六臂もなんのその。きらめく刃は旋風か雷光か、ゾンビというゾンビをなで斬りにして元の死体の山へと戻していく。
まさに無双というべきか。
「いやあ、あれ、さすがの強さっすねぇ!」「ユピテラ様はほんと凄いんだべなぁ」「ったく、アホだけどやっぱすげえな」「すごい……、流石は覚醒に至り、あの……」
そんな姿を、やっとこさ追いついた兵士たちは、ただただ歓声をあげるばかり。
まぁ気持ちはファスも分かるが、
「おいおい観客気分は困るぜ! 化け物相手なんだから、気を引き締めろ!」
「ああ、すんませんだべ。ついつい見とれちまいまして。しかし、こうも暴れられると手伝いも難しいだべなぁ」
素直に頭を下げたマクが言う通り、縦横無尽に暴れまわってるユピテラへ下手に近づけばゾンビともども切られかねない。この辺りは兵士だけでなく戦う貴族の技量も高くないと難しいので、貴族の戦闘中は兵士は近づかないのが基本ではある。
ジィーが太鼓のバチでコメカミを叩きつつ、
「あれ、そうなんっすね。まぁでもあれ、ユピテラ様お強いですし、あれ、大丈夫なんじゃないっすかね」
「かもしれねぇけど、何が起こるか分かんねぇのが戦闘ってやつだぜ。こんなあからさまに怪しい状況だしな」
「だべですなっと。じゃ、整列だべ整列! 訓練どおりの横列だべ! 武器もしっかり抜いて盾も持っとくんだべよ!」
マクの指示で、戸惑いながらも兵士たちは隊列を作っていく。
「しかしなんなんだかな。ベルゼ、お前の方でなんか知らねぇか? 話しにくいかもしれねぇけど、元の騎士団の方から注意があったとかは?」
「んと、私たちに、何か、注意は、なかった、ですし、探索、中も、そういう、異常は、なかった、です。調査していた悪魔、も、死霊の話、は、なかった、はず、ですし」
ベルゼが記憶をまさぐるようにゆっくり頭を振りながら答えていて、特に何か隠している様子でもない。さてでは、トマスの方にも所見を、と?
「……っ」
ふと見ると、ベルゼの後ろについているフィルレが、青い顔で何かをこらえるように唇をかんでいた。
「どうしたフィルレ? ゾンビで気持ち悪くなったか?」
「あ、う、いえ、その」
「まぁ魔物とはいえ、元は人間の死体だしな。仕方ねぇよ。とりあえず、万が一があってもいけねぇから、後ろに下がっておけ。ベルゼもだ」
「了解、です。いきま、しょう?」
そうベルゼがフィルレの腕をひいて後ろへと下がっていくが、その間、なぜかフィルレが泣きそうな目でファスを見つめて、
「気を、気をつけて!」
「おうよ!」
すがるような言葉に、元気よく答えておく。
(なんか変に心配されてるが、あれか? 悪魔に全滅させられた騎士団と重ねられてんのかね。まだ数日しか経ってねぇからなぁ。いやしかし)
何か腑に落ちないものを感じるなぁと首を捻っている間にも、ユピテラは白銀の大独楽としてゾンビ共を切り捨て切り捨て駆け抜けて、既に湖の縁近くまで辿り着いている。
まぁ気にし過ぎかもしれんし、今は目の前だな。そう気を取り直したファスは、既に整列を終えて武器を構えた兵士たちを見渡して、
「よし、お前ら。鼓に合わせて足踏みしながら、『ユピテラ様がんばれ!』だ!」
緊張の面持ちでファスを見ていた兵士たちの気がはぁ?と抜ける。いや真面目に言ってんだよ、気持ちはわかるが。
「信じられるかっての。ユピテラ様に殴られすぎてアホになったのか?」
「ちげーよ。頭は正常だ。陣形魔法を使うからだよ陣形魔法を」
ルゥグゥの皆を代表した不審げな瞳に肩をすくめて答える。陣形魔法を使うためには、意識をそろえる事が必要で、その手段の一つとして、ここまでの行軍でやってた足並みをそろえるのと同様に、言葉をそろえて叫ぶのが有効なのだ。
「だからってなんで、えっと、ユピテラ様がんばれなんだよ! んなん、わああああとか掛け声、えーと鬨の声っつーのか、それでいいだろう!」
「掛け声じゃ目的意識が足らねえんだよ。他に良さそうなのは咄嗟じゃ思いつかねぇし」
「いやだけどよ」
ルゥグゥの気持ちは分からんでもないが、時間かけて考えるようなことでもないから、ごり押すことにする。
「ま、応援にもなってお得だろうさ! つーことで! 足踏み合わせ! ジィー! 鼓!」
「あ、あれ、了解っす!」
「ユピテラ様がんばれー!」
マジかぁと数名が呻くのを他所に、ファスは鼓に合わせてシグナム代わりにーー陣形魔法用の馬印の類が、必要になるとは思わなかったので持ってきてなかったーー抜いておいた剣を高く掲げ足踏みしながら叫ぶ。他の兵士たちも、戸惑いつつ及び腰にファスにばらばらと合わせたが、そのうち慣れて、声を張り上げ合わせて叫ぶ。
「「「ユピテラ様がんばれー!!!!」」」
「っ!」
その声援に、初めは目を丸くしていたユピテラだが、剣を振るう合間にニコリと花開く笑みでもって応えれば、
「うおおおおおおお! ユピテラ様がんばれー!!!!!!!」「がんばれー!!!!」「ユピテラ様ばんざい!!!!」「流石ですユピテラ様!!!!」「がががががががんばれー!」
と興奮して、声を合わせろという指示そっちのけに、各々で応援を始める、おいおい。
(ま、足並みは乱れてないし、気持ちは集中してるからいいだろうけどさ。さて)
ファスは足踏みを続けつつ、目を閉じる。
そうしてしばらくすると身体全体を力が流れ通っていくのを感じ取る。
魔力の流れだ。
本来はあやふやにただ散り散りになっているはずのそれは、ユピテラを応援するという意識の元で前へ前へと流れていっている。
その流れに自分を溶け込ませるようにして、ーー刻印起動。軽くその魔力を、自身の刻印に通してみれば、よし、上手くつかめてる。
これなら。そう目を開けば、既にゾンビの過半は倒され、ユピテラがふふんっと胸を張る。
「見た目が死体で怖いけど、大したことないわねっ! 悪魔どころかマクたちの方が10倍強いわ!」
そう見得切るユピテラに、兵士たちは足踏みしたまま歓声をあげて答える。周囲には切り飛ばされた死体の手足胴体肉塊が並べら落ち、地獄絵図と言った有様だが、そんな中でも輝きに曇りがない彼女は、古の戦神に侍たる戦乙女が如し、か。
残りわずかとなったゾンビたちは、意思なきものの哀れさか、それでもじゅぶじゅぶと自分の足を潰しながらも群がっていく。
(……何も仕掛けてこない、のか? この状況を作ったやつは何が狙いだ?)
ファスは見る。周囲は静かで、動物も争いに驚いて逃げたか鳴き声一つなく、ただ穏やかな風が、地上の惨状なぞ気にせずにサラサラと周囲の細草をなでていく。湖はゾンビが複数入ってたから、一部濁ってはいるが、危険があるという感じでもない。
少し、視界の中で何か、違和感が。小さな、光? ユピテラの、周囲の……!
「ゾンビそのものがか!? 刻印励起! 障壁展開!」
「さてと! とっとと全員ぶっ倒しちゃいますか! え!?」
赤い光と黒い煙がいきなり立ち上った。直後に轟音、そして焦げた血の臭い混じりの熱風。火山の噴火にも似た、天まで届かんばかりの大爆発。それがユピテラを飲み込んで、
「ゆ、ユピテラ様!?」
「っふぅ! 大丈夫だ! 障壁は間に合った!」
ザワッとするトマスと兵士たちへファスが怒鳴りつけた通り、しばらくして熱風混じりの黒い砂煙が収まれば、綺麗にえぐれて深堀のようになった大地に、ぺたんと腰を抜かしているユピテラが現れた。
「ふええええ、し、死ぬかと思いました……」
今まで聞いたことのないような弱々しい声を出すも、障壁は間に合ったらしく見たところ火傷などは負っていない。
とりあえずホッと一安心、とはいかないよな。
「へぇ、やるじゃあないですか。兵士くん」
下からいきなり響いた声に、ぎょっとして首を向ければ、転がってきていたゾンビの頭下半分、口周りだけの肉塊がガチャガチャと動いていた。
「ふふ、ふふ、ふふふふ、まさか仕掛けに気づかれるなんて。自信があったのになぁ。それは陣形魔法って奴かい。シュアンローの家で練られたって話は聞いたことあるけど、珍しいね」
「全員進め! ユピテラ様を回収する! ユピテラ様はこちらへ!」
腐ってぼろぼろのくせに、ぼやけた感じだが流暢にしゃべるシャレコウベを無視して、ファスは指示を出す。
「おやおや答えがないのは悲しいなぁ。せっかく君に興味をもってあげたのに。平民はすぐ余裕がなくなるからいけない。さっきの応援の指示は面白かったのにさ」
余裕なんて持ちうるはずねえだろ。策が破られて尚、余裕たっぷりなら、別の策がまだまだあるなんてアホでも分かるわ。
そう頭の片隅で毒づきつつファスは駆け出すが、しかし案の定、
「ま、いいさ。ゲームを続けよう」
四方に転がっていた頭全てがそう朗々と語れば、動き出したのは肉片。バラバラに切り捨てられた腕、爆発に巻き込まれて生焼けになった足、元より腐り落ちた頭が、ズリズリズリズリと集まりだす。
「さあ! ゲーム再開といこうか! せいぜい楽しませてくれよ!」
そうシャレコウベが宣言して生まれたのは、人の形でありながら異形。腐った脳漿をむき出しにした頭を足として、その上へ黒ずんだ肩骨と肋骨をぐちゃぐちゃと組みあげて脛と太ももに代えている。その胴は手足や口頬の肉や骨で雑に埋め、腕は逆に背骨や肋骨を強引に絡ませ曲げて作っている。そして頭は腸や胃や足指、狂人の絵のように意味不明な組み合わせだが、それでも顔と認識出来るからこそ恐ろしい。
そんな形さえ人でありさえすればいいという冒涜的な代物。それが何体も、ぱっと見で先程のゾンビたちと同じくらいの数が立ち並んだ。
「な、な、な」「ひいいい、神様神様」「ま、まじかよ」
ゾンビで作った人形兵士、コープルゴーレムとでもいうべきか? なんであれ、その立ちふさがった無数の歪な存在に、兵士たちは怯み恐怖を抑えられない。
頼みの綱は、
「こんのお! フザけた真似してぇ! 許しません!」
この人の尊厳をなんとも思わない相手に対して、恐怖でなく怒りを向けるユピテラだ。
だがしかし、
「あなたにただ暴れてもらうだけでは面白くないので、ね。別趣向を用意してあります」
「黙りなさい外道! 面白いも面白くないもありますか!」
「っ! ユピテラ様! 湖から離れて!」
「フィルレ!? 湖って、っ!」
「よく気づきました! しかし手遅れです!」
フィルレの叫びにユピテラがさっと振り向きつつも飛び退こうとした瞬間、シャレコウベの嗤いとともに湖から現れた無数の陶器質な触手がユピテラに巻き付いた。
「この灰色のは! 悪魔の!? ちょ、きゃあ!?」
「ゆ、ユピテラ様!?」
そうしてそのまま一瞬にして、湖へと引きずり込めば、パシャンという音が鳴り、そのままユピテラは浮かんでこない。
「お、おいまずいんじゃねぇのか!? 神族様だからって溺れちゃ!」
「ああ、そんなつまらない筋書きはしてないので安心してください。転送魔法陣を貼ってありますよ」
焦るルゥグゥへ赤ちゃんをあやすように、転がっていた髑髏の一つがまたカタカタと嗤い出す。癇に障るが、しかしなるほど、ゾンビがいきなり現れたってのもそれかよ!
「ふぁ、ファス! ど、どうしよう!? どうすればいい!?」
トマスが泡を食ってファスに問いかけるが、もちろんどうするもこうするもなく、ユピテラを助けないといけない。
しかし、
「さて、ゆっくりとゲームを楽しみましょう! 頼みの神族様が無き今、あなた方にこいつらを倒せますか! うひ、う、うひひひひひひひひいひ!」
「「「うひひひひひひひひひひひ!」」」
目の前の醜悪な死体による異形なゴーレムたちが、その体のあちこちについた口で不気味な笑い声を合唱するれば、
「ゆ、ユピテラ様なしで?」「そんな、どうすれば」「あ、あ、あ」「ひうっ」「た、助け」
カランと武器を誰かが落とし、どすんと誰かが尻もちをついた。
確認せずとも分かる。皆が恐怖に負けかけていることがだ。このままではパニックを起こして、収拾がつかなくなってしまう。号令だけで抑えられるか? 他に手は、ユピテラ様を助けるためには……?
逡巡している事自体が自分も混乱していると、ファスの理性はすぐ気づいたが、それを収めて決断する前に、決壊した。
恐怖が、しかし前に。
「うわああああああああああ!」
悲鳴とともに前へと突っ込んだのはジィー。武器も何も構えず鼓を打ち鳴らし、ただただ死体を繋ぎ合わせた異形群がる敵陣へと走っていく。
「あはははははは! なんで太鼓をたたきながら!? 恐怖っていうのはやっぱり最高のエンターテイメントだ! では前菜として血祭りにしてあげましょう!」
なるほど、確かにこのままジィーが突っ込めば、異形に攻撃されて死ぬしかないだろう。
だが、そうはならねぇよ。
『刻印、開放』
身体強化の刻印を起動して脚力を嵩上げし、ファスは数歩も使わず一気に異形へと踏み込む。
「おおっ!」「あ、兄貴!?」
シャレコウベの感嘆とジィーの驚愕を背に受けた時には、既に剣は一文字を描いて、醜悪な異形の足を両断した。
「!!!!!!!!?????!!!!??」
「おらよっと!」
それに反応して伸しかかるように襲いかかってきた左右の異形を、横薙ぎの勢いを利用して転がることでかわし、同時に銀光が二つ閃く。
ナイフを投げた、とすぐ気づけたのはファス本人を除けば数名、多くは何か光ったと思ったら何故か2体の異形の片足がちぎれ、膝をついたとしか分からない。
「さ、流石、兄貴」「すげぇ……」「や、やべえなおい」
そんな賞賛が恐怖に勝った兵士たちの心の空白へ、ファスは怒鳴りつける。
「見ての通りだ! こんなすっとろい木偶の坊! ビビるこったねぇ! やっちまえ!」
「んだべな! 根性見せえ! ジィーや兄貴ばっか働かせるつもりだべか!」
「しゃぁ! てめぇらブルってんじゃねぇ! 行くぞおらぁ!! 続けぇ!!」
「総員!!! 武器構え!!!! 突撃せよ!!!!」
マクとルゥグゥがファスに合わせて檄をかけて走り出し、後方に控えていたベルゼも平時の穏やかさからは考えられない大音声で背中を押せば、
「う、うおおおおおおおおおおお!」「突撃! 突撃!」「ユピテラ様ばんざーい!」「やってやる! やってやるぞぉ!」
恐怖で折れかけていた兵士たちも、盾を構えて槍ハンマー鎌に棍棒を前へ突き出し、我先にと走り出した。
「虐殺ショーになるかと思ったけど、まさか持ち直すとはね! 面白い!」
そう転がっていたしゃれこうべが叫ぶとともに、死体で作られた異形たちも迎え撃つように前進し、衝突する。
「おらぁ!」「ひゃはははははは!」「この! いってえなぁ!」「!!!???!!!」「死ね! 死んでるけど死ね!」「っ! この! この!」
そうして各々の武器が異形を叩いて切って穿けば、異形の腕が兵士の盾や鎧や兜を打ち鳴らす大乱戦。その殴り合いを彩るは兵士の雄叫びと異形の絶叫、そして乱戦をぬって戻りながら高々と響くジィーの鼓の音が、陽炎に霞む湖の向かいまで響き渡る。
「トマス! フィルレ! エラン! あそこの岩の上から石とボウガンで支援! 無理に突っ込む必要ない! クラーとデゼルは右へ行ってフォローを! 攻撃は足を薙ぐか叩くかで! 弱点分かるまで突きは効果が薄い! 動きを止めろ!」
まごついて出遅れた兵士たちにベルゼが指示を回してくれてる。これなら指揮は任せてファスが後ろへ戻る必要はなさそうだ。
「じゃあ、ま! こっちはこっちでがんばりますかねっと!」
ファスは一気に腰を下ろすことで即座に勢いをつけて飛び込み、目の前の敵の横を駆け抜けざまに足を両断して倒し、更にくるりと回転、反応して振り向いた隣の異形の足を同じ用に斬り倒し、更に更にと異形の合間をぬって駆け抜け足を切る。
その様は木々を縫いで飛ぶツバメのごとし、などと後で語られた時には本人は苦笑したものだが、その機敏な動きで異形のゴーレムを次々と地面に倒す様は、敵を翻弄し兵士たちをより燃え上がらせるには十分だ。
「弱点、か。あんなのでもゴーレムだから、多分、きっとあるはずで、ま、とにかくっと」
そして、ブツブツつぶやきながらも指示に応えたトマスからボウガンの援護が飛び、意外と正確に頭を射抜く。
「え、えーい!」
可愛らしい掛け声はフィルレ、しかしその幼気な様子とは裏腹に、片手で投げるは漬物に使えそうな大きな岩で、しかも投石器並の結構な勢いなものだから、当たったゾンビの頭が文字通り砕ける。流石、ウロコ持つ竜族のハーフと言うべきか。
「!!!!!?????」
「隙だらけだぜぇ! おらっしゃぁ!」
そうした飛び道具を受け態勢を崩したゾンビの脳天を、ルゥグゥが槍でぶっ叩き、頭どころか体ごとひしゃげさせて、新品の穂先を腐った血肉で彩る。他の兵士たちも各々で、棍棒で足を薙ぎハンマーで胴を叩いて鎌で頭を落としてで、次々と異形たちを打ち砕いていく。
が、
「やるねぇ! だが! まだまだこんなものじゃあ終わらないよ!」
そうシャレコウベの一つが叫べば、辺りに転がった死肉がうぞうぞと蠢き合わさって、倒された歪なゾンビの欠損を強引に埋めてしまう。そうして、再び何事もなかったように立ち上がる異形は、まさに死を知らぬ者、アンデットの名前通りとでもいうべきか。
腐った死体を無理やり動かしてるが故か、動作も遅く攻撃も怖くないが、これではきりがない。
(ったく! 分かりやすい弱点、核みてえなもんが分かりゃいいんだが、っと!)
倒れていたゾンビにファスは足を捕まれ、それ自体はさっと切り離すものの、周囲に異形へ群がられてる状況ではまずかった。
一瞬、足が止まったファスへ、四方から手という手が迫る。それをファスは強引に剣でさばき小手で打ち払うも、防ぎそこねた一本が頭を打たれて鉄兜が吹っ飛ぶ。
「ったっくっよ!?」
視界が赤く染まり、意識が若干、飛んだところへ更にさらされた頭へもう一発、
「っしゃ!」
ぱんっ! と不可視の矢がゾンビを捉えて、腐った手と太ももを無理やりくっつけて作られた胴の真ん中に大穴が空けば、そのままズルリと崩れて細切れの死体へと戻っていく。
「っ! ナディ様! 何度もありがとうございます!」
「礼なぞ不要! しっかりなさい騎士ファス! 私は先へ行きます!」
そうぶっきらぼうに返したのは、ユピテラのおつきの羊角を持つ貴族、ナディ。後方から突如、現れた彼女はその言葉通り、ファスたちと異形共を飛び越えて、そのままユピテラが消えた湖へと躊躇なく飛び込んでいった。
「おいおい! あれってユピテラ様の護衛だよな! 隠れて付いてきてたのかよ! ほら兜!」
ルゥグゥが雄叫び代わりにそう叫んで、迫ってきてたゾンビを叩き潰しつつ、ファスへ鉄兜を投げ渡してくれる。それを受け取って被り直しながら、
「まあ折り合い悪そうだけど、主が外行くってのに護衛がついていかないってわけには行かないだろうからな!! 実は悪魔の時も助けてくれてたし、アイリス城伯が城でなく村まで迎えに来てたのも、あの人の知らせだろうな!」
「そいつは手回しがよろしいこって! その手回しでこっちのゾンビもさっさと片付けてくれりゃいいのによ!」
「ユピテラ様もやべえんだから仕方ねぇだろ! それにヒントはもうもらったろ!」
「ヒントってなん、ああ! あのお貴族様が崩した奴ぁ直らず崩れたまんまか!」
「そこ!」
しゃんっとルゥグゥの叫びを横切ったのは、トマスが放ったクロスボウの矢。それが異形の頭、正確にははみ出ていた黒ずんだ丸い骨を射抜けば、その腹に埋められていたシャレコウベの一つがため息を付く。
「ありゃりゃ、バレたか」
射抜かれた骨がそのまま粉々に砕けるや否や、歪な異形のゴーレムもまた、先程ナディに射抜かれたものと同じくグズグズに崩れてしまう。
「その黒ずんだ丸い骨が核だよ! ナディ様もさっき射抜いてた! 砕けばその化け物は倒せる!」
「よし! ええい!」
ボウガンをつがえながらトマスが叫ぶのに応じてフィルレが投石、兵士と殴り合う異形の胸を岩でブチ抜くと、黒ずんだ骨が砕ける。するとまたも異形は、グズグズ崩れて元の死体に戻る。
「なるほどねぇ! おらぁ!」
ルゥグゥが目の前の異形の腹を槍で一突き、そこにあった骨の玉を砕いて更に異形を崩せば、
「おっしゃあ! これなら楽勝だな!」「さっき殴られた恨み! 思い知れ!」「おら今度こそ死ね! 死んでるけど死ね! 死にまくれ!」
兵士たちも三人に倣って骨の玉を砕いて砕けば、今までダラダラと殴り合っていたのが嘘のように、異形たちはさくさくと倒されていった。
「あーもう、ちゃんとわかりにくくするために骨をわざわざ加工したのにさぁ」
「ま、その程度の小細工は貴族様にゃ通じねぇってことだな」
その辺りを一瞬で見抜けるコツがあるなら、ちょっと話を聞いてみたいところだが、気軽に話しかけるにゃあまだ早いかな? などとファスが骨の玉を砕きながら考えていると、シャレコウベは崩れながらカカカと嗤い、
「流石、騎士学校の第三席ってところかな。では、この盤面の締めといこうか!」
「っ!? 総員! ユピテラ様がんばれだ! ジィー! 鼓!」
「「ユピテラ様がんばれー!!!」」
「あれっす! ユピテラ様がんばれー!!!」
「「「ゆ、ユピテラ様がんばれー!」」」
ファスが慌てて兎にも角にもな指示を飛ばすと、以心伝心とばかりにマクとベルゼが応じて声を張り上げ、ジィーもすぐさま鼓を合わせれば、それに引っ張られた皆が疑問を唱える前に合わせて叫ぶ。
『刻印、開放!』
瞬間、ドンッという爆発が耳を叩き身体に熱風が押し付けられた。
それは先程みた爆発、数十人を軽く包める規模の、尋常な人族ならば致命の一撃。
しかし本来は骨も溶かす熱はアツっと皆を驚かせただけで肌も焼けず、内蔵を破裂させるであろう衝撃も少し胸や腹をぐいっと押しただけにとどまった。
「……あーあ、まさかこれも凌がれるとはねぇ」
「2度も同じ策、しかも防がれたもんを用いりゃな。芸がねぇよ」
ファスがへっと笑ってやると、シャレコウベは骨のくせにちっと舌打ちした。どうやってるか知らんが器用なもんだ。
尚、説明すれば、ユピテラへ行ったゾンビ爆破をファスたちにも行ってきたので、同じく障壁を貼って防いだのである。
皆と敵の位置がバラバラだったし、掛け声を合わせたとはいえ意識が一体だったとは言えなかった。そのため、大まかにしか障壁を貼れず多少は食らったが、まぁ人族でも許容範囲のダメージだ。
もっとも、ファス自身は不十分な準備での大規模な魔力行使のせいで、自前の魔力をかなり使う羽目になったが。お陰で、さっきの頭のダメージも合わせてくらくらして、気取られないよう表情を消すのにも一苦労だ。
だが、その甲斐あってかシャレコウベは、気づいた様子もなく、
「ふん、いいさ。どうせ君たちは余興だ。ユピテラ様だっけ? 本命の彼女さえ抑えられればどうでもいいんだ、っなんだと!?」
「なんだいきなり? どうした?」
拗ねたような口調から一転の驚きに、ファスも引きづられるように息を飲む。
「……何、君のお姫様は、とんでもない爆弾だったというだけだ!」
「そいつは一体なんだってんだよ! おい!」
そうファスが問い詰めても、シャレコウベはただの骨の塊になったらしく、もう器用に話すことはなかった。